【断罪】公開撲殺ショー
リングの中央で、鉄塊と化した拳がレオの顔面に叩き込まれた。
ドッ!
「ぶげェっ!!」
骨が砕け、肉が潰れる鈍い音。
レオの頭が跳ね上がり、鼻腔から鮮血が噴水のように吹き出した。
彼は白目を剥いて倒れたが、男はそれを許さなかった。
襟首を掴んで引きずり起こし、再び拳を振り下ろす。
ガッ、ゴキッ、グチャッ。
拳がめり込むたびに、レオの顔という造形が崩れていく。
高価なインプラント歯が折れ飛び、血反吐と共に撒き散らされた。
「ひぐっ……あがぁっ……!」
レオは生身の腕で顔を庇おうとしたが、義手の破壊力の前には枯れ枝も同然だった。
防御ごと腕をへし折られ、さらに顔面へ鉄槌が下る。
「おおおおおおおお!!」
観客たちは最初、熱狂していた。
高みの見物をしていた支配者が、泥と血に塗れる様は最高のエンターテインメントだった。特に普段、アリーナで賭けに負けた客たちにとっては。
「やっちまえ! オーナーぶっ殺せ!」
「ぎゃはは! レオの野郎、ざまあみろ!」
「…………」
だが、その歓声は次第に小さくなっていった。
男はレオの胴体に馬乗りになり、無言で、機械的に殴り続けている。
その光景が、徐々に「ショー」の領域を逸脱し始めたからだ。
「やめ……やめて、くれ……」
レオの唇は裂け、言葉は血の泡となって消えた。
だが、男の拳は止まらない。
「やめろ? どの口が言うんだ!?」
ドスッ!
レオの額が割れ、頭蓋骨が見えた。
「今までこのアリーナで、何人が泣いて命乞いをした!?」
ドゴッ!
「お前は誰の悲鳴も聞かなかった! 笑って葉巻をふかしてただろう!!」
観客席は静まり返っていた。
誰もが気づき始めていた。これはエンタメではない。公開処刑だ。
しかも殺されようとしているのは、名もなき貧民ではない。
自分たち「こちら側」の支配者だ。
「おい……そろそろ止めないとマズくないか?」
「ああ……やりすぎだ……よな?」
不安の声が漏れる。
だが、誰も動かない。動けない。
この暴力を楽しんできたのは自分たちなのだという後ろめたさが、彼らを座席に縛り付けていた。
「これで、終わりだ」
男は拳を高く振り上げた。
レオの顔はもはや判別不能な肉塊だったが、まだ微かに痙攣している。
男の義手が唸りを上げ、全力で振り下ろされた。
ベチャッ。
濡れた雑巾を床に叩きつけたような音。
レオの頭部が完全に陥没し、脳髄が飛び散った。痙攣が止まる。
サウス区の興行王レオナルド・マルコーニは、ただの動かない肉袋に変わった。
男は荒い息を吐きながら、血塗れの拳を見つめた。
「……終わった」
ぽつりと呟き、男は糸が切れたように崩れ落ちた。
金網にもたれかかり、空虚な目で天井を見上げる。
五年分の憎悪を吐き出した後に残ったのは、冷たい虚無だけだった。
カーバンクルが音もなく男に近づいた。
「終わったね」
男は少女を見た。
その目から涙が溢れ、血と脂に汚れた頬を伝った。
「……ああ。でも、何も戻ってこねぇよ……」
「そういうものだから」
少女は淡々と告げた。
「復讐はマイナスをゼロに戻す作業ですらない。ただの清算」
男は深く頷き、子供のように泣き崩れた。
ショウがレオの亡骸を一瞥し、マイクを拾い上げた。
スピーカーから、彼の皮肉めいた声が響く。
「ご来場の紳士淑女の皆様!」
観客たちが一斉にショウを見る。
スポットライトを浴びた少年は、悪魔のように笑っていた。
「今夜のサプライズ・メインイベント、お楽しみいただけましたか?」
返事はない。沈黙と恐怖だけが支配している。
「残念ながら、悲しいお知らせがあります」
ショウはレオの死体を指差した。
「当アリーナのオーナー、レオナルド・マルコーニ氏はたった今、劇的な最期を遂げられました。後継者は不在。よって、本施設はこれをもって永久閉鎖となります」
ざわめきが広がる。
「閉鎖だと?」
「おい、俺たちの賭け金はどうなる!」
ショウは人差し指を立てて制した。
「ご安心を。返金はありませんが、皆様の安全は保証します」
彼の義眼が怪しく光る。
「……今ここで警察を呼べば、違法賭博に参加していた皆様も全員仲良く豚箱行きだ。セントラルのお前らにとって、それは少々不都合だろ?」
観客たちの顔色が変わった。
「ここで見たことを忘れ、静かに帰るなら俺たちも何も言わない。誰も損をしない、平和的な解決だ」
ショウはニヤリと笑った。
「賢明な皆様なら、どちらが得かお分かりですよね?」
反論する者はいなかった。
一人が席を立ち、逃げるように出口へ走った。
それを合図に、観客たちは雪崩を打ってアリーナから去っていった。
我先にと逃げ出す背中は、ひどく滑稽で醜悪だった。
数分後、アリーナは完全な静寂に包まれた。
残ったのはレオの死体と、泣き疲れた男と、二人の始末屋だけ。
ショウはマイクを放り投げ、カーバンクルに歩み寄った。
「片付いたな」
「うん」
カーバンクルは小さく頷いた。
「依頼完了」
彼女は振り返らずにリングを降りた。
かつて歓声と欲望に満ちていたこの場所は、今は墓場のように静かだ。
レオが作り上げた地獄は、彼自身の血によって幕を閉じたのだ。
■
グランドホテル・ノヴァ、404号室。
時計の針は午前5時を回っていた。
ハリソンは一睡もせず、窓際に座り続けていた。
眼下に広がる工場の街は、まだ暗いスモッグに覆われている。
ジェイクが死んだ夜も、こんな淀んだ空だったのだろうか。
――コン、コン。
軽いノックの音。
「はい……」
ハリソンがドアを開けると、そこにはカーバンクルが立っていた。
白いパーカーの裾に、赤黒い染みが点々と付着している。
「……終わったの?」
声が震える。カーバンクルは短く答えた。
「うん。終わった」
彼女は部屋に入ると、端末を取り出して操作し始めた。
「レオナルド・マルコーニは死んだ。アリーナも閉鎖」
ハリソンはそれを聞いて、心が踊るでも、喜ぶでもなかった。
「……レオは、苦しんだ?」
「苦しんだ」
カーバンクルの声に感情の色はない。事実報告のように淡々と告げた。
「肉体的にも精神的にも。弟さんが味わったものと同等の苦痛を与えたよ」
「……ああ……」
ハリソンは膝から力が抜け、その場に座り込んだ。
終わった。復讐は成し遂げられた。
だが胸に空いた穴は塞がるどころか、冷たい風が吹き抜けていくようだった。
「……そう」
涙が溢れた。
安堵なのか、虚しさなのか、言葉にできない感情が喉を塞ぐ。
「ジェイクは……あの子は、最期まで私のために戦っていたのよね」
独り言のような問いかけに、カーバンクルは答えない。ただ無言で立っているだけだ。
「あの子が欲しかったのは、私を楽にさせることだった。でも私が欲しかったのは……あの子が無事に『ただいま』って言ってくれることだけだったのに……!」
ハリソンは顔を覆って泣いた。
いくら金を積んでも、いくら仇を討っても、死んだ弟は帰らない。
その絶対的な事実が、今更ながらに重くのしかかる。
「復讐なんて、何の意味もない。分かってる……でも、これしかできなかった」
嗚咽するハリソンを見下ろし、カーバンクルは数秒の沈黙の後……口を開いた。
「意味はある」
「え……?」
ハリソンが顔を上げる。
赤い瞳が、冷たく彼女を見つめていた。
「彼が生きた証拠と、彼が遺した金は残った。それをどう使うかは、生き残った人間の義務」
慰めではない、冷徹な正論。
だが今のハリソンには、どんな優しい言葉よりも響いた。
「……そうね。そう、よね」
ハリソンは涙を拭い、よろめきながら立ち上がった。
窓の外、空が白み始めている。
「工場には戻らないわ。あの子のいない場所で、今まで通りなんて生きられない」
彼女はクレジットチップを握りしめた。
ジェイクの命の対価。血と肉の結晶。
「このお金で、どこか遠くへ行くわ。あの子の分まで生きるために」
カーバンクルは小さく頷いた。
「依頼は終わった。あとは、あなた次第」
それだけ言い残し、彼女はドアへ向かった。
あまりにも素っ気ない別れ。
だが、それが彼女……404号室の始末屋なのだとハリソンは理解した。
「待って」
ハリソンは呼び止めた。
「ありがとう。あなたがいなかったら、私は一生、悔やみながら死んでいた」
カーバンクルは足を止めたが、振り返りはしなかった。
「……」
「あなたのこと、忘れないわ。誰かが助けを求めていたら、必ず教える。404号室のことを」
カーバンクルは一瞬だけ沈黙し、
「……どういたしまして」
と呟いた。
ドアが開く。廊下には朝の光が差し込んでいる。
「さよなら」
カーバンクルは光の中へと歩き出し、その小さな背中はすぐに角を曲がって見えなくなった。
白いパーカーの『404 Not Found』の文字だけが、残像のように目に焼き付いた。
ハリソンは一人、部屋に残された。
工場の始業サイレンが鳴り響く。いつもと同じ、灰色の朝。
だが、彼女の世界は変わった。
もう誰も奪えないし、誰も戻らない。
ハリソンはチップを胸に抱き、窓の外を見つめた。
「ジェイク……見ててね」
その言葉は、誰にも届くことなく朝霧の中に消えていった。
■
サウス区最深部。廃棄された地下鉄の始発駅。
かつて都市の動脈だったこの場所は、今や狂気の培養槽と化していた。
トンネルの壁面には鮮血のような赤色塗料で、文字がびっしりと書き殴られている。
『外界は死んだ』
『ドームは巨大な棺桶』
『審判の日、箱庭は砕け散る』
無数のスローガンが、呪詛のように空間を埋め尽くす。
天井から吊るされた旧式のホロプロジェクターが、ノイズ混じりの映像をループ再生していた。
焦土と化した大地。溶解したビル群。三つの頭を持つ異形の獣。
かつてヴァイスが提唱した「終末論」を、彼らは福音として崇めているのだ。
中央ホールには、瓦礫を積み上げた祭壇が鎮座していた。
祭壇の上では、ヴァイスの処刑シーン――炎に焼かれる瞬間の映像が聖画のように輝いている。
そしてその隣には、カーバンクルの静止画が祀られていた。
水色の髪、赤い瞳、白いパーカー。
彼女の姿は、ここではある種の女神のように扱われていた。
祭壇の前には、武装した信徒たちが30人ほど跪いている。
その中には、レオの護衛を務めていたガトリング砲の男もいた。
関節を破壊されたはずだが、すでに無骨なパーツで応急修理され、祈りを捧げている。
彼らの前に、一人の男が立っていた。
「教主」。
年齢不詳。痩せこけた体躯に、ぶかぶかの法衣を纏っている。
顔の右半分は皮膚が剥がされ、透けた強化プラスチックの下で機械仕掛けの眼球が高速回転していた。
全身の皮膚には、微細な文字で終末論の教義がタトゥーとして刻まれている。
「ヒャハハハハ! 傑作だったなぁ!」
教主は奇声を上げ、手足を痙攣させるように踊っていた。
「レオの豚野郎が、自分の作った檻の中でミンチにされるなんてさぁ! 最高のブラックジョークだろ!? 神様も腹抱えて笑ってるぜぇ!」
信徒たちは微動だにしない。
ガトリング砲の男が、沈痛な面持ちで口を開いた。
「申し訳ありません、教主。我々は『神の器』に手も足も出ず……」
教主はピタリと動きを止め、信じられないほど首を傾げた。
「あ? 何謝ってんの? 馬鹿か?」
義眼がギーギーと音を立てて男を凝視する。
「お前らが勝てるわけねえだろ。相手は『アレ』だぞ? 人間ごときが神の御業に挑んで生きて帰れたんだ、感謝の祈りを捧げろよ!」
教主は祭壇へ駆け寄り、カーバンクルの画像に頬ずりした。
「ああ、美しい……。ヴァイス様が到達した深淵。新人類のイヴ。滅びゆく我らを導く、唯一の希望」
その声は恍惚としていたが、次の瞬間、激しい怒声に変わった。
「なのに! ああ、なのにッ!!」
教主は自分の頭を掻きむしり、爪で皮膚を裂いた。血が滲むのも構わず叫ぶ。
「なんで、いつまでもドブネズミどものお遊戯に付き合ってんだよぉ!!」
ドゴォンッ!
教主は祭壇の瓦礫を蹴り上げた。
「復讐代行? 人助け? ふざけんな! お前はそんなチンケなことのために作られたんじゃない! ドームをぶっ壊して、人類を過酷な外界へ引きずり出すための『金槌』だろうがぁぁ!!」
唾を飛ばし、目を血走らせて絶叫する。
「ヴァイス様は仰った! 『箱庭の中で安穏と暮らす家畜は滅びる』と! だからお前を作ったんだ! 最強の兵士を! 最強の生存者を! なのにお前は……人間ごっこかよ!? ママゴトかよ!?」
教主は床に突っ伏し、子供のように手足をバタつかせた。
「あーあ、嫌だ嫌だ! 才能の無駄遣い! 神への冒涜! 許せねえ、許せねえよなぁ!?」
信徒たちが一斉に唱和する。
「許されざる冒涜!」
「神の器をあるべき場所へ!」
「ドームに死を、我らに新生を!」
その声を聞いて、教主はむくりと起き上がった。
顔中に広がった血と笑みが混じり合い、悪夢のような表情を作っていた。
「……そうだ。教導が必要だよなぁ」
彼は舌なめずりをして、カーバンクルの画像を見つめた。
「彼女には正しい道を教えてあげないとねぇ。お前は人間じゃない。世界を存続させるための鍵なんだってことをさぁ」
教主は両手を広げ、天を仰いだ。
「迎えに行こう、我らが女神を。そして、この腐ったドーム都市に本当の地獄を見せてやろうじゃねえの」
信徒たちが一斉に平伏した。
「御心のままに!」
「アポカリプティック・サウンド!」
「終末のラッパを吹き鳴らせ!」
教主の高笑いが、地下空洞に反響する。
狂気のカルト集団、アポカリプティック・サウンド。
彼らの奏でる不協和音は、やがてネオ・アルカディア全土を揺るがすことになる……。
カーバンクルさんはいつも変なのにモテている
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