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【断罪】乱入計画

 イースト区、グランドホテル・ノヴァ。

 404号室。


 ハリソンは窓際の椅子に深く沈み込み、工場の煙突から吐き出される有毒な蒸気を眺めていた。


 一泊2万クレジット。サウス区の住民なら半年分の食費に相当する。

 だがこの贅沢なベッドも、高級なリネンの肌触りも、今の彼女にはただの空虚なセットにしか感じられなかった。


 三日前。

 警察署の遺体安置所で見た「モノ」が、網膜に焼き付いて離れない。


 あれはジェイクだった。確かに弟の顔をしていた。

 だが、首から下は黒い金属の残骸だった。

 無数の弾痕に穿たれ、オイルと血を撒き散らしたスクラップ。

 それが、唯一の家族の成れの果てだった。


「身元不明の遺体として処理されるところでした」


 警察官は書類から目を上げずに言った。


「違法格闘技にハマって、ギャングの抗争に巻き込まれたんでしょう。よくある話です」


 ――「よくある話」。

 たった五文字で、弟の人生は片付けられたのだ。


 ジェイクが送金してきた大金。

 「現場監督の給料」だと言っていた金。

 あれは、自分の体を切り売りした代金だった。


 手足を切り落とし、人間性を削り取り、血塗れのリングで稼いだ金を、彼は姉のために送り続けていた。

 そうとは知らず、自分はその金で「本物の牛肉」を買って喜んでいた。弟の肉と引き換えの肉を。


「……ッ」


 吐き気がした。

 自分自身への嫌悪と、弟をそこまで追い詰めた元凶への殺意ではらわたが煮えくり返りそうだった。


 だから、ハリソンは金を使った。

 葬式のためではない。そんな穏やかな弔いは、復讐を遂げた後でいい。

 弟が遺した血塗れの金を、さらなる血で贖うために使ったのだ。


 彼女はサウス区の裏情報を買い漁り、一つの名前にたどり着いた。


 レオナルド・マルコーニ。

 諸悪の根源。弟を食い物にした寄生虫。


(許さない……絶対に……っ)


 そして今、彼女はこの部屋にいる。

 都市伝説に縋るために。


 壁の時計が深夜一時を告げた。

 その瞬間、室温が下がった気がした。


「……!?」


 ドアが開いた音はない。気配もなかった。

 だが、振り返ると、部屋の隅に少女が立っていた。


 白いパーカー。水色のショートヘア。

 背中には『404 Not Found』のロゴ。

 赤い瞳は無機質で、まるで高性能な監視カメラのレンズのようだった。


「……本当に、来たのね」


 ハリソンは立ち上がった。

 恐怖よりも、安堵が勝った。あの映像は本物だったのだ。


「依頼内容は?」


 少女の声に抑揚はない。挨拶も、前置きもない。

 ハリソンにとってはそれでよかった。余計な説教を聞きたい気分ではなかったからだ。


「レオナルド・マルコーニを殺して」


 ハリソンの声は震えていたが、目は逸らさなかった。


「サウス区の興行主よ。あいつが、私の弟を……ジェイクを殺した」


 少女は無言で彼女を見つめ返す。


「あいつは弟を騙して、改造手術を受けさせた。借金で縛り付けて、戦わせ続けた。……遺体を見たわ。あの子、もう人間じゃなかった。全身が機械だった。私のために……あんな姿になってまで……ッ」


 言葉が詰まる。涙が溢れるが、拭うつもりはなかった。

 この悲しみの全てを、殺意に変えて伝えたかった。


「私が欲しかったのは金じゃない。弟が無事に帰ってくることだけだったのに! レオはそれを奪った。弟だけじゃない、何人もの若者を食い物にしてる。あいつを生かしておけない」


 ハリソンは一歩踏み出した。


「お願い。あいつを殺して。ただ殺すだけじゃ足りない。弟が味わった痛み、絶望、苦しみ……全部あいつに味あわせて!」


 部屋に沈黙が落ちた。

 少女は淡々と、ハリソンの激情を受け止めていた。


「レオナルド・マルコーニ。わかった」


 少女は冷徹に告げた。


「引き受ける」


 ハリソンは崩れ落ちそうになる膝を必死に支えた。


「……ありがとう」

「礼には及ばない。これは私の仕事だから」


 少女は端末を取り出し、何かを入力し始めた。


「三日以内に執行する。その間、あなたはこの部屋から出ないで」

「……どうして?」

「あなたが動けば、レオに感づかれる可能性がある。そうなると面倒だから」


 少女は窓の外、工場の灯りを一瞥した。


「それと、実行手段は私が選ぶ。あなたは結果の報告を待てばいい」


 少女は背を向けた。

 その姿が、陽炎のように揺らぎ始める。光学迷彩か、それともハリソン自身の心理に起因する現象なのだろうか。


「ま……待って!」


 ハリソンは叫んだ。


「あなたの名前は?」


 少女は足を止め、振り返らずに答えた。


「カーバンクル」


 次の瞬間、部屋にはハリソンだけが残されていた。

 静寂が戻る。

 だが先ほどまでの重苦しい絶望とは違う、冷たい決意が空気に満ちていた。


 ハリソンは窓ガラスに映る自分の顔を見た。

 泣き腫らした目は、しかし鋭く燃えていた。


「見ててね、ジェイク。あんたの無念は、必ず晴らすから」


 夜の闇に向けて呟く誓いは、誰にも聞かれることなく吸い込まれていった。



 ウエスト区、アンダーグラウンド・ハッカーズバー。

 その最奥にある個室は、ブルーライトの冷たい光に沈んでいた。


 ショウは三枚のホログラムスクリーンに囲まれ、高速で仮想キーボードを叩いていた。

 エメラルドグリーンの義眼が明滅し、膨大なデータストリームを解析していく。


「……チッ、こいつは思ったより面倒だぞ」


 画面にはターゲットの情報が羅列されていた。

 レオナルド・マルコーニ。

 顔写真、経歴、隠し口座、そして『アリーナ』の構造図。


「進捗は?」

「ウオッ!!」


 背後から気配もなく声がした。

 心臓が止まりそうになるのをこらえ、ショウは椅子を回した。


 カーバンクルがいつの間にか部屋の隅に立ち、赤い瞳でこちらを見下ろしている。相変わらず、幽霊よりたちが悪い。


「驚かすなよ……。情報は粗方抜いたぜ」


 ショウは指を弾いて、ホログラムを拡大した。


「レオナルド・マルコーニ、38歳。表の顔はイベントプロモーターだが、裏じゃサウス区の闇興行を一手に仕切るフィクサーだ」


 画面が切り替わり、複雑な3Dマップが表示される。


「『アリーナ』は地下鉄の廃駅と工場跡地を繋げて作られてる。入口は三箇所あるが、すべて重武装の警備員付きだ。セキュリティも堅い。軍用グレードの生体認証ゲートに、AI制御の自動迎撃タレットまである。ネズミ一匹通さねえ構えだ」


 カーバンクルは無表情でマップを見つめる。


「さらに厄介なのが……こいつらだ」


 ショウが呼び出したのは、見るからに凶悪な武装集団のプロフィールだった。


「『アポカリプティック・サウンド』。レオが金で雇ってるギャングみたいだな」


 ショウはため息をついた。


「要するにレオの首を取るには、鉄壁の要塞に侵入し、軍隊並みの殺し屋たちを相手にしなきゃならないってことだ。真正面から行けば蜂の巣になる」


 カーバンクルは数秒の沈黙の後、短く尋ねた。


「攻略法は?」

「セキュリティシステムは俺がハックして無効化できる。カメラもセンサーも、俺の手にかかりゃただの飾りだ。だが、物理的な戦力差はどうしようもない」


 ショウは肩をすくめた。


「一番のチャンスは、レオ本人が現場に現れる時だろうな。奴は普段用心深いから、アリーナに顔を出すのは試合開催日だけ。次の興行は三日後だ」

「了解」


 カーバンクルは即断した。


「三日後、決行する」

「……おいおい、簡単に言うなよ。警備員と傭兵団はどうするんだ? 俺のハッキングで攪乱はできるが、全滅させるのは無理だぞ」


 ショウは懸念を示した。いくらカーバンクルでも、多勢に無勢は否めない。


「作戦はあるのか? こっそり潜入して暗殺か? それとも……」


 カーバンクルは赤い瞳でショウをじっと見つめた。


「陽動が必要」

「陽動? まあ、そうだな。誰かが派手に暴れて注意を引けば、その隙にレオを……」

「だから」


 カーバンクルは言い放った。


「あなたが出場して」

「……は?」


 ショウの思考が停止した。

 エメラルドグリーンの義眼がフリーズし、口が半開きになる。


「え、ちょ、待って。今なんて?」

「アリーナに、あなたがファイターとしてエントリーするの」

「……はっ!?」

なんでやねん!

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