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【断罪】美食の崩壊

 部屋の奥から、車輪が回る音がした。

 ガラガラと重いものが運ばれてくる音。


「……!」


 カルロは恐怖で強張った首を回した。

 現れたのは、白髪に義眼の少年――ショウだった。

 彼はホテルのルームサービスのような銀色のワゴンを押していた。


 その上にはドーム状のカバーが被せられた四つの皿。

 香ばしい、肉の焼ける匂い。


「よお、お目覚めか。ご機嫌いかが、ドン・カルロ」


 ショウは不敵に笑い、ワゴンをカルロの横につけた。


「あ、あんたは……?」

「俺はただのハッカーだ。で、こっちがコック長」


 彼はカーバンクルを親指で指した。彼女は依然として、無表情でカルロを見下ろしている。


「特別なディナーを用意したぜ。……お前自身のためにな」


 ショウがカバーの一つを持ち上げる。


 現れたのは、巨大なステーキだった。

 焦げ茶色のソースがかかり、添え物として形の崩れたニンジンとブロッコリーが乗っている。


「これ……は……」

「お前の右腕。上腕二頭筋のポワレ、赤ワインソース仕立てだ」

「なにぃ……っ!? なんですって!?」


 ショウは次々とカバーを開けていく。


「こっちは左腕のロースト。右脚のシチュー。左脚のステーキ」


 カルロの前に、彼自身の四肢が並べられた。


「あ、アンタたち……ッ!! よくもこんな真似を!」

「どうだ、嬉しいだろ? お前の大好きな人肉だぜ?」


 恐怖。嫌悪。そして――それらを上回る、奇妙な感情がカルロの中に渦巻いた。


(――あたくしの肉が……料理された……?)


 美食家としての本能が、理性よりも先に反応してしまう。

 自分の肉を味わう。それは究極の美食体験かもしれない。カニバリズムの頂点だ。


(ふふ……ウフフフフフッ)


 カルロは嫌悪感よりも興味、そして興奮が上回りはじめていた。

 嫌がらせのつもりだろうが、人肉など今さら何も厭うことはない。


(でも……見た目が少し……粗雑じゃなくて?)


 盛り付けが汚い。ソースが皿の縁に垂れている。

 だが、まだ分からない。味は絶品かもしれない。何しろ素材は最高級のあたくしなのだから!


「さあ、召し上がれ」


 カーバンクルが肉を切り分け、フォークで突き刺す。カルロの口元へ。


「ほら、あーん」


 ショウが無言でカルロの顎をこじ開ける。

 抵抗できない。肉片が口内へ放り込まれる。


「んぐっ……」


 強制的に咀嚼させられる。

 歯が肉に食い込み、肉汁が舌に広がる。


 その瞬間。

 カルロの瞳孔が、限界まで開いた。


「っ……!?」


 ――なんだ、これは。


(不味い!!)


 いや、不味いという次元ではない。

 これは、冒涜だ。


 肉はゴムのように硬く、噛み切れない。筋切り処理が全くなされていない。


 そして強烈な臭み。血抜きが不十分なまま加熱したせいで、酸化した血液の鉄臭さが口いっぱいに充満している。

 さらに、ソース。ただの塩辛い泥水だ。ワインのアルコールが飛んでいない。


 カルロは飲み込んだ。食道が焼けるように不快だ。


「……っ!」

「どうしたの? まだまだあるよ」


 次の一切れ。

 今度は中が生焼けだった。冷たい脂肪の塊が舌に触れる。

 三切れ目。逆に炭化するほど焦げている。


 プツン。

 カルロの中で、何かが切れた。


「てめぇ……ッ!!」


 甲高いオネエ声が消え失せた。

 地獄の底から響くような、ドスの効いた男の怒声。


「てめぇら……何しやがった……ッ!!」


 ショウとカーバンクルが顔を見合わせる。


「お、キレた」

「何って、料理しただけだけど」

「ふざけんじゃねぇぇぇぇッ!!」


 カルロは絶叫した。

 目から溢れるのは悔し涙。自分の肉を失った悲しみではない。素材を台無しにされた、料理人、美食家としての憤怒だ。


「なんだこのゴミみてぇな調理は! 下処理はどうした! 温度管理はどうなってんだ! 筋も取らずに焼くんじゃねえ!」


 鎖をガチャガチャと鳴らし、肉塊となった体を震わせる。


「下処理……?」

「初耳みたいな顔をするな!! 人肉なんか処理せずに食ったらそりゃまずいに決まってるだろうがァ!!」


 張り上げた声が喉に引っかかり、カルロは血を吐いて咳き込んだ。


「俺の肉はA5ランク以上の極上品なんだぞ! それを……こんな生ゴミに変えやがって!」


 カルロはカーバンクルを睨みつけた。


「塩加減も分からねえのか! このソースはなんだ、ヘドロか!? こんなもん客に出せるかバカ野郎!」


 カーバンクルは首を傾げた。


「レシピ通り作った」

「どのレシピだ! 産業廃棄物の処理マニュアルか!?」


 カルロは泣いた。

 痛いからではない。情けないからだ。

 自分の誇り高い肉体が、こんな素人の手によって、史上最悪の不味い料理に成り下がったことが許せなかった。


「殺せ……! いっそ殺せ!」


 カルロは懇願した。


「こんな不味いもん食わされるくらいなら、死んだほうがマシだ! 舌が腐る!」


 ショウはニヤリと笑った。


「残念ながら、完食してもらうぜ。SDGsだろ? 残さず食えよ」

「やめろぉ! 頼む、せめて塩をくれ! 焼き直させろ!」


 カルロの絶叫も虚しく、カーバンクルは淡々とフォークを運び続ける。


「無理。冷めないうちに食べて」

「ぐあああああッ! 不味い! 不味いんだよぉぉぉッ!」


 美食家のプライドは、完膚なきまでに粉砕された。

 自分の肉を、最高に不味い状態で食べ続けなければならない地獄。

 それはカルロにとって、四肢切断をも上回る拷問だった。

オカマの口調が崩れる瞬間はおいしいよね

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