【断罪】肉の工廠
ウエスト区、アンダーグラウンド・ハッカーズカフェ。
紫煙と電子音が漂う店内の最奥、防音シールドが張られた個室ブース。
「これが、ターゲットのいるビルだな」
ショウの義手から展開されたホログラムが、空中に青白い光の図面を描き出していた。
プライム・ミート・ファクトリー。その心臓部であるフロア50。
「構造は単純だ。10階くらいまでは高級レストランで、それ以降が食品加工工場。そんで最上階がオーナーの居場所だ。バカと煙は、だな」
「……それに、高ければ高いほど入りづらい」
「だな。侵入経路は正面のエレベーター、もしくは外壁のメンテナンス用ハッチだ」
ショウは指先でホログラムを回転させる。
「警備ドローンは4機、型落ちだ。俺なら息を止めてる間に制圧できる」
カーバンクルは無言で頷き、図面の奥にある「特区指定区域」を指差した。
「ここは?」
「こいつが依頼人の言ってた、動物肉セクターってやつかな。ここはオフラインで隔離されてる。監視カメラは12台あるが、物理的に回線を繋げば俺の庭だ」
ショウはそこで言葉を切り、少し躊躇うようにカーバンクルを見た。
「……なぁ、カーバンクル」
「何?」
「この施設ごと、全部ぶっ壊す気はないのか?」
彼は真剣な眼差しで問いかけた。
「どういうこと?」
「あそこじゃ毎日、何百体もの死体がミンチにされてる。ヴァイスの法が生んだクソッタレだ。カルロ一人殺したところで、工場が残れば別の管理人が来て同じことを繰り返すだけだぞ」
ショウは熱を込めて続ける。
「俺が内部データを拡散すれば、世論は爆発する。工場は閉鎖、ヴァイス法の撤廃運動も起きる。……それが『世界を良くする』ってことじゃないのか?」
それは一見して正論に見える。
だが、カーバンクルは首を横に振った。
「やらない」
「なんでだよ」
「依頼されたのは『ドン・カルロの始末』。それだけ」
彼女の声には、感情も迷いもなかった。
「工場の閉鎖は、依頼に含まれてない」
「だからって……」
「それに……工場を潰したら、困るのはサウス区の人たち」
「なっ……?」
カーバンクルは淡々と、まるで計算結果を出力するように告げた。
「安価な食肉供給が止まれば、飢餓率が上がる。暴動が起きる。死人が増える。……システムを急に止めるのは、危険」
ショウは口を開きかけ、そして閉じた。
反論できなかった。この街の貧困層が、皮肉にも「死者の肉」によって生かされている現実は否定できない。
「404号室は社会正義を為すものじゃない。覚えておいて」
「……ああ。ったく、手出しできねぇのか」
「まぁ、ここの食品を個人的に買わないくらいなら……」
「しょぼいんだよなぁ」
それは諦めにも似た、カーバンクルなりの哲学だった。
世界や社会を救うなんて大それたことはできない。するべきではない。
「分かったよ。相棒の方針に従うさ」
ショウは溜息交じりに頭を掻き、ニヤリと笑った。
「じゃあ、癌細胞の手術と行こうか。あのオカマ野郎、どう料理する?」
「まだ決めてない」
カーバンクルはホログラムに浮かぶカルロの顔――厚化粧の怪物をじっと見つめた。
「でも、一つだけ決めてる」
「ん?」
「彼が一番愛しているものを、一番嫌いな方法で壊す」
その瞳が、ルビーのように冷たく光った。
「うわ、エグそう」
ショウは肩をすくめたが、その表情は楽しげだった。
「了解だ。俺はセキュリティの制圧と退路の確保を担当する。決行は?」
「明日の夜。モニターが新月になる」
「オーケー。月明かりのない夜は、俺たちの時間だ」
ショウは義手を掲げた。カーバンクルは小さく手を合わせる。
カチン、と硬質な音が響いた。
■
深夜1時42分。
セントラル区。プライム・ミート・ファクトリーの外壁。
夜風が吹き荒れる中、白い影が重力を無視するかのように張り付いていた。
カーバンクルはパーカーのフードを目深に被り、メンテナンス用梯子を駆け上がっていた。
金属音はしない。着地の衝撃を体幹で完全に吸収している。
『侵入ポイントまで、あと12メートル。3階の排気ポート、視認できるか?』
左耳のイヤーカフから、ショウの声が直接鼓膜に響く。
「……視認した」
カーバンクルの赤い義眼に、ターゲットマーカーが重なる。
目の前には、巨大な換気ファンの排気口。金属製の強化格子が回転翼を守っている。
『セキュリティ、カット。30秒だけだ。急いで入れ!』
カシュン。
電子ロックが解除される音と同時に、カーバンクルは格子を引き剥がす。
そのまま回転する巨大ファンの隙間へと身を滑り込ませた。
回転翼が髪の毛数本を切り落とすほどのギリギリのタイミング。
ダクト内は暗闇だった。
だが、彼女の視界には関係ない。
義眼が暗視モードに切り替わり、複雑な配管構造が緑色のワイヤーフレームとして浮かび上がる。
「ARか……便利だね、これ」
『そこから垂直シャフトを50メートル登攀。さらにレベル7の分岐路へ』
「了解」
カーバンクルは壁を蹴った。
垂直のシャフトを、まるで平地を走るように駆け上がる。
指先とつま先が壁面の微細な凹凸を捉え、一切の減速を許さない。
だというのに、心拍数は平常値60を維持していた。彼女にとってこれは、階段を登るのと何ら変わらない程度の運動だった。
『あと100メートル。中央制御室の真上に出る』
「オッケー……」
ダクトの出口。メンテナンス用ハッチを音もなく押し上げる。
7階、天井裏。配線とパイプが内臓のように絡み合う空間。
カーバンクルは網目状の床の上を、猫のように音もなく移動した。
足元の隙間から、制御室の明かりが見える。
夜勤の職員がコーヒーを啜りながらモニターを眺めているが、頭上の死神に気づくことはない。
『そのまま非常階段に抜けろ。そこから一気に50階まで走破だ』
「了解」
『……つったけど、ホントにいけるか? かなり段あるぞ……』
「余裕」
ハッチを開け非常階段へ。そこからは、ただの直線運動だった。
『一応監視カメラがある階もある。タイミングを同期させるぜ。……今だ!』
ショウのカウントダウンに合わせ、カーバンクルは加速した。
カメラの首振り運動の死角、わずか0.2秒の隙間をすり抜ける。
映像に残るのは、ノイズのような白い残像だけ。
『……到着! 50階だ。お疲れさん』
カーバンクルは非常扉の前で停止した。
乱れ一つない呼吸でドアを押し開ける。
目の前に広がるのは、深紅の絨毯と黄金の装飾。
食肉工場の上に作られた、悪趣味な宮殿。
『廊下のカメラはループ映像に差し替えた。堂々と歩いていいぜ』
「了解」
カーバンクルはフードを深く被り直し、廊下を進んだ。
最奥にある黒檀の巨大な扉。その前には、二つの障害物が立っていた。
「……ん?」
黒スーツの大男たち。
その体躯から、軍用のボディガード用義体を埋め込んでいることが分かる。腰には大型の自動拳銃。
『厄介だな。用心棒だ』
「排除する」
『……へいへい。警報鳴らされる前に頼むぜ』
カーバンクルは歩調を変えずに近づく。
男たちが彼女に気づいた。
「おい、誰だ?」
「ガキ? 迷子か……いや」
プロの反応速度。
彼らは即座に異常を察知し、ホルスターに手を伸ばした。
だが、遅い。
カーバンクルの脳内で、世界がスローモーションになる。
「戦闘モード、起動」
彼女の義眼の表面が、幾何学模様に動く。
敵との距離、重心、筋肉の動きを瞬時に演算。
床を蹴る音よりも速く、彼女の姿が消えた。
「ッ!?」
右の男の懐に潜り込む。
掌底打ち。
強化義体ではない生身の急所、鳩尾に衝撃を貫通させる。
「がっ……!?」
男がくの字に折れ曲がる。
その反動を利用して、カーバンクルは跳躍した。
空中で体を捻り、左の男の側頭部に踵落としを叩き込む。
「ギャアッ!」
頭蓋骨と壁がぶつかる鈍い音。
二人の巨漢が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
経過時間、2.5秒。
カーバンクルは静かに着地し、気絶した男たちを見下ろした。
『……相変わらず、人間離れしてやがる』
「どうもね」
彼女は男たちの体を無造作に足で寄せ、邪魔にならないよう壁際に転がした。
「彼らはターゲット外だから殺してない。寝かせておこう」
『お優しいね。じゃあ、いよいよ本命だ』
黒檀の扉の前に立つ。
電子ロックのパネルが赤く光っている。
『ロック解除シークエンス開始……終わり!』
パネルが緑色に変わると同時に、重厚な金属音が響き、ロックが外れた。
『中にいる生体反応は一つ。ドン・カルロだ』
「わかった。行く」
カーバンクルはドアノブを回した。
ゆっくりと、扉が開いていく。
漏れ出してくるのは、濃厚な香水の匂いと、不快な紫色の照明。
404号室の始末屋は、音もなく「食堂」へと足を踏み入れた――。
SASUKEとか出たらすごそう




