第5話 家
「ねぇ、ちょっと待ってよ」
「え?」
ショベルカーが住宅の密集している何だか汲々としているような所を一台、一軒の家を崩していた。
「あれ、面白くない?」
「ああ、家ね。壊してるんでしょう?」
幸助は急に素っ気なくなった。
あんな物、壊れてしまったって、彼にとっては関係ないと思って見ていた。
亜子さんが勿論そんなことを言いたいが為に〝面白い〟と言った訳ではなかったのは分かっていた。唯、その時の幸助には、その誰のものでもないような家がショベルカーで崩されていくという非凡な様を、何でもないような事柄に見えて仕方なかった。
タイル貼りの風呂場に浴槽があって、それがショベルカーに因って剥き出しにされてしまったとしても、もぬけのからのその家に人間味のある時間を見出すことへの感慨は、彼にとって崩れていくその一軒の家を見ているより更に無意味に見えた。
そしてその浴室の隣の小部屋、凡そ四畳半か、六畳かの部屋の棚が何故か未だ残されて、その中からハンガーに掛けられているその家のもとの家主の服が露わになって彼の眼に付いて、その家の生活を想像させ得たとしても、又、廊下の壁の下半分が板張りで、もう上半分が壁紙の貼られた清潔感の感じる清らかな場所だとしても、彼にはもう関係ないことなのだと、なんとなしに言いたかった。
どうせこの家に不幸はないのだ。これで幸せに終わるのだ。彼にはこの終わりがとても幸福なのだと思った。
――確かに実際彼には、何の関係もなかった。
何の話にも汚されていないそのままの無垢な家が、こうして意味有り気に、不要なものとして壊されて行く。その瓦礫の落ちる瞬間を、一階を制しているキッチンのあの雑多な空間を、何の問題をも感じずに唯、そう、彼は見ていたのである。
「中、ああなっているんだ」
「本当だ」