第40話 まだ起きたばかり
夕食を食べ終わるとすぐ祖母は便所に行くと言い出した。今度は立ち上がるのも困難そうにしていた。幸助が腕を掴んで支えて立ち上がらせ、ゆっくり歩けるようにした。ついでに食べ終えた食器を洗いかごに突っ込んだ。そうしているうちに、祖母は幸助から離れて一人で便所に向かってしまった。彼は怖くなって、食器を水に浸してからすぐに追った。
廊下の突き当たりには窓があり、夜の街灯が漏れて祖母の傾いた後ろ姿の輪郭をくっきりと浮かばせた。それが左右に揺れながら便所へ跛を引いている。
祖母は便所の段差を跨げない。幸助は祖母を追って支え、便所の前で持ち上げる。便所へ入れて、扉を閉めて幸助はしばらく待った。用が終わるのを見測らって、扉を開けてスラックスをはかせ、また手を引いて祖母を便所から出した。洗面所まで行き手を洗わせ、それからお風呂場へやった。祖母はそうしている間、幸助に幾度となく「すみませんね」「すみませんね」と繰り返した。それは彼にとって非常に他人行儀なように見えた。季節は春先で、夜は風呂場は肌寒いから、また熱を出されても敵わないので、彼は手伝って服を脱がせることにした。祖母は前のように上手く足を浮かせられないので、片方の脇を掴んで洗濯機に手をつけさせた。
「左足から上げて」
幸助は祖母を支えながら、左足からズボンも下着も一気に抜きとった。右足も同じようにし、上の服も脱がせてしまうと、祖母の服を籠に放った。そのまま祖母を入れさせて、服は明日また伯母が来て洗うからと思って、そのままにした。祖母はお風呂場の椅子に座らせると、ほかのことはできそうであったので、幸助はやっと祖母から目を離し、自身の食事を摂ることにした。
しかし幸助はひとりになると落ち着かなかった。やはり見ていないとひとりで祖母が風呂に入れるだろうかと気になった。そしてそう思いながらご飯もうまく咽喉を通らなかった。
祖母が風呂からあがると呼ぶ声がした。彼は又、風呂場まで行って、祖母の洗い終わった身体を拭いた。
「すみませんね」
祖母はまたどことなく他人行儀だ。
全身を拭き終わるとまた例のごとく腕をつかんで転ばないように歩かせた。脱衣所から寝室のベッドまで祖母を運び裸のままそこへ座らせた。幸助は前に祖母がやっていたのを思い出しながら箪笥を開けて祖母の下着と寝巻きをだした。
「はいはい、じゃあ、寝る支度しましょうか」
と、幸助が言うと、祖母はびっくりしたように目をむいて、幸助をにらみつけた。そしてこういうのだ。
「さっき起きたばかりよ。まだ朝でしょう?」
「何言ってるの、もう夜、寝るんだよ?」
「寝ないわよ。騙さないでよ」
幸助は祖母が呆け始めたのかと思った。
その日どうにか祖母を寝かせた。彼は風呂に入ると日にちが代わっていた。それから机にかじりついて、深夜新聞配達が来る手前まで大学の課題に向かった。




