第33話 疲弊
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幸助が大学受験を控えていたころ、頭の中では自分のことの方が心配だったが、母親と孝道は毎日のように言い争いをしていて、そのことに段々幸助も引きずられていって仕様もなくなっていた。
ある日、幸助が高校から帰ると、薄暗く静かな廊下の奥から祖母が手招いていた。そして部屋まで来るようにと呼んでいた。彼は祖母の部屋まで行ってお菓子をもらった。
「久しぶりだね。干菓子なんて」
「そう――」
「祖父さんのでしょう」
「そう、仏さんもう要らないって」
「じゃあ頂きます」
その頃まだ祖母は元気にしていて、自分で立ったり、歩いたりもしていたし、医者に行くのも買い物に行くのも自分で生活のあれこれは全部出来ていた。
「孝ちゃん、大丈夫?」
「知らないよ」
その日も孝道に何かあったのだろうか? それとも幸助や父が留守にしておる間に母親が来て、何かおかしなことを吹聴していったのだろうか。
幸助は父と孝道との間に会話がないことが問題なのだとわかっていた。それは父が孝道を避けているようにも見えていたからであった。
祖母はそういうことを気遣っていたのかわからないが、孝道の話をしたがる祖母を軽くあしらって彼はその干菓子を無心に食らった。黙々としていると、祖母も何もできないような雰囲気を醸した。幸助はそのあと黙ってテレビに見入っていた。この時の彼にとって孝道の話は気が重かった。そして父が何のあてにならないことが一番の悩みだった。
高校を出た孝道は毎晩 喚き散らすようになっていた。
――何なんだよ……。馬鹿、……死ねよ。
孝道は自分がどうしようもなく家にいることが耐えられないようだった。けれども人との関わり方が分からない孝道にとって、外に出て何かをするという考えは非常に重荷になっていたに違いない。そして父はそんな孝道に何を言ってやればいいのかわからないでいるのだ。もう何年もこの家族のことを気にかけてきた幸助にとって、どれだけ迷惑をこうむってきたのか父にも、当然あの母親にも孝道にも全くわからないことだ。独り善がりな言い分ばかりが空を飛び交っては意味もなく消えて、そこには疲弊した自分だけが取り残されているようだった。




