第32話 殺害の方法
「それ俺の学費だろう?」
「まあ、そういうことになるな」
幸助はどこかしらで歯がゆく思っていたと同時に、母親と孝道との関係に完全に失望していた。
「アイツが別居始めた時に俺に突きつけた通帳なんてスッカラカンだったからな」
幸助は半分だまし取られたようなものだろうと思った。預金通帳など仕事をしていれば誰にでも作れる代物である。その父名義の通帳から自らの通帳に金を移すことなどたやすい話だ。ましてや別居して資金が必要ならなおさらである。しかしその証拠を突き止められない以上、父には何もできなかったのかもしれない。この時父はいつも同じことを言っていた。
「アイツに老後の資金を半分も持って行かれると思うと、気が晴れん」
幸助は夫婦がどんな約束事で成り立っているのか不思議に思う。添い遂げられる好夫婦など本当に世の中に存在するのだろうか。では、どうして男の人は仕事で稼ぎ、女の人はその資金で家計をやりくるするというような構図が世の中にはすでに備わっているのだろうか? 父の話を聞く限り、母親は父の稼いだ金をすべて持ち去った泥棒と何ら変わりがない。幸助は父だけを頼りにあと数年は生きなければならないが、その後、誰を信用して生きていけばよいのだろうか。そのことで幸助はよく汗をたっぷりとかいた状態で目覚めることがある。目覚める前は何かの発作に苦しめられていたようだが、自分自身ではよくわからない。ただそうして目覚めると胸椎の部分が締め付けられるように痛くなり、右手にこぶしを作ってバンバンバンバン強く殴りつけなければ済まなくなるほどだ。そしてこの頃からである。決して実行には移さないが、母親を殺害する方法を取りとめもなく想像しなければならなくなったのは——。
父は車を運転し始めるとしばらくしてまたこう言い捨てた。
「まぁ、何にしても駄目なんだろ、アイツら」




