第31話 祖父
「明後日出られるって」
「そう――」
依然として祖母はベッドの中で少しだるそうにしている。父が病室に来て、祖母にはこれから用事があるからといってそのまま幸助は父と病院を出た。父は地震の影響もあったが、祖母が入院するので、出張先には戻らずに、明日まで休日を延ばしたのだった。
「だけど太いなあ、祖母さん。祖父さんが入院した時こう言ったんだぜ」
〝私、こんなの世話できないわ〟
幸助は祖父のこともよく覚えていた。祖父は幸助が小学生頃まで、生きていた。ベッドに横たわっても、掛布団から大きな足が突き出ていて、とても体が大きかったことを覚えていた。
「それで祖父さんやる気なくして可哀想に——」
祖父さんが死んだのは真夜中であった。その翌日病院で祖父のぽっかりとあいた口の空虚な中を眺めて、饐えた匂いのしたのをよく覚えている。
「それが自分となると〝家帰せ、家帰せ〟だもんな」
確かに、祖母との会話の中には、家に帰りたい意思が伝わってくる。祖母の日記を覗き込んだあの日、幸助にはこの家は私のものだと祖母が言っているように感じてならなかった。けれども、幸助にはどうして祖母があの家にいることに執着するのか、よくわからなかった。
祖母の病室は3階にあった。コンクリートの病院の壁はきれいな白色とクリーム色で上下に2色で別れ、廊下全体には患者のための手すりが設けてあり、壁の色はその手すりの位置から2つに分かれている。床は緑色で、滑り止めのためか樹脂でできた光沢のあるものである。その床を遠く眺めると、水面が揺れたような反射した光が広がる。父と幸助はその廊下をキュッ、キュッと音を立てながらエレベーターまで行き、1階まで下りた。1階でエレベーターを降りると直ぐ左手に救急の搬送口があり、その横にある守衛室で、面会札を返し駐車場へ向かった。
幸助は駐車場で祖母との間で話に出た孝道のところに行くことを父に尋ねた。
「あ、ああ、行くぞ」と父は素っ気ない言葉で返したが、何かを考えているようでもあった。しかしそれは幸助からしても同じことで、父と幸助ともに同じようなことを気にかけていたに違いなかった。孝道は母親に連れ出されてから、一度たりとも面会しておらず、父も幸助も一体どうなっているのか皆目見当がつかないぐらいだった。それを父が今度の帰省で孝道のところを訪ねるというくらいだから、何か起きたのだろうとは見当がついた。車のそばについて扉を開けた父はこう言うのだ。
「――何だかアイツ、母親から手切れ金に二百万も貰ったって言ってるし」




