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けむりの家  作者: 三毛猫
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第26話 別居

「男だらけの家で、好きなことひとつもできない」

 家を出るときの京子の最後の言葉はこんなものであった。母親は幸助が高校受験を控えた中学校3年の春に家を出た。孝道の罵声に耐え切れず、家とは別に近所のアパートに部屋を構えて暮らすようになった。幸助は何故だか合鍵を貰っていて、いつでも使っていいように言われていた。しかし彼は母親の別居先を好んで使うことはなかった。そして父はそんな京子に母親を全うさせるため、子供の世話を見させる代わりに別居を許した。朝食と夕食は母親が作って幸助と孝道に食べさせるように父は京子に話したのである。そして母親は父の言う通りに朝夕の食事を作りに来たり、家事をしに来たりしていたが、彼にはどうしてそんなに面倒なことをするのか、理解ができなかった。母親の何がそうさせているのか、そんなに無理なことをしてまでも、なぜ嫌がることから逃げ続けることでしか打開策を見出せなかったのか、幸助にはまるっきりわからなかった。

 そんな生活が半年過ぎ、幸助は中学を卒業し、孝道は高校を出た。それからは孝道はほとんど何もしなくなった。中学のころのように家に籠って好きにしていた。することといえば、週末に競馬に行くようになったことだ。そしてその度に金を()って、家では何の鬱憤かは分からないが、そういうものが堪っていて、それで荒れたり、喚いたりした。そして母親は別居中に一度は辞めた仕事も再就職をして、まがいなりにも仕事にありつけた。京子は孝道が一日中家にいるようになると、別居先で暮らすようになって楽になったのをいいことに、家へ寄ることはなくなった。

 あの時父はこう言っていた。

「約束が違うじゃないか」

 ――しかし、それは拘束力もない口約束である。

母親が家へ寄らなくなってからは各自で食事を作ることになった。孝道はもともと母親の食事は幸助も仕方がなく自分のことはすべて自分でするようにした。父は昔から仕事で帰るのが遅かった。だから父も自身で何かを買ってきたり作ったりして食べるようにしていた。

 けれども毎晩のように父と母親で口論を重ねていた家は、母親が出て行ってからしばらくは、静かになっていた。

 母親の別居の原因は父の露骨な態度にもあったが、それよりもその母親の気質でもある子に対する気色の悪い愛着のためだとも言えた。孝道が暴言を吐いたり、喚き散らして威圧してくるのはそのためである。

 父は孝道が喚くようになってから、こう言う事を言っていた。

「三つ子の魂百までって言うけど本当だな。母親、三歳ぐらいの孝道に何してたと思う。朝なんか、アイツが目覚めるなり〝はい、チョコレート〟って言って、あげてたんだぜ。本当に異常だったな。育てるって言わねえよな。ペットみたいに飼い慣らしてただけだな」

 母親を別居に至らせた原因が孝道との関係であるのは、確かなことだ。幼少、幸助を殴ったりしたのもそれを予期させる出来事だった。孝道の幼少を(しつけ)をせずに可愛がって育てた母親は、幸助が病弱に生まれて、彼に付きっ切りになり、孝道を相手にしない時期があった。孝道が幸助を殴っていたのはそれの嫉妬だった。母親が乳飲み子だった幸助を育ている間は祖母が孝道に〝お兄ちゃんなんだから〟と言い聞かせて育てた。そして幸助は孝道は甘えたい時期に甘えを許されずに過ごしたのだと時々祖母から聞かされた。

 それら家族関係の怨念が永い歳月をかけて孝道に溜まり、大人になる成長の手前で、孝道は発狂した。更に孝道は青年の時、人とは関わらないで過ごして、社交を知らない。それに加わって幸助にも反発的であった。そんな孝道の家族間の関係を作り出したのは父と母親の不仲だった。いがみ合いを見せつけられた幼少の孝道にとって、嫌な気持ちにさせること自体が家族と、それからその他の人間との関わりの手段でしかなく、その事以外に人とか関わる(すべ)を知らないのである。幸助が生まれた頃は、だいぶん穏やかになっていた家だが、彼にその陰険さを段々と気付かせたのは父の独り言であった。父は普段から険悪な人間で、何を言っても怒りが出た。それはしかし離婚を言い出す母親の意固地な性格の所為かも知れない。

 そしてこの家の中で最悪であったのは孝道に社交性の欠片がまったくないことだった。


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