第24話 浪費
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幸助は祖母から手渡された貼り薬を袋から出して祖母の両足の甲に貼るところだった。
「母親は兄貴がうるさいからって、家を出たろ。だけどその前から家のことなんて殆どしなくてさ。家を出る前なんかは仕事してたけど、でも家と両立できない無理な仕事してさ。職場に委員長さんって居たらしいんだけど、その人に文句言ったら居辛くなって、最後は職場のワゴンで事故起こして辞めたって言うじゃない」
「何のお仕事してたのよ」
「介護だって言ってたね。――それでそのワゴンの弁償に保険使えば良いのに、勝手に家の貯金崩して遣ったりして」
「アナタのお母さん、私の面倒なんて、一度も看てくれなかったのにねえ」
「はっは——」
祖母は軽い冗談のつもりでそういったに違いない。「嫌ねえ」などと言いながら、姑根性をあの母親にぶつけていたのも事実だった。祖母の言葉遣いに関していえば、その口調にいたわりの情はひとつもなかった。どちらかといえばこの女性にとって、母親は息子を取り上げた泥棒猫といったところだろう。表情を見てもどこを見ているともわからない目のやりようで、幸助と話す祖母は、どことなく別の陰湿さを感じさせられる。よく考えてみればこの人は他人の悪口ばかりを言ってくる癖のある人だった。
「それで、大分親父怒ったらしいくてね」
「あんまり強く言っちゃあいけないのよ」
父は祖母が言うように〝女〟を知らない。そのことは幸助も何となくわかっていた。父は仕事に逃げる人だった。すべては仕事のため、言い換えれば仕事の所為である。けれどもその仕事とは何のためにするものなのだろうか? 生きるためだけでは済まされないと彼は考えていた。
仕事で得られるものなど金しかない。子どもからすればそれだけだ。父親は金だろう? と言い切る人もいる。仕事が何になる? やっていれば生きていけるのだからそれをすべてとするのは仕様もない気になる。実際、母親は金の使い道などわかっていなかったようだ。
訪問販売で購入した業務用掃除機がなぜ自宅のフローリングの掃除にいるのか、水もいっしょに吸えるから便利だというその持論は、売りつけられた時の営業人の文句をそのまま借りたものだろう。こぼした水なんか雑巾で拭けばいい。趣味で始めた和太鼓も、すぐに高額のものを買いそろえて、結局人と合わないからと言って二回程度教室に行ったきりで、道具は車庫へ放置されたまま何年もそのままだった。
「母親は昔からどこまで浪費していたのかは知らないけど、親父はいつも無駄だ、無駄だって」
「嫌ねえ」
「今のあの人の生活費も、もとは俺の学費らしいんだ。それ持って行くとか、頭狂ってたんだよ」
「……」
「他にもあの母親は、職場に向かう時に家の車、ぶつけてね。廃棄にしちゃったりして、まだ部品とかは売れるのに。自分の駄目なところ、見せられないんだろうね。あの人」
「へえ――」
「はい終わり」
幸助は貼り薬まで貼って、靴下を着せてから言った。
「おやすみ」
祖母の部屋の灯りを消して彼は自分の部屋に戻った。
幸助から見ても母親はとても母と呼べるような人ではなかった。だから、孝道はそういう母親にあれこれ指図されるのを嫌がったのだろう。飯は不味い、洗濯と食器洗いは週に一回だけ、買い物と言うとなかなか帰ってこない。家には殆ど居なかった。それでも顔を合わせれば孝道はいろいろそのことで咎めたり罵ったりしていた。
――よく今まで。
幸助はどうして今までを過ごしてきたのか、理解に苦しみながら就寝した。




