第21話 泉
――この人たちにこれから何があるのだろう。何をしていくのだろう。何が楽しくて生きているのだろう、とそう思っていたのである。
「お昼は食べたの?」
――この担任は幸助に何で話しかけて来ているのだろう。彼がどうしていつもこんな感じで退屈そうにしているのか、不思議なのだろうか? それとも幸助の周りにたかっている蠅みたいな奴らのことで彼に話があるのだろうか――。
「食べていません」
「最近お昼の時間でも教室でじっとしているって他の人たち聞いているけど、ご飯食べなくて平気なの?」
「何か食べるという気分じゃないんですよ」
「岡山君が話してくれたのだけど、昨日泉君が君のロッカーの中をあさっていたんだって言うの。それは知っている?」
「へえ――」なるほど岡山がね。と幸助は目を遠くに追いやって何かを感じたように思わせた。しかし彼は動じていなかった。もうそんなことは既に普通のこととして見ていた。人のことに訳もなくいい加減な干渉をしてくるのは、お坊っちゃんたちの趣味なのだと開き直った。幸助は担任が言ったことに関して、やっとこの教師は事態を理解したのかと思った。彼は岡山の言いつけに関してこう返した。
「はじめて聞きました。――はあ、だから泉の奴、俺の腕時計つけているのですね? 一応俺の時計だろうとか言ってみたのですけど、被害妄想はやめろだとか、良くある言い方で突っぱねられましてね。昨日は体育があって、確かに私はロッカーに時計をしまっていたんですけどね――」
岡山が教師に言いつけたのは幸助のためなのか泉のためなのかわからないが、大事を避けようとしているようであった。
幸助に嫌がらせをしていたのは泉という同級生だった。知りあった当初は一応仲良くしていたが、彼は泉の話を聞いて仲良くする気も起きなくなってしまった。泉は彼にこう話した。「友だちなんてすぐに切り捨てられるから本当に楽だよな。面倒になったらはいサヨウナラって言う感じで――」幸助はこんなに下らない人間が近付いてきたことに嗚咽しそうであった。彼は泉を適当にあしらって、特に相手にもしないようにした。
泉は粋がっている何人かを連れて歩いた。その中にひとり、岡山信夫と言うとぼけたふりをしている利発な青年がいた。幸助はこいつを同じ人種だと思った。泉たちは幸助を悪く言うだけ言っていた。彼は同じ組の同輩とは誰からも相手にされてなった。それは泉たちの陰口もあったのかもしれないが、幸助の冷めた態度にもあった。そのことを彼はわかっていたが、退屈なものは退屈だったのだから、組の人間とは関係を持っても何もないだろうと思っていた。
担任は放課後、幸助を面談室に呼び出した。約束した時間を少し過ぎたころに行くと、担任の他は泉とその周りにいる奴らのうちの二人がいた。榎俊吾と須野 栄といった。幸助はなるほどと思った。
「アナタたちの嫌がらせの数々はいろんな人が言っているけど? あなたたちはどういうつもりなの?」
泉たちは口を開かなかった。
「泉君はとにかく彼に時計を返しなさい」
「これは、崎島にも言いましたけど、本当に僕のですよ」
先生は鼻でため息をついていた。彼は思った。岡山の奴はこれを回避したなと――。
「先生、泉がそういうならもういいですよ」
「でも……、泉君たちは彼に悪いことをしたというのはわかっているのでしょう?」
彼らはたどたどしくうなづいた。本当のところは認めたくはなかっただろう。
「クラスの子からの話だと、泉君たちはアナタの席の周りに立って……――」
担任は彼らがした幸助に対する嫌がらせの数々を挙げたが、案外にすべてをお見通しと言った感じであった。
「――このことについて三人は謝りなさい」
三人は異口同音「ごめんなさい」と言った。——というより言わされたのだ。
「アナタは泉君たちになにかある?」
「これからの彼らの態度しだいですかね、それは。あれだったら退学にしてくれると楽ですけど――」
面談室を出て、教室に戻り、帰る支度をした。コートを着るとそのコートの腰のあたりにかみ終わったガムがくっついていることに気がついた。幸助は思わず苦笑した。どこをどう考えても泉たちを許す必要はなかった。




