第18話 ナイフ
ある晩、幸助が寝床へ入ると、父が母親と口論を始めた。
「お前、幸助にまで言いやがったのか!」
幸助は自分の家がどういう家だったかを知ったのはこの日だった。父が孝道にナイフを向けたその日――。
「やめてよ!」
彼は母親の声を聞いて、布団から這い出た。父は孝道の部屋にいた。
「何なんだよ!」
孝道が大きく叫んだ。幸助はちょうどその光景を目にした。
その時彼は、家なんて本当は馬鹿々々しいものなのだと気付いてしまった。幸助はこの家がどうしてこんなにどうにもならないのか、わからなかった。彼がいくらやめておいた方がいいと言っても孝道は悪いことはやめられなかったし、母親もそれがわかっているのにもかかわらず、わからないようなふりをしていた。母親がいちばん白々しかったかもしれない。何も問題はないなんていう言い方をしているようだ。すべて順調であって、けれどもこの壊れた状況も想定内だったということなのかはわからない。母は問題を解さない。それは見栄なのか、自負心なのか、平然と惨いことを黙認してしまう。そして父の程度もこんなものだった。
「死ぬぞ、このまま――」
幸助はそれをどう言葉にしたら良かったのだろうか、彼にはその時、なにも思いつかなかった。父がナイフを手にしたことで何が変わるとも思っていなかった。孝道も小さな頃の幸助にしていたことを大きくなっても、他の誰かに続けて、それが楽しみだとか思っていることだって可笑しなことであるのに――。
母親も離婚を言い出して、そんな心にもないこと誰に植え付けられているのかわからないが、それが本当はどういうことなのかを全然意に介さないままで口にしてしまっている。その言葉にどこまで母親自身で責任が持てるかなんていうことは、よくも考えていないことはわかっていることだった。幸助たちのことなんかどうでもいいような、すべて自分の勝手で生きているような言い方だと言うことですらわかってもいない。幸助からすれば、孝道の状況を見て母親が父に離婚を言い出すのは軽はずみなことを言っているようにしか思えなかった――。
けれども、こうした緊張感のなかで幸助が思うことは、結局のところ父の言うことはいつも正しいということだけだった。この件に関しては父が悪いという訳ではないからだ。父の手にしたナイフはそのまま父の手から投げ出された。父は黙っていた。母親も孝道も黙っていた。そして幸助も何も言わなかった。家は家ではなくなっているのだ。そうしてこの時、そのことだけが幸助たちを生かしたのだ。
幸助はそんな中で落ち着いて中学受験に挑もうとしていた。この時の暮らしはこんな状況にあるにもかかわらず幸助の中で安定していた。孝道は嫌なことから逃げ出して自由にしていたから落ち着いていたし、彼も孝道がいた中学校には進む気はなかった。一所懸命になって勉強にうち込んだ。母はそれをなんとなく見ているだけだった。父だけは幸助の勉強を見ていた。
そのうち孝道も高校受験を考え出した。幸助が小学校の最終学年にあがった年のことだった。孝道は一年遅れだが、どうにか高校にあがったし、幸助も第一希望を見事に通った。




