第14話 嫌がらせ
幸助は、夕食の調理をほどほどに済ませて、食卓に着いた。祖母は話を進めずに黙ってテレビを見ていた。幸助は少し焦げて縮んだ牛肉の野菜炒め口にしながら、数か月前に父と話したことを思い出した。それは大学3年になる前の冬季休みの静かな休日だった。話題は孝道がオカしくなった理由についてだ。家の1階の客間で衣替えをする父を尻目に、窓の外の空を眺めながら、陽光の差す一畳あたりの窓際のスペースで幸助が小学生の時の菊池のことを父に話した。孝道が家から出なくなって数週間過ぎた時に小学校から帰る幸助を待ち伏せていたあの時のことである。
「菊池が、孝道のこと話してきたけど?――」
「菊池?」
「そう学校の帰りに待ち伏せされて」
「何? ――アイツが、その菊池ってやつが原因を作ったんだぞ」
父は眼鏡の奥に険のある目つきを作って彼に迫ってきた。父はいつもこうだ。本人は普通に思っているかも知れないが、幸助が幼いころから表情や口調は威圧的で人を遠ざけるタイプである。幸助も別段この人とかかわりたいと思ったことはなかった。けれど、孝道のことに関して言えば父は親である。そして孝道とは兄弟であって、しかも昔から蔑まれてきた幸助からしてみれば、こんなやっかいな問題は、親が万事どうにかすべきだと思っていた。
「アイツが自分で手の甲に鉛筆ぶっ刺したって言うのを、孝道のせいにしたんだぞ」
「それどういうこと?」
「孝道に強要されて、鉛筆を手に刺したって言ったんだと――」
「それで孝道は学校行かなくなるの?」
「違う。――それで担任が孝道に〝お前分かっているんだろうな〟とか言って脅したんだよ」
確かに強要したということが嘘だというのだったら、孝道が悪くないというのもわかるかも知れないが、孝道の場合、本当にそういうふうに菊池にしていたのかも知れないのだ。菊池に嫌がらせをしていたとするのであれば、それは孝道のほかにいなかったからである。昔から菊池と孝道のその関係は変わらなかった。菊池が、孝道に反抗するのは自然だっただろうし、むしろ菊池は素直だったといえる。孝道に言われたようにやってそれをそのまま教師に報告したまでなのだから――。
どちらかといえば、あの時幸助が気になったのは〝お前分かってるだろうな〟という教師の一言であった。これは暴言よりもひどい恫喝に等しい言葉だ。
「教師がそんなこと言う?――」
父はこの教師のことをよく知らないようであったが、話から察するには全くよく思っていないようであった。
「アイツそれ以来、誰からも相手にされなくなったんだよ」
それは生徒たちがこの教師を怖がってしていることなのか、それともほかの生徒たちも孝道のことを白い目で見ているということなのか定かではなかった。そして不可思議なのは父の言うこととは裏腹に孝道の風采について、幸助は時々孝道の同級生だったという女性からこう聞くことがあった。
「ふつうの人でしたけれど、野球は本当にお上手で——」




