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けむりの家  作者: 三毛猫
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第11話 菊池

 祖母は幸助が食事を作っているさなかに、孝道の昔の話を口にし出した。

「あの菊池っていう子が手に鉛筆を突き刺したって話、孝ちゃんに強要されたって言っていたらしいけど、本当かしらね――?」

 幸助はその話を孝道が不登校になってからしばらくして聞いた。祖母は10年前のあの時の原因を知りたがっているに違いない。しかしそれは孝道本人にも確認したことであるはずだ。しかし彼の口からはなにも話されることはなかった。自分が悪くなることをわざわざ家族にまで話たくないのは、子供の心理からしても明らかだ。そのために祖母とあの時まだ生きていた祖父が孝道の聞き取り役になったことは、考えてみれば当然のことだ。しかし孝道には後ろめたさがあったに違いない。いまさら起こしてしまった自分の悪行をあえて口に出して認めるより、内に秘めて隠してしまった方が彼には都合よく思えたはずだ。けれど、そのことが彼自身の身の回りを巻き込んで起こしたあの事件に関して、解決の糸口を封じてしまったことに他ならなかった。孝道自身が臭いものに蓋をしたのであれば、蓋をした臭いものを持っている彼を臭いものとしてみた連中もいたということだ。菊池なんかはそういう輩の後ろ盾となって利用されたに過ぎない。

 そして祖母は、菊池がどんな人物なのか、会ったこともないから、知らなかっただろう。

 菊池、――菊池。菊池友隆は幸助が忘れもしない、わるだ。孝道が中学校に通うまえから時々幸助の家へ出入りしていた。あの時の彼の歳は孝道と同じ14の歳だった。孝道の友達は少なくて、幸助は孝道と他人との関係もそんなに詳しくはなかった。けれど菊池という青年だけは覚えている。

 菊池があるとき孝道に連れられて、家を訪れた時、幸助は彼と孝道で使っていた部屋にある二段ベッドの上で、漫画を読んでいた。孝道は菊池以外にも二人ほど友達を家に連れて来ていた。

「――お前なんか、切れ痔だ。切れ痔」

 菊池は孝道やその周りにいた友人から切れ痔と呼ばれていた。菊池は孝道に変な渾名をつけられてそれに対してムキになっていた。そこらじゅう人に飛びかかって、その渾名で呼ばれることを嫌がった。しかしみんな菊池をその渾名で呼んで面白がっていた。幸助もそれにつられてベッドの上からその渾名を言った。

 すると菊池はそのまま彼のいるところにまで飛びかかって来た。猿かオラウータンみたいだった。事実菊池は手は長いし、肌の色は黒くて、まったくそれと言っても過言ではなかった。そしてそのかっこうで動きは機敏で、瞬く間に菊池は幸助の首を絞めた。それが加減の知らない絞め方で、孝道たちがとめるまで幸助は息ができなかった。幸助もその渾名で呼んだことは悪かったのだが、それにしても菊池は加減を全く知らない乱暴な奴だった。やはりそれもひとつ常軌を逸していた。菊池はそれだけでなく、みんなから嫌われていた。

 いつしか孝道が菊池についてこんなことを言った。

「ああ菊池? アイツはわるだよ。どうわるかって? それは、中学じゃ便所でビール飲んでいたし、部の更衣室でたばこ吸ったり、有害エロ図書ほん持ち込んだりしてな。迷惑極まりないな。ああいうのを(せん)(こう)が見つけて更衣室使用禁止とか言いだすんだよな。何で俺たちは寒空の下で裸になったりして着替えなきゃいけないんだよ。ほんッと。」

 幸助もあのころの孝道については、いろいろとあとから知らされた。もっと早くに知っていたら彼もどうにかできたかも知れないと思った。けれど、それはもう、いまさらどうにもならなかった。幸助は孝道が外に出なくなってからすぐに、学校の帰り道で、菊池に会った。幸助の行く手に菊池ははばかったのだ。その猿みたいなオラウータンみたいな身体が、すんと立っていた。

 幸助は菊池を目の前に見て孝道が話した菊池についての噂をさらに思い出していた。

「――でもアイツがそういうふうにするのって、母親がおかしかったりする訳だ。あそこの母親、一日に一回、菊池に二千円渡すだけで、家じゃ飯も作らないし、揚句は暴力振るうだの、家からはアイツを締め出したりして、その度に菊池の奴、外で悪さしていたみたいだからな」


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