ヤンデレは大好物です!
「殿下、こちらが私の娘です」
媚を売るような、いつもより少し高い父の声がする。
背中を押され、ずいと差し出されたわたしは緊張と羞恥心でもじもじとうつむく。
「親の私からしても可愛らしい娘でしてね、殿下の暇つぶしにでもなればと」
言うだけ言って、「あとはごゆっくり」と出ていく父にはもはや見捨てられたも同然だ。
いつ迎えにきてくれるの?ここ、どこ?
ぴかぴかの城を歩いて、歩いて、歩いて、クタクタになるまで歩いた先にあった大きな扉。
その中も当たり前のようにキラキラしていて、惚ける暇もなく、とても綺麗な人が出てきた。
父がデンカ?とおっしゃったその人は薄く笑みを浮かべて父の話を聞いて、父が出て行ってすぐに口を開いた。
「こんにちは」
ぶわっ
頭の中から溢れてくる記憶の数々。
あ、私悪役令嬢だ。
─────
私には前世で女子高生として生きていた記憶がある。いや、今思い出した。
目の前の王子を見るにここは前世で私がプレイしていた乙女ゲーの世界だろう。
入れ込んでたキャラはいないし、広く浅くで攻略してたからなぁ。うん、ときめきはない。
でもこのスチルはマズイ。悪役令嬢が王子と出会って一目惚れした時のスチルと酷似してる。
てことは私悪役令嬢だし、てことは破滅じゃん。お約束に。
終わってる!!!
神様、どうして私をみすみす殺してくれなかったの?!
てか私!!!王子をこんなに放置していいのか?
「?」
ああ、小首を傾げてらっしゃいます。申し訳ない。
うおっほん。
「王子殿下にご挨拶申しあげます。アリスティア・シュヴァイトと申します」
できうる限りお淑やかに、これでもアリスティアとして10年は生きているもの!
「シュヴァイト嬢、私はウィリアム・スカラーと言う。よろしくね」
アクアマリンの宝石のように透き通ったふわふわの髪は舞い、三日月型に弧を描いた瞳はは碧く煌めいている。
「きれい....あ」
やば。思わず漏れてしまった本音は、王族の前ではあまりに失礼だ。
子供とはいえ褒められたことではない。
「申し訳ありませんッ」
「いいよ、今日は無礼講だ。ところでね」
ここで言葉を切った殿下の瞳は冷え切っている。笑っていない。
血の気が引いた。この先に何が続く?私は──
「友人は求めていないんだ。もし良かったら婚約者になって欲しい」
「承知しま....え?」
今、いまこの方はなんと????
婚約者???
「父上が婚約者を作れとおっしゃっていたから。うん、君でいいや」
「そ、そんな軽く」
「いいんだよ。私は王子なのだし」
てか待って私、"で“って言われた?
「お、お言葉ですが」
あんたみたいなやつと
「私は婚約したくありません」
「え?」
予想外というように目を丸くする王子は、つまりこういうことを言われたことがなかったのだろう。
第一タイプじゃないのよ、清純王子系って。
もっとこう、ね?わかってくれ、王子よ。
「私は、“で”なんておっしゃる方と婚約したくありません!」
「.....」
あれ、待って冷静に考えたらまずくはないかしら?
王族に刃向かっていくスタイル、ヤバいですわ。
あ、死んだ。
内心で焦りまくる私とは裏腹に、王子は次第に肩を揺らし始める。
とうとうクツクツという音が聞こえ始めた。
え?これもしかして。
「あは、あははッ。君、どうしてそんなにハッキリと。あははッ可笑しい」
笑いすぎて涙が出るほど笑っていらっしゃる。
え────?
「私にそんなことを言ってくれたのは君が初めてだ。面白いね」
その言葉と共にこちらを見る王子の瞳には温度があった。
それこそ、火傷してしまいそうなほどの。
「いいなぁ、いいね。うん、君がいいな」
「?」
ぽつりと溢した言葉に理解ができない。
「さっきはごめんね。“で”なんて言ってしまって、反省したよ。私は君“が”いいな。他の誰でもなく君が」
「えっっと?」
王子は困惑する私を見て嬉しそうにくすりと笑うと突然膝をついた。
「君のように臆さず私に何かを言ってくれる、そんな子と婚約したい。私と婚約してください」
ご丁寧に私の左手をとり、薬指にキスをしてきた。
ほぇええ、王子だなぁ。ヤダなぁ。
「頷いてはくれない?ふふ、今はそれでいいよ。いつか絶対に君自身に頷かせるから。───でもね、私ではない、他のやつと婚約したら」
にこりと笑みを深めたと思えば、私の耳元に口を近づけてきた。
「殺すよ?」
ゾクッ
背筋がゾクゾクする。えぇ、ヤンデレなの?ヤンデレ?ヤンデレかぁ。
「...」
「気をつけ──」
めっちゃ好きぃぃいいい
「その話お受けしますわ!!!」
「え?」
「ふふふ、あなた様の愛、私にくださいまし」
ヤンデレは大好物です!
────
時は経ち、5年後───。
「あらリオン、元気ですの?」
「!お嬢様っ!はいっ自分はすこぶる元気です!」
お嬢様は私が勝手に呼んでいる渾名。
彼女との関係は学園での同級生だ。自分の感情はそれだけではないが。
なんとか愛称で呼んでもらうまで、軽い口調にしてもらうまで仲良くなった。
あとは、その。こく、はく、するだけだ。
いやそれが難しいのだけど!
「リオン?聞いていますの?」
「はい!もちろんです。明日は何時集合にしましょう?」
「それなのよねぇ。うーん」
悩んでいるお嬢様も大変愛らしい。
あ、頬にまつ毛が───
無意識に取ろうと手を伸ばした。途端
「ステア、ここにいたんだ」
「!ウィル」
は?誰だよ、この男。
ぎゅっとお嬢様に抱きついて、髪に顔を埋める其奴を、ありったけの目力で睨め付ける。
「あの」
「ステア、婚約者を放っておくのは酷いよね?」
「む、私を放っておいたのは殿下でしょ」
こん、やくしゃ?
「お、お嬢様?あの、この方は」
「ごめんなさいね、あら、知らないかしら。生徒会長のウィルよ。私の婚約者なの!」
ね?と言わんばかりに蕩けた瞳を向けるあなたを、私は見たくなかった。
「何を話していたの?」
「彼女──リオンと出かける約束をしていたから。その話を」
「ふーん」
機嫌が悪いのがダダ漏れな様子で目を細めるとこちらを見てきた。
「君、少しいい?」
「は?」
なんで、お前なんかと。
「あら、リオンとお話しするの?じゃあ私は先に城に帰るわね」
「うん、私の馬車で帰って。外は危ないからね」
「心配性なんだから!」
そう言いながらも嬉しそうなお嬢様の様子に胸が焼けそうなほど痛い。
お嬢様が去った後、男はこちらに向き直った。
「で?」
──は?
「最近──いや入学してからずっとか。ステアのそばに張り付いて随分とべったりな様子だ」
目を細めて、こちらを品定めするように見てくる瞳には驚くほど温度がない。
「それがなんですか」
「なんだ、と言われると難しいね。そうだなあ、強いて言えば、彼女は私の婚約者だ。と言うところだろうか」
だから、なんだ。
「あは、不満そう。あー不愉快だ」
「勝手に割り込んできたくせに何ですか。婚約者だか何だか知りませんけど、お嬢様の交友関係に口を出すようなやつはお嬢様に相応しくありません!」
「相応しい?」
突然周りの温度が下がった気がした。それまでは気味の悪い笑みを浮かべていた男は、ストンと抜け落ちたように真顔になり、こちらを見つめる。
「あー不愉快。どうして私は君に相応しいを語られる必要がある?私以上に相応しい人は居ないのに。君が何を持っている?君は何を彼女に渡せる?彼女のために何ができる?あは、笑わせないでよ。何もできないでしょう」
「っ、な、何なんだよ!!何が言いたい!」
「何が言いたいって、言っていいの?そうだね。まずは男が女装して俺のステアに近づくな。気持ち悪い。婚約者である私を差し置いて、男の君が俺のステアに近づいて言い訳がないだろう」
こんこんと意見を述べていく。
「男爵家に拾われて平民から貴族に、だったか?教育がなっていないと言うべきだろうか。貴族諸侯、あまつさえ貴族の中心である王家の人間すら覚えていないなんて、教育不足にも程がある。どうせその思考回路で考えることだ。告白すれば君でもステアと付き合えるとでも思ったか?残念だなあ。平民のようにそうはいかない。ステアは公爵を賜る家の長女。間違っても男爵家へ嫁ぐことは許されない。さっきも言っただろう?そもそも教育の質が違うんだ。それ以前にね、私と言う婚約者がいるから。君には到底無理だ」
「な、な!貴様くらいすぐに押しのけて成果を出し、お嬢様をッ」
殴りかかる勢いで胸ぐらを掴み、にじり寄ると、やはり冷たい目で見下ろされた。
「だから教育不足なんだよ。君、私が誰かわかってる?」
「知らない、知りたくもない」
「そうか、まあじゃあ参考程度にね。君、生徒会長が誰だかはわかるかい?」
「舐めるなよ、それくらいわかる!王太子様だ!!馬鹿にしているのか!!??」
尚も詰め寄れば、男は驚いたような顔でこちらをみる。そして堪えきれない、とでも言うように吹き出した。
「あははっ!面白いなぁ。ねえ、君、ステアが言っていたこと、覚えていないの?ステアが私を紹介するときに言っていたこと」
お嬢様が、こいつを───あ
「生徒会長よ、知らない?って言ってただろう?」
にこやかに笑うこいつに、俺はなにを言った?
「あ、あ、あ」
「ねえ?君、相応しくないだとか、ステアが好きだとか
、そんなことを言っていたけれど」
「相応しくないのは、どっちかな?」
「ねえウィル、リオンと連絡が取れないの。あの日何かあった?」
「んー?ああ、リオンくんか。彼なら、男爵の急病で中退したよ」
「えー!!──というか、リオンって男でしたの?!!」
驚いた、と顔全体で表したかと思えば、サッと顔色を変えてウィルへ向き直る。
「ウ、ウィル?その、私あなたの前で随分とリオンの話をした気がしますわ」
「そうだね、彼の話を」
そう言うと、途端に悲しそうに眉を下げて上目でステアを見る。
「悲しかったなあ。ステアから他の男の話題が出て」
「うっ。わかってますわ。何が欲しいんですの」
「うーん、ステアからの抱擁!」
ほっ、抱擁??!!と顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら、抱きついてくれるステアのかわいいこと。
「次からは、ちゃんと性別も気にしてね?」
そこでがらりと声を変えて一言
「じゃないと、そいつ殺しちゃうかも」
「〜〜!!私はウィル一筋ですわ!!!」
今日も私のウィルが素晴らしいですわ!!
さて、いかがだったでしょうか。今回はヤンデレ風味でお届けできたように感じます。恐らく。
さあ、作中ブイブイ言わせたリオンはお察しの通り、首が飛んでます。王太子への不敬な行為はもちろんですが、ステアちゃんに対して良くないことを企んでいたそうな。なになに、びやk....。ごほん。
幸せそうな2人は今後も愛重めに仲良く暮らしていくことと思います。
それではまたどこかで。
なろにろに