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Knowties  作者: toe
第一章:ヒトトセの夢
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卯月:春塵

「え?ええ、お屋敷よ?やだぁ、優ちゃんったら武家屋敷だと思ってたのぉ?そんなの現存してたら住む前にどっかに寄贈して重要文化財にでもしてるわよぉ、建てられたのは明治時代なの。言ったでしょ、ご先祖が住んでたって。定期的にクリーニングいれておいてくれたから綺麗でしょ?ちょっと古臭いかもしれないけど一人暮らしにはとんでもなく良い物件だと思うの。とにかく、優ちゃんが今電話してくれてるおうちで合ってるわ。お母さんには無事着いたって知らせておくから、優ちゃんはまずゆっくり休んでね。……それにしても電話線なんて引いたって話してたかしら……」


以上、祖母の弁である。


チン、と今時教科書ぐらいじゃないと見かけない黒電話の受話器を置いて私はまた頭を抱えて蹲る。どうやら本当にこの西洋風のお屋敷が私の新しい住まいらしい。理解が追い付かない。


「ご家族とご連絡は付きましたか?」


「……おかげさまで……」


「では、どうぞこちらへ。お茶をお出しいたします。長旅で疲れましたでしょう、ゆっくりお休みください」


電話が終わるのを待っていたらしい管理人さんの声に促されて応接間の方に通される。古臭いなんてそんなことない。板間は確かに多少軋む音は立てるものの、その表面は磨き上げられたかのようにピカピカだ。扉も、ガラスも、細部に至るまで百年以上前の建物だなんて感じさせないくらいこのお屋敷は綺麗だった。ところどころに見える重厚な桜の意匠が確かに歴史を紡いできたのだとそう感じさせる。


──屋敷の玄関に入った時に感じたのは全身が総毛立つような予兆だった。


まるで玄関に一歩踏み込んだ瞬間に、それまで眠りについていた何かが次々と目を覚ましていく感覚。映画やアニメなんかでよく見る一気に花畑や氷の城が出来上がっていくような感覚に近いだろう。加えて、眩暈が私を襲う。否、眩暈なんて二文字で済ませられる違和感ではなく、それはノイズに近い何かだった。


──帰ってきた。帰ってきた。花が散る。花が散って散って枯れて咲いて散って芽吹いて散って──


脳内で鳴り響く予兆が脳内をシェイクして、突然それは沈黙した。残った眩暈をぐっと堪えて、玄関にあった電話を借りたのである。


私を応接間に通してお茶を淹れるとお菓子も持ってきますねと管理人さんは席を外した。一息ついていると、ふと今通ってきた廊下に目を向ける。ガラス戸の向こうには中庭だろうか、緑色と茶色が見えて思わず足を止めてその景色に見入った。よく見れば、茶色は太い幹だ。その、先にあるのは、花びらが降り注ぐ──


「……桜……?」


「あぁ、この屋敷の名の由来の枝垂桜ですね。中庭に植えられているものです。ご覧になりますか?」


「……!!、中庭に枝垂桜……ですか?なんというか、中庭に桜って狭いなって感じですけど……」


「案外狭いところでも育つものですよ。特に、この子は」


……この管理人さんは足音を立てずに現れるのが得意らしい。後ろからかけられた声に大げさなほどソファから飛びあがりながら振り返ると和菓子を黒い盆に乗せた管理人さんが微笑んでた。テーブルにお盆を置くと、応接間の扉と中庭に通ずるガラス戸を解き放つ。それは思わずため息をつくほど美しい光景だった。


満開の枝垂桜が咲き誇って、ひらひらとその花弁を散らしている。美しく整えられた小さな箱庭の中にも関わらず燦然と花は咲き誇っていて、まるでそこだけピンクの霞がかっているようだ。


「この子は人を待って咲くんです。えぇ、お嬢様を待って咲いたのでしょう」


「へ、へぇ……」


「桜が咲き誇る屋敷──故に、ここは櫻屋敷と呼ばれています。久々の当主のお帰りに屋敷も桜も喜んでいるのでしょう」


まるでこの屋敷や桜に意思があるように管理人さんは言う。随分とロマンチストなことを言うんだな、と困惑しつつ相槌を打ってお茶で唇を湿らせた。花びらが入ると掃除が大変ですからね、と管理人さんがガラス戸と扉を閉める。そして私の傍まで戻ってくるとテーブルの傍に控えるように立った。なんだか執事みたい、と思ってそれが割合冗談ではなさそうな態度に思わず血の気が引く。不肖高岡優、それなりに実家は裕福らしい家だと自覚はしているがそんなお世話係さんの手にかかったことなどない。


「……っ、あの、管理人さんも良かったら……!」


「そちらはお嬢様にご用意したものになります。私のような輩が口にしてはいいものではありませんので」


「いや、あの、逆にそうしてお世話待ちしてますみたいな方が私が困るというか……」


「困りますか?」


「……困ります。……あと、お嬢様呼びも……あの……確かにこの家を継ぎましたけど感覚は普通の庶民なので……」


ぱちぱち、黒い瞳が瞬く。さっきのキャリーケースを運んでくれた時と言い、お仕えするなんて発言と言い、おそらくこの人は私を生粋のお嬢様だと誤解している。そんなことをしてもらわなくても私は自分で自分のことはできるし、一人暮らしをするだけの料理の仕方や一通りの生活も仕込んでもらった。そもそも管理人さんなんて存在がいることがこちらには予想外だったのだ。


「……では、どうお呼びしましょう」


「……!な、なんでもいいです!高岡さんでも優でもなんでも、管理人さんの呼びやすい方で!」


ふむと管理人さんは顎に手を当てて考える。そうして数分考えた後でゆっくり黒い瞳が左右に揺れて、私を見た。


「では、優様と」


「さ、様までつけなくても……さんで……」


「優さん?」


「そうです!それくらい気軽な方が私も楽です」


「かしこまりました。では優さん、と。……こちらの方が口馴染みが良いですね」


そう微笑んだ管理人さんになんとなく緊張していた私はほっと息を吐いてお茶を飲む。用意された和菓子は桜を模した練りきりだった。かわいい、なんて呟きながら食べる私は気づかない。


「……やっぱり、貴方はそうなんですね」


そう無表情に呟く管理人さんが、昏い瞳で私を見ていたことなんて。

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