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Knowties  作者: toe
第一章:ヒトトセの夢
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卯月:花曇

高岡(タカオカ)家は地元じゃちょっとした有名な家だ。それもただ歴史があるとか、兵隊上がりの曾祖父が当時町長をしていたとかに留まらない。今時じゃ珍しく蔵があって、古い日本家屋の外観の割に中は綺麗にリフォームをされていて、それでいて骨董品を扱っている。古いものと新しいものをうまく織り交ぜながら今という大海を泳いでいると私はずっと思っていたけれど、内面はもっと古臭かったらしい。


遺言だから、なんて理由で家を与えられていた私こと高岡優は軽い着替えと直近で必要そうな化粧品やらをキャリーケースに詰め込んで新幹線に揺られていたのだった。仕事だった両親と付き添いたかったらしい兄は見送りに行けなくてごめん、と平謝りをしてきたけれどまぁ、仕方がない。兄にいたっては奥さんが産気づいたのだからそちらを優先しなくてどうする、と私と祖母で必死になって止めたほどである。


けたたましい音を反響させながら新幹線が暗い暗いトンネルを抜ける。過ぎ去った冬を惜しむような曇り空から一転、真っ青に澄んだ空をふと見上げて山脈一つあるだけで随分と違うんだなと感動した。雪のゆの字もない。ベランダで布団を干しているマンションが見える。そっか、冬でも布団を外で干せるんだ。ちょっとそれは羨ましい。


そうして夢中になって窓の外を眺めているうちに新幹線はお目当ての駅の到着を知らせる。早々と立ち上がる周囲の人たちに慌てて自分も支度をしながら、これから向かうお屋敷へのルートを頭の中に思い描いていたのだった。



「……すごく、住宅街なんだけど……」


東京ってビルばっかりだと思ってた。地図アプリの誘う通りに進めばその思い込みが間違いであった事を思い知る。普通に地元で見たような古めかしい家も、新築らしい綺麗なタイルの壁の家も、いかにもおしゃれな人が住んでますというようなマンションも立ち並んでいた。もちろん、その種類は比ではないし集合住宅がこんなにも山とある時点で人がそこに住んでいるという事実は変わらないのだけど。

東京って、人が住めるんだ。そんな面持ちでアスファルトの上をゴロゴロとキャリーケースを転がして歩く。地元ではほころび始めたばかりのはずなのに、こちらではもう桜は散り始めていた。うん、確かにあたたかい。少し厚めの上着を先程脱いだばかりだ。


地図によるとそろそろ見えてくるはずなのだけど、見えるのは広い庭園と美術館が管理してそうな建物だけだった。……否、地図はその場所を指している。何度も住所と表示された地図と目の前の景色を見比べた。近づいたら門が閉じられていて立ち入り禁止なんて看板が立ってるかとも思ったけどそれもない。


まるで、私の来訪を待っていたように。散りかけの桜に包まれて、その屋敷は鎮座していた。


「……お、やしき?」


その呼び方からして私はもっと古風な……それこそ武家屋敷のようなものを想像していたのだけれど現実はどうやら違ったらしかった。


すらりと伸びた玄関の真白い柱と、ちょこんと乗った三角の屋根。対照的な黒い重厚な扉には重々しい取っ手がついていた。正面から見て右側に大きく広がった窓は細部に至るまで細かい装飾が施されていて、重そうなカーテンが閉め切られている。反対側は逆に小さな窓が並んでいるだけだ。西洋風の日本建築、という言葉が脳内をよぎったけれど生憎建築に私は詳しくなかった。正面からはこれ以上の情報は得られそうにない。横に庭園が広がっているけど正直考えたくもない。けれど、これだけは分かる。


ここは春から大学生になるようなこんな小娘に住まわれていいような、そんなお安い屋敷ではない。


「……一旦整理しよう。まずお母さんに電話……いや、今は仕事中か、じゃあお祖母ちゃんに、」


「電話でしたら屋敷のをお使いになりますか?お嬢様」


「ひぃェッ!?!」


取り出したスマホは不意に後ろから話しかけられた時に思わず放り投げて宙を舞った。それを危なげなくその人は受け止めるとそのまま差し出してくる。おそるおそる視線を上げると箒を手にしたそれは綺麗な顔をした男の子──お兄さんだった。長い前髪で片目が半分隠れて見えないけれど、それでも十人が十人美人だというような顔立ち。紺色の着物の上に羽織った割烹着と三角巾が浮いて見えるほど。と、いうかなぜ割烹着。……掃除しているからか。


「あ、あの、すみません、あの、不法侵入ではなくて、」


「えぇ、存じておりますよ。……高岡優様、でお間違えありませんか?」


「……、なんで、私の名前……」


「本日よりこちらへ越してこられるとお伺いしています。どうぞ、中へ──」


「え、ちょちょちょ、待ってください!あの、すみません、貴方はどちら様ですか……!?」


するり、さりげない仕草でキャリーケースを持ってお兄さんは屋敷の方へ誘ってくる。受け取りそびれたスマホも彼の手の中だ。穏やかに微笑むその様に若干、だいぶの混乱に目を回しながら問いかければきょとん、と一度彼は瞬きをしてまた微笑んだ。


「そういえば自己紹介がまだでしたね。私は──この屋敷を管理しております。気軽に管理人、と」


「管理人……さん……?」


「えぇ、管理人です。ああ、そうだ」


そうして彼は一歩踏み出した足を止めて私の方を振り返る。そうして、恭しく私に礼をした。


「お帰りをお待ちしておりました、お嬢様。これより誠心誠意、貴方様にお仕えいたします」


ふわり、風が吹き抜ける。艶やかに微笑んでいるお兄さんを前にまたしても私は混乱の坩堝に叩き込まれるのだった。

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