序:催花雨
趣味に全振りしたお話です。よろしくお願いいたします。
暗い暗い闇の中。桜の花びらが踊る闇の中。
「……もういい。貴方には失望した。貴方は「彼女」為り得ない」
春の雨よりも冷たく冴え切った声がした僅か数瞬の後だった。
──一刀、その身を斬り裂かん。
ぱっと飛んだ血飛沫がまるでホースで水を撒いたように鮮やかな弧を描く。かふ、と吐いた息に血が混じって口の中を塩味で染め上げる。運が良いのか悪いのか、所謂袈裟斬りを狙われた私の体は勢い余ったせいか鎖骨に弾かれてその傷を浅くした。かといっても良くてあと数分で失血死しそうだし悪くて致命傷だ。けれど、それで許してくれるほど目の前のその人が穏やかじゃないことを私は知ってしまっている。
それでも、私が貴方に伝えなきゃいけないのだ。
迷い惑って運命線。
桜吹雪に踊る運命戦。
私たちに横たわる、けして交わらぬ二重螺旋──
私は貴方に伝えなきゃいけない。
貴方の願いは叶わないって。
私は貴方に突き付けないといけない。
貴方のそれは只の妄執でしかないんだって。
「……っか、」
声を出そうとした途端喉から迫り上がった血に邪魔をされてがぶ、と血を吐きだす。喉が痛い。声が出ない。真っ赤に焼けた痛みの中で、私を支える腕を感じてそのまま体重を預けて体を沈ませた。
誰かが私を呼んでいる。ぼやけた視界に人影が映る。まるで私を守るようにその腕が抱きしめるのを知っている。
どこまでも沈む暗い闇の中で、桜の花びらが舞い踊る。まるで私を隠すように。
目の前にいたその顔が、忌々し気に歪む。この期に及んでくたばらない私を憎むように。
当然だ。たかが一人の妄執でくたばってなんかやるもんか。
この一年でどれだけのことがあって、どれだけの経験をして、どれだけ得難い出会いがあったかを私は知っているんだから。どれだけそれで傷ついたって、その傷を癒しながら進むのを教えたのは目の前のこの人だ。だったらこの人の自業自得じゃないか。自分が育てておいて気に入った色の花が咲かなかったから根ごと引き抜く──なんてたまったもんじゃない。このまま殺されてなるもんか。
「……許さない。許さない。貴方を殺して次を待つ。そうすればまた会える」
「ゆ、るす、ゆるさない、じゃ、ない……!」
もう喋るな、と守る腕が言う。それでも言わなきゃいけない。私が伝えなきゃいけない。私と貴方は続く螺旋の当事者で、貴方がどれだけもう一度桜が咲くのを待ち焦がれていて、私がその桜なら。
「あ、なたの、ねがいは、かなわない、」
「五月蠅い」
「あのひと、は、もう、いない、」
「……五月蠅い」
「わかって、るんでしょ、わたし、は、──」
「五月蠅い!五月蠅い五月蠅い五月蠅い!!!」
その人は吠える。その声に悲痛を滲ませて。そうして桜の花びらが降りしきる中今度こそ私の命を奪わんと刀を高々と振り上げた。私を守るように抱きしめた腕を力なく握り返して、私は目を閉じる。
諦めたわけじゃない。もう音にならない声をあぶくのように唇に浮かべてそれがほどけたのを感じ取る。
次の瞬間闇が大きくひび割れて、訣別の亀裂音が響き渡った。燃え盛る炎が視界を奪って、私の意識は沈んでいった。
ただ血に染まった桜の花びらが、まるで雨のように降り注いでいたことだけ記憶している。
♢
──ここまでが一年後の未来。私が辿る一つの結末の話。
或いは、二度と交わることはない二重螺旋の物語だ。
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