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夕陽と薫  作者: 理春
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第九話

俺がじっと目の前の男性を見つめると、夕陽はポカンとした様子で俺に声をかけた。


「ふ・・・薫、別に俺叱られてないぞ、大丈夫だ。」


「でも・・・夕陽のお父さん、許さないって・・・」


彼の両親は苦笑いを浮かべて俺を見た。


「ごめん二人とも・・・たぶん薫人格切り替わって今話してた流れがあんまわかってないかも・・・。別に俺に対して許さないぞって言ってたわけじゃないんだよ。中途半端な行いはするなよって釘を刺しただけなんだ。薫と俺のことを、認めてくれてたんだよ。」


「・・・そうなんだ・・・。」


チラリと視線を返すと、二人とも小さい子供を見るように笑みを返してくれる。


「あ~も~可愛いなぁ~も~・・・。」


夕陽は俺をぎゅっと抱きしめて、俺も嬉しくなって抱きしめ返した。


「夕陽大好き~。」


「ふふ・・・薫くん、そろそろご飯の用意するわね。夕陽とお部屋で寛いでていいわよ。」


「ご飯・・・何作るの?お母さん」


そう言って一緒に立ち上がる俺に、夕陽は少し驚いていた。


「お母さんって・・・」


「いいのよ、薫くん。夕陽と将来一緒になるなら、私が貴方のお母さんになるものね。」


「うん!俺もお手伝いする!」


夕陽のお母さんの後を追ってキッチンへと入ると、彼のお父さんは安心したような笑みを向けた。


「なんだか可愛い息子が増えたな・・・」


「・・・ふ・・・だろ?薫は俺なんかよりずっと可愛いもんな。」


キッチンに入って料理の手伝いをすると、慣れた手つきを見て夕陽のお母さんは褒めてくれた。

ご両親からは夕陽と一緒に居る時と同じような優しさを感じて、幸せな気分になる。

幼少期に父と母を待ち続けていた自分は、幼い少年の人格が切り離されてそこにいた。

じゃあ・・・夕陽の彼女のように振舞う自分はいったいどういうことなんだろう・・・。


その後夕陽も配膳を手伝ってくれて、四人で食卓を囲んだ。

不思議な感覚だった。ほしかった父と母を、夕陽が与えてくれた気がした。

美味しくご飯を食べながら、心のどこかで申し訳ないと思っている自分も存在して、けど夕陽の両親は家族のように接してくれた。

食べ終わった後に、夕陽と一緒に朝陽さんの仏壇にお線香をあげた。

お供え用の入れ物にご飯を盛ってそっと置く。


「朝陽ちゃん、ご飯どうぞ~。」


隣に正座すると、夕陽はまたニッコリ微笑んで頭を撫でてくれた。

ゆっくり目を閉じて手を合わせる彼は、まるで俺のことを紹介して話しかけているように、長いこと黙禱していた。

その日はご厚意で泊めてくれることになったので、布団をもらって夕陽の部屋へ入った。


「わ、夕陽のお部屋だ♡」


嬉しくなってベッドに腰かける自分を、今度はまた俯瞰で見つめていた。


「ふ・・・そんな嬉しい?一回来たことあるぞ。」


「・・・・そうなの?」


「うん、前はここでタコパしたな~。」


彼は同じくベッドに腰かけて、甘えて頭を預ける俺を撫でた。


「部屋狭いからテーブルどけて布団敷かないとな・・・」


呟く夕陽にパッと顔を上げて、俺は当然の如く言った。


「ベッドで一緒に寝ちゃダメ?」


「・・・ん~・・・俺的には別にいいんだけど・・・一緒に寝てたら・・・ちょっと我慢出来る自信ないというか・・・」


「ふふ・・・え~?昼間もたくさんしたのに?」


「したけど・・・それでもしたいんだよ。」


俺はニコニコしてまたぎゅ~っと夕陽に抱き着いた。


「あのね夕陽、私ね・・・夕陽に出会えてホントによかったし・・・これからずっと夕陽と一緒にいたいし、夕陽のことしか考えたくないの。夕陽が側にいてくれたら何にも怖いことなんてないの。夕陽は私を置いて行ったりしないよね?」


少し重い彼女のようなことを言いだす自分もまた、心の奥底の不安を垂れ流しているのだと分かる。


「うん、離れたりしない。それは安心して。これからも辛かったら何でも言葉にしてくれていいし、自分の人格が変わってわけわかんなくなってもさ、誰にも薫のことを否定させたりはしないから。少しずつ、少しずつでいいからさ、病院にも通って俺と話してる時と同じように医者に話してみて。精神療法ってさ、薫の不安がどこからきて、どういう傾向にあるか知って、それを解決していくことらしいから・・・。もちろんそれと同じようなことを、俺も一緒に考えるし話を聞くから。薫の無理のないように、少しずつ治療頑張ってみよ。」


「・・・・・・・・・」


肩に手を置かれて、夕陽をじっと見ていた自分は、どこか焦点を合わさず、心ここに在らずな表情をしている。


「私・・・おかしいから病院行かないといけないの?」


「ん、いや・・・おかしいってわけじゃないな・・・。意識が別れてるような感覚が薫の中であると思うんだ。それが一つにまとまってた方がな、気持ちが安定するんだよ。俺が側に居てくれたらそれでいいって思ってくれるのは嬉しいけど、薫自身がこうしたいとか、こういう大人になりたいとか、薫の意志で何かにチャレンジして、やりたいことをやって生きていくためにはさ、心は安定してた方がいいんだ。まぁそれは俺にも言えることかもしれないけどな。その治療はさ、もしかしたら誰にでも必要な治療かもしれない。不安定な薫がおかしいわけでは決してないんだよ。誰もがそうなりうるし、皆一度は深く落ち込んで、それから逃げるように考え方がずれることはあるから。薫はそのずれた感覚を早くに見つけられたからさ、これから不安が大きくならないように、少しずつ自分の心を固めていこうねっていう治療をしようとしてるんだよ。」


夕陽の言葉を聞いているうちに、また自分の視点が変わった。


「・・・・そうだね・・・」


彼はハッとして俺を見て、またふわりと微笑む。

どうやら俺の表情や声色から、人格の変化を感じ取っているようだ。


「薫・・・どういう人格であってもさ、言いたいことを子供みたいに素直に話してくれていいんだよ。こんなこと言うのは恥ずかしいとか、こんな自分を見せたくないとか・・・そういうのは誰しもあるけど、俺は薫の全部を知りたいし、それを可笑しいなんて思うことは一つもない自信あるから。」


「・・・うん・・・ありがとう・・・」


俺は潜り込むように夕陽の胸に抱き着いた。

優しく包むように回された腕が、安心感に満ちていて、何だか泣きそうになる。


「俺さ・・・小さい頃いじめられて保健室登校してた時、大人は俺のこと真面目でいい子とか、ご両親が忙しくて大変とか、適当なレッテルを貼って可哀想な目で見て来たんだよ。その通りでしかないから何も言わなかったし、言えなかったけど・・・本当は・・・勝手に人の人生可哀想なんて言ってんじゃねぇよって思ってた・・・。俺は俺だし、何にでも自分の力でなってみせるし、お前らみたいな可哀想としか言えずに、一つも力になろうとしない上辺だけの気遣い回して満足してる大人に、値踏みされる筋合いないんだって・・・。」


「ははっ・・・ふ・・・そうだわな。」


夕陽はもうそれが癖なのか、俺の頭を撫でる。


「だから俺・・・意地になって勉強してたんだ。中学生で六法全書は全部読み終えて、暗記出来るとこまで暗記してやろうってやってた。普段の学校の科目なんて、体育以外は出来てたし・・・。自分のそういう反骨精神がさ、絶対受かってやるとか・・・絶対弁護士になってやるとか・・・まるで誰かに復讐するみたいに必死になってたんだ。ホントは・・・・ホントはずっとしんどかったよ・・・。バイトしながら勉強するのも、体調崩して一人ですすり泣きながらベッドで寝てたのも・・・話せる友達がいないことも、愛してくれる他人どころか、家族も帰ってこないから・・・。でも・・・因果応報かなって・・・無理やり納得してたんだ・・・。それが結果的に自分を追い詰めていってた。」


「うん・・・そうだよな・・・。初めて出会った時の薫も、何でも出来る学生に見えたけど、ホントは薫、水面でめっちゃ頑張ってる白鳥だったんだよな。」


大きく深呼吸して腕を解き、彼の手をぎゅっと握った。


「もう・・・取り繕ったり、頑張りすぎたり、無理したりしたくない・・・。怠いとかめんどいとか・・・しんどいとか、普通に誰かに・・・夕陽に吐き出したい・・・。無意識に「自分」を演じていたくない・・・。」


握り返してくれた彼の手が、微笑み返してくれるその表情が、俺を肯定してくれていた。

世界一安心できる場所を見つけたから、この手を繋いでいられるなら、自分がコロコロ変わっても何も怖くないと思えた。


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