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夕陽と薫  作者: 理春
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第八話

夕方になって夕陽は、鞄から大学ノートを取り出して一枚ちぎり、何かを書き始めた。


「・・・夕陽、それなあに?」


「ん~・・・手紙書いてんの。薫、茶封筒とかなんか・・・手紙入れられるものあったりする?」


女の子のような自分は、立ち上がって言われた通りあらゆる場所を開けて探し始めた。


「あったぁ・・・夕陽これでいい?」


「おお、ありがと。よし・・・。」


夕陽はどうやら、俺のバイト先の上司に事情を説明した手紙を書いているようだった。

彼は了承をとって俺のスマホを開き、スケジュール管理アプリを開いた。

今日バイトが入っていることを確認して、そろそろ向かおうと立ち上がる。


「夕陽のおうちってどこ~?」


「ん?そんな遠くないよ、こっから2駅先。電車に乗ってすぐ着くよ。」


二人で家を出て、途中コンビニに寄った彼は、俺の診断書をコピーして手紙と同封した。

駅構内へと入ると、俺のバイト先である本屋に向かう途中、足を止めた俺に夕陽は手を引かれた。


「どしたぁ?」


「この服可愛い・・・。」


ショーウインドーに飾られていたレディースのコートは、暖かそうなフェイクファーがついたデザインだった。


「あ~確かに。こういうパステルカラーのピンクって可愛いよなぁ・・・。」


「うん・・・」


強請るような上目遣いをして夕陽の腕をぎゅっと取る自分に、彼は少しデレデレしてにんまり笑顔になる。


「・・・買ってほしいの?」


「えへへ・・・」


「・・・わかった、じゃあちょっと早いけど、クリスマスプレゼントってことで。」


「やったぁ♡」


クリスマスはまだ半月以上も先だよ・・・

心の中でため息をついて呆れていたけど、夕陽はどこか嬉しそうな上に満足そうだ。

可愛く振舞う俺は店の中に入って、店員さんにイキイキと指さしながらコートを出してもらうよう頼んだ。

女性の店員さんは快く頷いて、バックヤードから在庫品を出してくれた。


「わぁ可愛い・・・。」


「こちら白とグレーと、茶色もございますけど、よろしいですか?」


「だってさ、薫どうすんの?」


「これがいい!ピンク可愛いもん。」


夕陽がニヤニヤしてる・・・あ、これ・・・夕陽着てほしいんだな・・・。


「でしたらこちらで・・・Mサイズでよろしいですか?」


「はい!」


「プレゼントですか?よろしければ包装いたしますけど。」


店員さんはどうやら、俺が彼女にでもプレゼントするのだと思ってるようだ。


「あ・・・いや、あの・・・」


夕陽が口を挟もうとすると、俺は自分より少し背の低い店員さんに、小首を傾げながら言った。


「・・・私が夕陽に買ってもらうんですけど・・・。私が着たら変ですか?」


「えっ・・・!あ、いえ!お似合いになると思います。良かったら羽織ってみますか?」


「わ~い♪」


店員さんは全てを理解したようで、嬉しそうに試着する俺を和やかな表情で見ていた。

腕を通して姿見を覗くと、不本意ながら似合っていた。


「お、可愛いじゃん。めっちゃ似合ってるよ薫。」


「えへ・・・♡」


照れくさい笑顔を夕陽に向けると、彼はにやつくのを堪えるようにさっと俺のコートを脱がせた。


「んじゃ、お会計お願いします・・・」


「はい、かしこまりました。」


その後可愛いコートを可愛い紙袋に入れてもらって、嬉しそうに抱えてまた彼の手を取った。


「夕陽ありがと~♡大好き。」


「ふふ・・・俺も大好きだよ。」


あざとさ全開の彼女っぷりがもう・・・いっそ板についてきた。

その後本屋へ到着して、夕陽は俺の手を取りながら店の中で品出しをする店員に声をかけた。


「あの・・・すみません」


「はい。あ・・・柊さん、お疲れ様です・・・?」


一緒に居る俺を見て女性の店員さんは会釈した。


「えっと、ちょっと事情があって彼はしばらくバイトお休みいただきたいので、申し訳ないんですがこれを店長さんに渡していただけませんでしょうか。」


夕陽はそう言って手紙と診断書が入った封筒を差し出した。


「え・・・あ、はい・・・わかりました。」


特に言葉を発することなく本棚を眺める俺を、その女性は不思議そうにしながら受け取った。

俺はそこが馴染みある場所ともわかっていない様子で、用事が済むと夕陽の手を取って店を出た。


「よし、行くか。薫。」


「うん。」


紙袋を大事に持って、その後もデート気分でウキウキ歩いていた。

やがて一度だけ訪れたことのある夕陽のうちの前へ着いて、夕陽は改めて言った。


「薫、うちには俺の母さんと父さんがいるから、薫のことを紹介したいのと同時に、薫の症状のことをちゃんと説明したいと思ってるんだ。わかってもらえたら、一緒に住みたいってことも頼むつもりでいる。記憶が曖昧になってたり、話してる途中でわけわかんなくなって、困ったらそう言ってくれたらいいからな。」


「・・・うん、わかった。」


持っていた紙袋をぎゅっと握りしめていると、さっと目の前に玄関ドアが見えた。


あれ・・・・これ・・・別人格に丸投げされてる?

妙に緊張した心臓だけがうるさく脈打っていて、夕陽は隣でゆっくりドアを開けた。


「ただいま~。」


彼が以前のようにそう言うと、パタパタと足音が聞こえた。


「おかえり~。あらっ・・・・薫くん・・・こんにちは。」


「・・・あ・・・こ、こんにちは、お邪魔します。」


夕陽はきっとご両親に、恋人を紹介して更に話したい事がある、とでも伝えていたんだろう。

いざ出迎えてみると見たことある男友達を連れていたら、そりゃ困惑するだろう。

夕陽は俺の荷物や上着を預かって自分の部屋へ持って行き、二人して洗面所を借りて手を洗って、リビングへと入った。

ガチャリと足を踏み入れると、ダイニングテーブルに既に夕陽のお父さんが腰かけていた。


「あ・・・お邪魔します・・・。」


「・・・・ああ、どうぞ。」


促されるまま夕陽と並んで腰かけて、夕陽のお母さんはさっとお茶を置いてくれた。

そして四人席につくと、夕陽が少し照れくさそうに口火を切った。


「え~っと・・・先月から交際してる、俺の彼氏・・・」


「・・・柊・・・薫と申します。夕陽とは同じ学部で、同じく1回生です。」


そこまでの自己紹介は言えたものの、緊張と妙に増していくソワソワした感覚が、脳みそをかき乱していた。

どんな顔をされているのか、怖くて見れなかった。

夕陽はご両親の反応を待たず続けた。


「薫とは大学で知り合って、半年くらい友人関係だったけど、俺が先に好きになって・・・薫は元々男女とも恋愛対象のバイセクシャルでさ、俺はまぁ・・・たまたま好きになったのが薫だっただけで、男を好きになったことはなかったけど、特に女性と付き合うときと変わりなく恋人関係になったんだ。薫は主席入学してるくらい優秀で、司法試験の予備試験も後一個受かったら、次本番の試験を受けれるって程秀才でさ・・・。けどその・・・話したいことってのはこっから本題なんだけど、実は今薫は・・・解離性同一性障害って診断されて、これから治療を受けて行かないといけない状況なんだ。」


夕陽はそう言ってご両親の目の前に、今日もらった診断書を広げた。

渡されたそれを、夕陽のお父さんは静かに手に取る。


「元々・・・薫は小さい頃重い病気を患ってて、それでも結構大変な経験だったと思うんだけど、その後退院してから、聞いた感じだとどうにも・・・ネグレクトにあってたっぽくて、両親も不仲だったらしい。それから数年前に離婚が成立するまで、親はろくに帰ってくることもなかったみたいで、薫は約10年間ほとんど一人暮らしの状態だったんだ。学校でもいじめにあったりして・・・バイト先でも・・・・その・・・上司からセクハラとかパワハラを受けてたみたいで・・・。それでも何でもないフリで学生生活を送ってたんだと思う。そういう色んなストレスを抱えたまま、消化不良のまま大きくなってさ、んで昨日・・・悪夢を見たみたいで、それをきっかけに別の人格で振舞うようになってさ・・・だから今日慌てて病院調べて、診断してもらいに行ったんだ。俺的には、付き合えたら一緒に住みたいと思ってたし、薫は頼れる身内なんていないから、当初の予定通り一緒に住んで、俺が精神的に支えてやりたいって考えてる。大学へはこれからも変わらずまともに通えるかっていうと定かじゃないから・・・もしかしたら俺も薫も留年することになるかもしれない。でも・・・その分かかった学費は働くようになったら必ず返すから・・・その・・・二人暮らししていく間も、ままならない分は・・・少し援助をしてほしい・・・です。」


そう言って夕陽は頭を下げた。

俺があわあわしていると、黙って聞いていた夕陽のお父さんが静かに口を開いた。


「解離性同一性障害・・・というのを詳しく知らなくて申し訳ないんだが、日常生活は問題ないのか?」


「・・・うん、ほとんどの人が生活は問題ないんだけど・・・。人によっては人格が切り替わった時に、鬱みたいな症状が出て、自傷行為をしたりする人もいるらしいんだ。だから・・・出来れば目を離したくなくて・・・」


「そうか・・・。援助する分には何ら反対はしない。だが治療していくとなると、彼には治療費もかかるんじゃないか?それはどうするんだ?」


「それは・・・」


夕陽は心配げに俺を見て視線を落とした。

その時ふと思い出した。


「あ、あの・・・治療費に関しては問題ないです・・・。」


俺がそう言うと、3人ともパッと俺を見た。


「・・・何か当てがあるの?」


夕陽のお母さんが、夕陽とよく似た優しい声でそう問いかける。


「あの・・・以前足を怪我した際に、アメリカにいる父に治療費を送ってほしいと頼んだんです。父は快く送金してくれて、その・・・結構な額が振り込まれていました。精神療法がどういうもので、どれ程お金がかかるものなのかはわかりませんが、しばらくは困らない程度にお金はあります。」


「そうか、それならもし治療費に困るようなことになっても・・・それからお父様に頼ることは出来そうかな?」


夕陽のお父さんに視線を向けられて、ソワソワした気持ちを隠すように視線を落とした。


「は、はい・・・たぶん・・・。」


「それなら・・・とりあえず良かったわ。治療費に関しては完全に考えてなかった・・・。」


夕陽が頭をかきながら言うと、夕陽のお母さんがクスリと微笑んでいった。


「薫くん、大変なことが小さい頃からたくさんあったのね・・・。つらかったわね、でも大丈夫よ。こうすると決めたらこの子は意地でも守ろうとするの。私もお父さんもね、反対する気はないし、二人で考えて決めたことなら応援するわ。」


「そうだな・・・。もうお互い成人年齢なんだし、夕陽が男と一緒になろうが女と一緒になろうが、俺たちが文句を言う権利はない。」


「・・・ありがとう・・・。その・・・・朝陽が・・・・亡くなってから・・・俺・・・二人に対して、絶対ちゃんとしたとこ就職して、普通に結婚して家庭持って・・・孫の顔見せるから、なんて豪語してたのに・・・ごめん。」


その言葉を聞いて、俺の頭の中でまたカチっと何かが変わった。


「それはお前が俺たちのために言ってくれたことだろう?それがお前の優しさだったことくらいわかる。けど、この人と一緒に生きていきたいって気持ちと覚悟が決まったなら、ちゃんと薫くんを守ってやりなさい。中途半端なことは許さないからな。」


「うん、わかって「夕陽のこと叱らないで」


視点はずれていないのに、子供のような発言をする俺がいた。



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