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夕陽と薫  作者: 理春
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第七話

病院から帰った俺と夕陽は、いつものように玄関のドアを開け、手洗いをし、ソファに腰かけた。


「薫、コーヒーでも飲むか?」


その時だった

離れていた意識がパッと戻って、目の前にテレビがあった。

ソファに腰かけている自分が、何故ここにいるのかわからない。


「・・・・・・・?」


俺の異変を感じた夕陽は、キッチンに向いた足を止めて、さっと俺の側へやってきた。


「薫・・・?どうした?」


「・・・・わかんない・・・。俺何かしてた?」


眠っていたり起きていたりしていたことはわかる。

けどどういうタイミングでここに座ったのかを忘れていた。


夕陽は俺の様子を見て、また微笑んで抱きしめた。


「大丈夫。何も問題ないよ。」


「・・・・夕陽・・・俺・・・・」


何が何だかわからなかった。

自分が今日何をしていて、今日の天気や日付、曜日も、何もかも。

ただ夕陽が側にいて、抱きしめてくれていて、とても安心していた。


「お腹空いたね?」


俺がそう言うと、夕陽はまたニッコリ笑った。


「そうだな、起きてから何も食べてなかったわ。もう昼だし・・・そうだなぁ・・・何か作るか?それとも外に食べに行くか?」


その時徐々に忘れていた日々のことを思い出し始めた。


「・・・・・今日・・・・・・・・・・・平日・・・?」


「そうだよ。大学は休むの伝えたから大丈夫だよ。薫のバイト先に関してはさ、責任者の人に事情を説明して、しばらく休めないか聞いてみるな。店長さんいい人そうだったし、たぶんわかってくれるよ。」


「・・・・・」


頭の中に浮かんだのは、父と母の顔だった。

ずっと忘れていたのに、急に思い出した。

なぜ・・・・


「母さんいつ帰ってくるんだろう・・・」


「・・・・母さん・・・って・・・薫の?」


そしてまた俺は少し意識がずれたような感覚に陥る。


「誕生日は帰ってきてくれるって言ってたんだよ?」


「そっか・・・。プレゼント何がほしかった?」


「・・・・・・わかんない・・・・」


彼はまた俺の頭を大事に撫でて、その後二人でキッチンに立ち、夕陽がチャーハンを作ってくれる様子を、俺は感心しながら眺めていた。

そして今度は並んでローテーブルに座って、仲良くそれを食べた。


「・・・・おいしい。」


俺がご飯粒を口元につけながら言うと、夕陽は優しい目を垂らして嬉しそうに「良かったわ」と答えた。

それから彼はまたスマホを眺めて何か操作して、思いついたように俺に言った。


「な、薫・・・。今日の晩御飯は俺のうちで食べないか?」


「・・・・?夕陽のおうち?」


「うん。俺の父さんと母さんに薫のこと話したいからさ。皆で一緒に食べたほうが楽しいだろ?」


「うん!」


夕陽に抱き着いて甘えてキスをせがんだ。

甘いキスを何度か繰り返して、夕陽は情欲を押し込めるようにまた強く俺を抱きしめる。


「夕陽・・・ずっと一緒にいてくれる?」


「うん・・・。薫あのな・・・薫は今、解離性同一性障害っていう人格がころころ変わっちゃう症状が出てるんだ。だから時々自分がわからなくなるだろうし、記憶も曖昧になると思う。でも困ったことがあったら俺が助けるし、日常生活は問題なく送れると思う。大学に行って皆と同じように勉強出来るかどうかは、やってみないとわからないけど、でも出来る限り俺が一緒に居るから。一緒に頑張ろうな。」


「・・・・・・」


黙って夕陽を見つめる俺が、何を考えているのかわからなかった。


「うん、夕陽が一緒に居てくれるなら頑張る。」


「ありがと・・・。薫・・・大丈夫だからな。今まで一人で頑張ってきたんだから、今度は俺と一緒だから。」


抱きしめてくれた夕陽の温もりが、今度は他人事じゃなくちゃんと自分に伝わってきた。


「夕陽・・・・」


「ん?」


その時ハッキリと元の自分に戻ってきたことがわかった。

でも彼に言われた通り、あまりにも記憶が曖昧で、自分の置かれている状況も不明確だった。


「あの・・・ごめんね・・・?」


「・・・何が?」


「突然・・・変なこと言ったり・・・して・・・ごめん。何してたのかあんま覚えてないし・・・夕陽と一緒にいたことしか・・・わかんない・・・。」


夕陽は柔らかく微笑んで、そっと俺にキスした。


「俺はたとえ、薫が病気になって俺を忘れても、俺のこと嫌いになっても、誰かわからないような振る舞いをされても、絶対離れたりしないから。だって俺が一緒に居たいんだよ。薫と生きて行きたいって決めた時から、どんなことがあっても側に居る覚悟だったんだよ。何も心配することないから。薫が自分自身のことわからなくなったら、俺がいくらでも教えてやるから。むしろ・・・今までずっとつらかったのに、もっと受け止めてやればよかったのに、ごめんな?もっと甘えていいんだよ。言いたいことはどんな自分になってでも伝えてくれていいから。」


「・・・・うん。」


涙が止まらなかった。

どうして、他人である夕陽が、ここまで自分を想ってくれるんだろう。

どうして俺を愛してくれたんだろう。


考えてもわからないことを考えながら、また夕陽に抱きしめられて、気持ちのいいキスをして・・・

そのまままた一緒にお風呂に入って、まだ昼過ぎだけど、二人でベッドに入って体を重ねた。

夕陽の体温が気持ちよくて、程よくついた筋肉に触れたり、首筋にキスマークをつけたり・・・甘い熱に浮かされてボーっとしてくるのに、もっともっと夕陽がほしくて体は都合よく彼を求めた。

時々脳がショートしそうな程、こみあげてくる快感に喘ぎながら、夕陽の優しい声が耳元に触れて、抵抗する手首を掴まれては、また押し寄せてくる気持ちよさに身を任せて、堪えきれずに達した。


「夕陽・・・好き・・・」


頭の中がまた、何か切り替わりそうな気がして、夕陽の首に腕を回した。


「俺も好きだよ薫・・・」


余韻に浸るように夕陽は俺の首筋に何度もキスして、また優しく抱きしめる。


夕陽が初めて俺に、愛してると言ってくれた時から、俺は何かを予見してた。

ほしくてほしくて堪らなかった愛情を、夕陽はくれるのだと確信した。

それを貪るように愛し返してしまえば、彼を自分の人生に巻き込んでしまうと思った。

だから一度は彼と距離を保った。

けどそれでも、夕陽は真っすぐな気持ちを曲げなかった。

どこまでも優しくて、自分の気持ちを犠牲にしながら、俺の意思を尊重して、それでも一緒にいたい気持ちを伝え続けてくれた。

今となっては、リサと関わりながら迷っているフリをしていた気さえする。

本当は怖かった。夕陽を愛してしまうのが。

どうしても失くしたくない人になってしまったら、今度こそ失くしたとき、俺はもう壊れて生きられなくなるから。

一度は先輩に生かされた命を、捨ててしまうことになりかねなくて・・・そんな脆弱な精神の自分を、夕陽に支えてもらうことが申し訳なかった。


過去を全部忘れられたら、こんなことにはならなかっただろうか。


「夕陽・・・」


「ん?」


ベッドの上で二人きり、ゆっくり大きな手で撫でてくれる彼に、吐き出せる気持ちだけを言葉にすることにした。


「俺・・・ホントはずっと、母さんと父さんに帰ってきてほしかった。ずっと会いたいと思ってた。自分の病気のせいで時間もお金も台無しにさせたから、二人が再婚して新しい家族を持って自由になることは、当然だしそれでいいと思ってた。でも・・・ホントは帰ってきてほしいって言いたかった。・・・でも言えなかったよ・・・」


「そっか・・・」


「だって嫌われたくなかったから・・・。我儘を言って今度こそ見捨てられたら、もう本当に俺のことを忘れて帰ってくれなくなると思ったから・・・。けど結局二人は、書類だけ送り合って離婚を成立させて、俺にはお金を送ってくれるだけの親になった。でもそれさえももう・・・しょうがないって思うしかなくて・・・寂しいなんて思っても仕方ないから、自分の将来のことだけ考えて勉強するしかなかったんだ・・・。ただ・・・会いたかっただけなのに・・・。」


夕陽は震える手で俺をきつく抱きしめてくれた。


「こんな寂しくて情けなくて、愛情に飢えた自分に・・・夕陽を巻き込みたくなかった。だってきっと夕陽は違うから・・・。俺とは違うから・・・」


「・・・それでも俺を選んでくれたじゃんか。それが何でか自分でわかってるだろ?」


二人だけの空間で、二人だけの世界にいるような布団の中で、そっと夕陽の顔を覗いた。

涙目で鼻をすすりながら、俺を愛おしそうに撫でてくれる彼を見ると、また涙がこぼれた。


「言葉にできる程語彙力なくて・・・。ただ・・・夕陽のこと好きだって、どうしようもなく思ってて・・・俺の細胞の全部が夕陽を好きなんだよ。」


やっと自分の意志で笑顔を作れて、彼もまたつられたように泣きながら笑ってくれた。


「薫・・・つらいことは、忘れていいことも含まれてるんだよ。考えても変わらないつらかった過去はさ、もう忘れちゃおう。俺もそうするしかないなって思って生きてきたんだ。」


「うん・・・」


夕陽と一緒に居られれば大丈夫。

心の中で一つだけ、安心できるものを見つけられた。



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