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夕陽と薫  作者: 理春
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第六話

夢から覚めたはずなのに、何かおかしな光景を目の当たりにしていた。

自分がベッドで寝ている。

その上から自分を見ている・・・。


なんだこれ・・・


不思議な感覚でいると、目を覚ましてむくりと起き上がった俺は、側で一緒に寝ていた夕陽の頭を撫でた。

あれからどれ程時間が経ったのかもわからないし、これが夢なのか現実なのかもわからない。

すると夕陽がパッと目を覚まして飛び起きた。


「薫っ!大丈夫か?」


彼は心配そうに俺を抱きしめている。


「・・・夕陽・・・うふふ・・・大好き。」


甘えるように抱き着く自分は、ニコニコ照れた笑みを浮かべている。


「・・・薫・・・?」


彼もその様子に疑問を抱いたのか、のぞき込むように俺の顔を見ている。


「なあに?」


「・・・大丈夫なのか・・・?疲れもあったのかもしれないけど・・・悪い夢でも見たんだろ?なんか・・・つらいこと思い出したんなら、話してくれよ。」


「・・・・私ね、将来夕陽のお嫁さんになりたい。」


「・・・・え・・・・?」


あろうことか、傍から見ていた自分はそう口にした。

俺自身も夕陽と同じ反応をしているのが違和感だった。

いったいこれは・・・


「お嫁さん・・・て・・・え・・・薫・・・いや・・・どうしたんだ?」


困惑を隠せない夕陽は、俺の頭を撫でてその瞳を覗き込んで困っていた。


「お嫁さんにしてくれないの?・・・私将来、夕陽の赤ちゃんほしいし・・・二人くらい・・・。」


あ・・・これ・・・

その時何か妙な感覚がした。

このよくわからない言動を取っている青年も、間違いなく俺だ。

けど・・・中身が何か違う・・・。


夕陽は呆気に取られて、俺をじっと見つめていた。


「薫・・・お前は・・・男だろ?出産は出来ないし・・・その・・・。いや、もちろん俺は将来一緒にいるつもりでいるけどな?でもその・・・それに、どうしたんだ?一人称変わってるぞ?」


「大学生でこんな話する彼女いや?」


これは明らかな俺の頭の中の不具合だ・・・。


「いや・・・彼女って・・・薫とりあえず落ち着いて・・・な?」


「私落ち着いてるよ。慌ててるように見える?」


夕陽はそっと俺から離れて、リビングにスマホを取りに行った。

それからしばらくスマホをいじりながら、何かを検索しては探していた。


「何してるの~?夕陽~」


時々甘えるようにくっつく俺に、夕陽は優しい笑みを浮かべては「ちょっと待ってな」とおでこにキスをした。

そのうち真剣な表情で、夕陽は俺に向き直った。


「薫・・・自分が誰かわかるか?」


「・・・・・・・・・・・」


問われた俺は黙って夕陽を見つめていた。


「名前、言えるか?」


「・・・・・・薫。」


「・・・・苗字は?」


尚も聞かれた俺は、少し口角を上げて不気味な笑みを見せた。


「知らない。いらないもん。夕陽の苗字がいい。」


傍からそれを見ている俺はぞっとした。

けどそれでも夕陽は優しい笑顔を返した。


「そっか、俺も出来ればそうしたいよ。あのさ・・・今からちょっと行きたいとこがあるんだ。一緒に来てくれるか?」


「・・・・うん、いいよ。デート?」


まるで女の子のように振舞う俺は、嬉しそうに立ち上がった。


「デートはデートかな、二人で出かけるわけだし・・・。とりあえず着替えよっか。」


その後リビングに戻って荷物を確認する夕陽が、俺の側へ戻ると俺はクローゼットや箪笥をたくさん開け閉めしては残念そうな顔をした。


「どうした?」


「全然可愛くない・・・。可愛い服一つもない。」


「ふ・・・別に薫は何着てても可愛いよ?」


「・・・・じゃあ夕陽が選んだものにする。」


明らかにおかしくなった俺に、夕陽はごく自然に対応していた。

いつも通り微笑みながら、甘える俺にキスをして抱きしめて、笑顔で話していた。

何だかそれが・・・心苦しくて仕方なかった。

俺はおかしくなったんだついに・・・けどそれを夕陽はおかしいなんて言いやしない。


二人で戸締りの確認をして家を出ても、上から眺めているような俺の視点は変わらず、その場を眺め続けた。

やがて仲睦まじく歩いて駅へ向かい、電車に乗り、夕陽はスマホを確認しながら大きなビルの中にある病院へと入った。


「ここどこ?夕陽・・・」


「ん・・・まぁ、心の病院?かな。俺は薫の中で何が起きてるか医者じゃないからわかんないからさ、診てもらって一緒に考えよ?」


そう言われた俺はキョトンとして小首を傾げていた。

その後待合室から診察室へと呼ばれ、俺たちは二人で医者が待つ目の前の椅子に腰かけた。

夕陽が事の顛末を説明して、今までの俺のことや、俺の過去、普段の様子など、医者から聞かれたことすべてに答えていた。

その間俺はじっと医者を見つめたり、夕陽を見てニコニコしたり、終始彼と手を繋いだまま、まるで無関係という顔で座っていた。


「恐らくですが、解離性同一性障害でしょうね。」


医者が病名を告げると、夕陽はやっぱり・・・という表情を落とした。


「薫さんのように突発的に発症することもあります。人によっては他にも何人もの別人格が現れる人もいますし、すぐ元に戻ったり変わったりを繰り返す方もいます。その原因としては、幼少期にトラウマになるような出来事が重なって、重度のストレスを抱えていたり、それが解消されないまま年を重ねると、何かの引き金で発症してしまいます。薫さんの場合は、朝野さんから聞く限り、子供の頃の経験がストレスとなって、それを思い出したり、引きずっていたり、あらゆることが重なって今の状況になったんでしょう。」


医者の話を聞いていた夕陽は、尚も冷静だった。


「あの・・・ストレスが原因なら、それがだんだん解消されていったら、もう人格が変わらなくなるってことですかね。」


「・・・基本的に完治される方はあまりいません。変わりにくくなる方はいますが・・・。もうそれが一度も起きなかった頃の薫さんに戻る、ということはないと思ってください。」


付きまとっていた不安を・・・誰にも打ち明けることなく生きていたから、こんなことになったんだろうか。

よりにもよって・・・夕陽に迷惑をかけて・・・

当の本人である俺は、女の子にでもなった気でいて、その足を内股に座りながら、キョロキョロと診察室を眺めている。


「そうですか・・・。別にそれはいいんですけど・・・。例えば元の人格に戻る瞬間とかって、きっかけがあるってことですか?」


「それも人それぞれですね。一日戻らない人もいますし、突然戻ったり変わったりする人もいるので。別に本人に伝えたいことがあれば、人格が違っても伝えることは可能ですよ。紛れもなく本人なので。」


医者はそう言うけれども・・・傍から見ている俺はそうは思えない・・・。

けれど俺自身がそう思っていると戻れないんだろうか・・・。


「これからは薫さんにカウンセリングを行いながら、精神療法を行っていきます。初期の段階なら人格が増えていないところから始まりますので、少しずつ信頼関係を築きつつ対話を進めて、元の人格と統合できるように努めていきます。必要であれば薬物療法を試したり、入院することもありますが、少しずつ様子を見ていきながらの治療になります。・・・失礼ですが、薫さんのご両親は・・・連絡は取れないということでよろしいですか?」


「・・・はい・・・あ、いえ、えっと連絡先は本人のスマホにありますけど・・・そのたぶん母親は遠方で、父親はアメリカにいるみたいなので、連絡を取ってもその・・・」


「・・・わかりました。ではこれから治療の経過は恋人である朝野さんに進捗を伝えながら、サポートをお願いすることになるかと思いますが・・・よろしいですか?」


「はい、わかりました。」


・・・どうして・・・こんなことに・・・・

わかりましたじゃないよ・・・俺はわけわかんないよ・・・。


「夕陽、もう帰ろ?」


尚も状況を飲み込まないもう一人の自分は、夕陽の袖を引っ張っていった。


「ん、もうちょっとな。待ってて。」


どうしたらいいんだろう・・・

俺が途方に暮れてもしょうがないのに・・・一番途方にくれたいのは夕陽なのに・・・

こんな状態で大学に行けないんじゃ・・・夕陽が介護するみたいな形になっちゃったら・・・

そもそもどこまで日常生活を支障なく送れるんだろう・・・


ダメだ・・・考えても考えても、今の自分じゃ何もできない。

戻りたくても戻ることが出来ない。

そもそも意識の焦点が合わないような、妙な感覚で体と別の人格が動いている。


その後夕陽と医者は少し話した後、彼は言われた通り俺を置いて席を立った。


「薫さん、ご自分の名前や出身地を覚えてらっしゃいますか?」


「・・・・・・・・」


残された俺は、静かな診察室で医者と対峙し、すっと視線を逸らして黙っていた。


「質問を変えましょうか。朝野さんと今日は電車でいらっしゃいましたか?」


「夕陽のとこに行きたい・・・」


視線を落としたまま、俺はそう呟いていた。


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