表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夕陽と薫  作者: 理春
5/41

第五話

お風呂から上がってベッドに入る前、スマホを充電しようと手に取ると、エリザからメッセージが届いていた。

そこには以前約束していた通り、冬休みに入れば会えるかもしれないから、父を連れて会いに行きたいとあった。

頭の中で、試験が近いことも含め、考えなければいけないことが駆け巡る。


「ああ、もうっ」


普段あまりイラつくことはないけど、今更離れて暮らしている身内のことを考えなければならないのは、煩わしいことこの上ない。


「どうした?」


夕陽の声が背中から聞こえて、ハッとなって振り返る。

どうにも最近、一緒に居る時も気が緩んでいるのか、独り言や自由な態度が出てしまう。


「あ・・・いや・・・」


落ち着いて息をつき、頭の中を整理する。

とりあえずエリザには手早く検討する旨を伝えて、もう今から寝る時間だからと返信を拒否した。

スマホの充電コードを刺すと、夕陽は後ろからそっと俺を抱きしめる。


「捕まえた~♡」


ふわりと香るシャンプーやボディーソープの匂いが自分と同じもので、それがイラついた心を和らげるように包み込む。

彼の優しいキスが髪や耳に伝って、こらえきれずに振り返って唇を重ねた。

夕陽は俺の腰を引き寄せて、食べるようなキスをする。

鼓動が早くなって、気持ちのいいキスで体が熱くなってくる。

頭の中で呪文のように、「夕陽好き・・・好き・・・大好き」と唱えながらキスを繰り返した。

やがて興奮を抑え込んだ吐息をもらして離れると、彼はもうオスの目で俺を見ていた。


「薫・・・後で話すって言ってたことは?」


俺の手を取ってベッドに連れて行きながら夕陽は尋ねた。


「・・・えっと・・・先輩の誕生日が近くて、お世話になってるし何かプレゼント買わなきゃなぁって考えてた。」


ベッドに二人して腰かけると、夕陽は大事に俺の頭を撫でながら微笑んだ。


「そっか。何にしようか悩んでたってこと?」


「そうだね、オススメの小説とかでもいい気はするけど・・・もっと実用的な物がいいかなぁ。」


「ん~・・・好みを知らないことには何ともだけど、どんどん寒くなってくし・・・冬場に使えるものとかでもいいかもな。」


夕陽は布団をめくって潜り込み、「おいで」と俺を包み込むように迎え入れる。


「あったか・・・夕陽ってなんか体温高い気がするよね・・・。抱きしめられてるとさ、すぐ眠くなるんだよ・・・。」


「ふ・・・そっか。いいよぉ寝ても。可愛い薫の寝顔見てて飽きないし。」


まるで小さな子供に戻ったような安心感を覚えて、夕陽の優しい声が更に眠気を誘う。


「でも・・・エッチしたいでしょ?夕陽・・・」


「したいけど・・・バイトで疲れたろ?お風呂もゆっくり入れたし、しっかり寝ないと明日に響くから。週末また泊りにくるからさ、そん時はいっぱいしよ?」


「うん・・・。夕陽大好き・・・」


「・・・あぁ・・・やばぁ・・・。はぁ・・・おやすみ薫。」


夕陽は俺の頭に頬ずりして、またぎゅっと抱きしめ返してくれた。

夢みたいだ・・・。夢の中にいるみたいに気持ちがフワフワする。

幸せ過ぎていつか終わりが来るんじゃないかって不安になる。

目を閉じながら、俺は必死に考えた。

どうしたら、夕陽とずっと一緒に居られるだろう。

何をどう努力したら、年を重ねても彼から必要とされる人間でいられるだろう。


今はそんなことだけを考えていたい。

二人っきりの甘い時間を堪能していたい。


その夜妙にハッキリとした夢を見た。


祝福の声に満ちたチャペルのような場所で、タキシード姿の夕陽と一緒に歩いていたのは、知らない花嫁だった。

俺は二人が歩く脇で人に紛れて、ライスシャワーを投げた。

煮えたぎるようなモヤモヤした気持ちで・・・。

その後芝生が綺麗な庭で、各々がテーブルを囲んで歓談している中、ボーっとグラスを持っていると、遠くで聞こえていた夕陽の嬉しそうに談笑する声が、俺のところにやってきた。

挨拶回りのように友人たちのテーブルを回る彼は、ついに俺の目の前にやって来て言った。


「薫、来てくれてありがとな。」


いつものように側に立つ背の高い彼の顔を見上げて、俺は何とも言えない表情を返すしかなかった。

俺が黙っていると、夕陽はいつもの優しい笑みをこぼして、俺の頭にポンと触れた。


「何だよ・・・祝いの言葉もねぇの?」


白いタキシードが驚くほど似合う彼は、同じく白い手袋越しに俺に触れていて、いつもの綺麗な手は見えなかった。


「・・・・おめ・・・でとう・・・。」


「・・・来たくなかった?」


心無い言葉が降り注いで、俺はついに堪えた涙がポロポロ零れた。


「俺だけだって言ったのに・・・嘘だったんだね・・・。」


「・・・んなこと・・・言ってもさ・・・薫は男だから、結婚しても子供は出来ねぇし、親に孫の顔見せてやれねぇじゃん・・・」


「・・・だったら最初から・・・一緒に居ようなんて言わないでよ・・・」


彼は今よりも少し大人っぽくて、頼りになりそうな風貌で、俺の知らない人でしかなかった。

あまりにもつらかった。

幸せそうな空気の中、幸せそうにする遠くにいる誰かもわからない夕陽の奥さんと、友人たち。

俺がその場にいるのが不思議で仕方ない、ただただ地獄の光景。

夕陽は涙を流す俺に、小さくため息をついた。


「ごめん・・・。」


どんな罵詈雑言より、俺にトドメを刺すのに十分な言葉だった。

その一言に、将来を考えた彼が出した決断の全てが詰まっていたから。

俺が死の淵を覗くように俯いていると、夕陽は俺の名前を呼びながら頬に触れた。

苦しくてその手を振り払っても、逃げようと足を動かしても、夕陽は俺の手を掴んで名前を呼んだ。

そこを飛び出して死ぬつもりでどこかへ駆け出した。

けどどこまで走っても、夕陽の声が聞こえていた。

涙が止まらなくて、そのまま道路に飛び出すと、大きなトラックが自分めがけて走ってきて、激しく光るライトが俺を責めるように照らした。


あ、もうこれでいいや・・・そう思って立ち止ったのに、その瞬間に聞こえたのは


「薫!!」


タキシードを身に纏ったままの、その場に似つかわしくない彼が、必死な形相で俺を突き飛ばして、俺の立っていた場所と入れ替わった。


「うそ・・・」


スローモーションで見えていた場面で、最後に見た夕陽の顔は、涙目で悔しそうにしていた。


その時ハッと両目を開いた。


「薫・・・」


俺を見下ろして心配そうにしている夕陽がいた。

静かな寝室のベッドの上で、尚もボロボロと涙が流れた。


「あ・・・・あぁ・・・・」


頭の中を駆け巡る夢の中の記憶が、シャボン玉のようにパチパチ消えて行く。


「ゆめ・・・」


夢だ・・・。

目の前にいた夕陽は、一つ息をついてそっと俺を抱き起した。

何も言わずに抱きしめて、未だ軋むように痛んで脈打つ心臓を、なだめるように背中を撫でてくれた。


「うなされてた・・・。」


自分の中にある不安という不安を、全て具現化したような夢だった。

せめて目覚めたこの瞬間、一人でいられればよかった・・・。

夕陽に心配かけることもなく、ただの夢だって傷つきながら一人で泣けばよかったんだ。

けど彼に抱きしめられてしまえば、もう抑えきれなかった。

どんな夢を見たのか思い出すと、再び溢れてきた涙と一緒に子供のように号泣した。

叫んでむせび泣いて、いつか来るかもしれないような終わりを繰り返し思い出しては、夕陽にすがって泣き続けた。


それは幸せな日々の反動なのか

はたまた抱え続けていた寂しさが起こした不具合なのか

心に残っているのは、初めて好きになった女の子が死んだこと。

父と母が喧嘩して、俺を置いて家を出たこと。

誰も帰らない家で、一人泣いていたこと。

暑い日も寒い日も、誰とも話さず一人教室にいたこと。

愛した先輩の眼中に、俺は存在していなかったこと。


平気なふりをして大学生になった。

何も満たされないまま。

無理やり大人になるしかなかった。

いつの間に、自分で自分を殺したんだろう。


抱きしめてくれていた夕陽の腕の中で、いつかそれを失うと思うと、回していた腕を解いた。


「・・・・薫?」


「あの時・・・死んでればよかったな・・・」


あの日先輩がうちへ来てくれて、淡々と片付けた細いロープを思い出した。

その後、脳が思考することを拒否するように、目の前が暗転した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ