第四十一話 最終話
何度か使用人としての仕事をこなして1月が終わり、同時に精神科に通院していた。
週に一度先生の所へ受診していたけど、次回からは半月に一度でいいでしょうと言われた。
大学生は春休みの時期に入ったので、4月の進級時までは長い休暇がある。
夕陽は俺の治療経過を見ながら、予定していた通り長時間勉強してみたり、人込みで過ごしてみたり、図書館へ行って静かに読書したり、色んな所に出かけながらリハビリに付き合ってくれた。
そしてそれからまた半月、晶さんのご自宅へ二人で手伝いに行きながら、色んな話をして、妊婦さんや子育ての知識が多少付いた。
1月の口述試験は見送ってしまったものの、来年度以降に再受験するために、美咲さんからアドバイスも貰った。
長期間の目標だけど、予備試験に全て受かって弁護士資格を手に入れる。それを一つの大きな目的として過ごしていくことに決めた。
美咲さんからの提案で、春休み中は時間があるなら、週に三回手伝いに来てほしいとのことで、お金を稼ぐためにも励むことにした。
夕陽は俺に、進級も決まっているし、春になったら復学してみようと提案してくれた。
俺も一度バイトや勉強を辞めて、通院しながらゆっくり過ごし余裕を持てたので、夕陽が無理なく計画してくれる目標に、足並みを揃えたいと思えた。
そして迎えた2月12日、俺の19歳の誕生日。
運よくその日は快晴だった。
「薫さ、典型的な誕生日の過ごし方がわかんないって言ってたじゃんか。」
朝食を済ませて、ベランダで洗濯物を干しながら彼は言った。
「うん」
「子供の頃だったら・・・家族や友達でケーキ囲んでパーティして祝ってっていうのが、もしかしたら典型的なそれなのかもしれないと思うんだけど、皆育ってる環境違うからさ、何が一般的かとかは定義しづらいよな。」
「そうだね。」
「ケーキやご馳走を囲んでお祝いするっていうのはさ、たぶん親とか家族がその子を喜ばせてあげたい、思い出を作ってあげたいっていう気持ちで提供するものだと思うんだ。もしくは親自身も家族からそうしてもらってきたから、子供にもしてあげたいなっていう気持ちとか。俺はそういうお祝いをする家庭だったけど、もうこの年になったら祝わなくていいよって話したし、別にそれが悲しいとは思わないんだ。年を重ねるごとに、一緒に居る人も変わるかもしんないし、変わんないかもしんない。引っ越して環境が変わって仕事漬けだったら、誕生日なんて忘れてた・・・って一日が過ぎるかもしれない。だからさ、過ごし方ってやっぱ記念日だろうと変わってくことがむしろ当たり前なのかな、と思うわけよ。・・・あ~、長々話してるけど、ほぼ内容ないから真剣に聞かなくていいからな?」
夕陽は靴下を干しながらおどけて言った。
「ふふ・・・うん、それで?」
「だからさ、薫にとっての『恒例の誕生日の過ごし方』は、今までは特になかったとしても、これから二人で作っていこうぜ。」
寒さに身震いしながら洗濯物を干し終えた夕陽は、さっとベランダを閉めて床に座り込んだ俺の目の前に、同じく腰を下ろした。
「・・・一緒に居れば、新しいことがどんどん増えていくね。思い出も過ごし方も、これからは自由に自分たちで決められるんだね。」
「そ!そういうこと。」
そう微笑み合って、どちらからともなくキスを交わした。
「な、薫・・・色んな人格の薫と話してて俺思ったんだ。過去に抱えてた気持ちとか、本当は吐き出したいと思ってる気持ちを、代弁してくれてるのかもしれないし、それ以上にさ・・・もっと自由な考えで生きていきたいっていう薫の意志だと思ったよ。」
「自由・・・・」
「薫は・・・しょうがないなぁっていう諦め癖や物分かりの良さで、自分の価値観とか考え方が受け入れられないこと、認められないことを当然だと思ってたんじゃねぇかな。自分が同性も好きになることを恥じてるわけでもないし、それをおかしいとも思ってないだろうけど、子供らしい薫も、女の子っぽい薫もさ、外で俺に甘える時に、周りの目なんて一切気にしてなかったんだ。こういう自分が普通なんだって、誰にもそれを邪魔されたくないっていう、根底にある薫の気持ちに気付いたんだよ。」
夕陽は自身が感じたことを素直に話してくれていただけだけど、そう言われて俺は、妙に彼の言葉が腑に落ちた。
「んでもさ、やっぱり俺・・・人間誰しも抱えこんだり、積み重ねてきた人生の中で、しょうがねぇって置いてきた気持ちだらけだと思うんだよなぁ。俺の場合は何とかそれが崩れたりしないように、上手に重ねて生きてきたから、今を大事に生きられてるのかもしんねぇけど・・・。薫は支えてくれる基盤がなかったから、グラグラしたまま積み重ねてきた人格や気持ちが、崩れて出て来ちゃったんじゃねぇかな。先生も言ってたけど、色んな要因が重なって引き起こされたのが、解離性同一性障害だったんだよ。特別優しくて繊細で、脆くて儚くて、そういう薫だから、誰かを傷つけるんじゃなくて、自分を分離しちゃったんだよな。」
「・・・夕陽は俺以上に俺のことわかってるんだね。」
彼はまた優しく笑って、俺の頬を指で撫でた。
「解ってるんかな・・・そうだといいけど、人間変わってく生き物だし、これからいい方向にお互いが変わっていけることが理想だと思ってるよ。じゃないと一緒に居る意味がないからな。」
「そうだね。」
夕陽はさっと立ち上がって伸びをした。
「さあぁて!!今日は二人で~・・・ウィンドウショッピングして・・・映画観る気になったら適当に入ってみて、んで~・・・色々うろついて、予約したケーキを取りに行って・・・ってことだけど・・・ま~~ずは、俺は実家に帰って制服着て来なきゃな?」
「そうだね。・・・ふと思ったんだけど、お父さんとお母さん在宅だったりしたら変に思われない?」
「ん~?二人とも仕事でいねぇと思うけど・・・。まぁ別にいても薫と制服デートすんだ~っつったらいい話じゃん。別に俺らまだコスプレって言われる歳でもねぇだろ?別にコスプレだったとしても俺は堂々と言うけど。」
「あはは!そっか、じゃあ・・・待ち合わせしてデートなんて久しぶりだけど・・・昼食食べて夕陽を見送った後に、俺も着替えるね。」
「ん・・・。・・・・あ~・・・・やばいなぁにやけるなぁ・・・。な、ちなみに薫ブレザー?学ラン?」
「ブレザーだよ。」
「そうなんか、じゃあ一緒だ。」
夕陽はニカっと笑って、綻ぶ顔を堪えられずニコニコしながら、その後も一緒に家事をこなした。
終始幸せそうにしながら、夕陽はいつも穏やかに時間を過ごしてくれる。
ダイニングテーブルに向かい合って座って、二人で作った昼食を食べた。
片づけを済ませてその後、夕陽は出かける準備をしてウキウキした様子で玄関に立ち、久しぶりに「いってらっしゃい、後でね。」と俺が見送ると、改まったようにぎゅっと抱きしめて、耳元で甘く優しい低い声で、自分が今どれ程幸せか囁いてデレデレしていた。
一人残された自宅で、嬉しそうに出かけた夕陽を何度も思い返しながら、約1年ぶりに高校の時の制服に袖を通した。
そこまで体型は変わっていないし、窮屈ということはまったくなかった。
あっさりと包み込まれるその感覚と、クリーニングに出した後の独特の匂い。
姿見の前で襟を正して背筋を伸ばす。
そこには、少し身長は伸びたものの、あの頃と違って・・・どこか晴れやかな表情の自分が映っていた。
吹っ切れたとでの言うべきか・・・その中性的で一瞬女性に見紛う顔立ちが、今ではハッキリと男に見える。
そしてハタと思い立って、俺はノートパソコンを取り、ローテーブルに持って行った。
およそ3か月前、夕陽と付き合うことになった時、彼に手紙のような小説を書こうと思い立った。
今の今まで忘れていたけど、今ならその書き出しをすんなり始められる気がした。
何でもなく日常的でいい。愛おしいと思ったことを忘れずにいる方法は、これしかないと思った。
そしてこっそり思っていたことや、希望や、展望や、目標・・・未来に向けてのあれやそれやを、自分や夕陽に向けて書けるから。
正直今もまだ、波が返すように不安が押し寄せることはある。
けどそれは生きていれば誰しもあることだと、彼はまた言ってくれるだろう。
俺が困れば一緒に向き合ってくれるだろう。
同時に、夕陽にとって俺もまた支えでありたいんだ。
今一番、俺が心の中で強く思い描いていることは、夕陽が喜んでくれること。
夕陽と一緒に生きていける自分を、好きになれているということ。
男である自分が、男性である夕陽を好きになれてよかった。
そこに性別は関係なかったとしても、自身を悩ませ続けていたことは事実だから、それでも良かったと思えたことが嬉しいんだ。
ワードソフトを開いて、黒く細い線がただ・・・文字が並ぶのを待つように点滅する。
「・・・こんなにワクワクしてるの、初めてだよ・・・。」
ベランダの外で、フワリと揺れている二人分の洗濯物が、また俺に幸せだと思わせてくれた。
長らくお読みいただいた方がいらっしゃいましたら、本当にありがとうございました。
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二人の話はまだ続きます。
短編でもいくつかあがりますので、お楽しみいただければ幸いです。




