第四話
すっかり夜も更けたバイトの帰り道、駅を出ると歩道の防護柵に腰かけている夕陽を見つけた。
俺が気付いたのとほぼ同時に、彼はパッと俺を見つけて手を振った。
駆け寄ると彼は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「夕陽・・・どうしたの?」
「ん?迎えに来たんだけど・・・」
「そんな・・・寒いのにわざわざ・・・」
「別にまだ寒いって程じゃないって。ま・・・寒くなっても迎えに来るけど・・・」
そんなことを言っていつもの笑顔を向けるので、彼の気遣いに素直に喜ぶことにした。
「ありがと・・・。行こ?」
手を取って歩き出すと、夕陽は照れくさそうな笑顔を落として手を握り返した。
駅前は夜も開いている店も多く、そこそこ人通りがある。
「付き合う前はさ・・・俺が手ぇつなごって言ったら躊躇ってたけど、今は恥ずかしくない?」
「ん~・・・そうだね、恥ずかしいよりも嬉しいなって気持ちが勝るから、自然に繋いでるかな。案外周りの人がじろじろ見ることもないしね。」
「まぁ確かにそうだなぁ・・・」
実際本当にすれ違う人達が不審な目を向けることはそうなかった。
露骨にいちゃついてるわけではないし、たまにコンビニとかに出かけると、たむろしてる学生に見られることはあるけど・・・。
俺が中性的な顔立ちがせいで、男か女かわからないのかもしれない。
「けどさ・・・もし周りからなんか言われたりしたらすぐ言えよ?」
「・・・・どうして?」
「俺に吐き出さなきゃ、薫は誰に言うんだよ・・・。」
「・・・そうだね。」
夕陽はいつも、気持ちを抱えこもうとする俺を気遣ってくれていた。
友達であったころからずっと。
家に着くと、彼は俺のために拵えてくれていたビーフシチューを温め直してくれた。
「わ・・・美味しそう・・・。スーパーに買い出し行ったの?食費出すよ。」
「ま~たそんなこと気にして・・・。最近デートもなかなかしてないし、デート代だと思って気にすんなよ。」
「・・・デート代なら尚更気にするんだけど・・・。夕陽が奢ってばっかりだと、お母さんみたいだよ?」
「マジで?じゃあおかんだと思って、払わなくていいから。」
「もう・・・」
くつくつ笑う夕陽は、一口すくって頬張る俺にサラダまで用意してくれた。
「美味い?」
「うん、美味しい。夕陽料理上手だね。」
「・・・ふ、薫に比べりゃ適当だって、俺なんか。簡単なもんを作れるだけ。勘みたいなのないから、パパっと何品も作れないんだよ。ザ・男料理!」
「ふふ・・・美味しかったらそれでいいんだよ。」
「まぁな。」
夕陽はテーブルの向かいに座って、コーヒー片手にまた他愛ない話をした。
やがて食べ終わって食器を片し一息つくと、隣に座りなおして言った。
「あのさ・・・今日・・・透と葵に会ったろ?」
「・・・ああ、うん。」
「・・・ふぅ・・・。なんか聞いた?俺のこと・・・。それともなんか色々言われた?」
そう問われて少し考えた。
そして思い出した。彼が夕陽に質問したという内容を・・・。
「酷いこと聞かれたのは夕陽の方じゃないの?」
すると彼は目を丸くして眉をしかめた。
「何言われた」
「俺は大したことを聞かれてないよ。」
「嘘だろ」
「・・・どういうこと?」
「・・・・・。」
夕陽は視線を落として手を組み、落ち込んだようにため息を落とした。
「俺は・・・薫に話してなかった学生時代の話をされた。試合中に相手選手に怪我させちゃって・・・それが原因で引退したんだけど、それから学校で友達が喧嘩に巻き込まれた時、仲裁したら・・・友達に怪我させた奴が、俺に擦り付けて嘯いて・・・んで・・・推薦決まってた高校ダメんなってさ・・・別のとこ受験した。」
痛みを引きずるように話す彼に、今日同じように透さんが尋ねたのかと思うと怒りを覚えた。
「んで・・・ついでに妹ことまで調べられてたから、それについても聞かれたけど・・・びっくりしすぎて何答えたかはあんま覚えてないな。」
「・・・そう・・・。彼は・・・どうしてそんなことを聞いてきたと思う?」
「・・・薫は賢いからある程度予想はついてんじゃない?俺もこういうことなんかなぁくらいのことは考えたけど。ま、こないだ言った通り、俺の夢は薫と生涯一緒にいることだから、深く関わるつもりなんて毛頭ないよ。・・・知られたくない過去なんて俺はないから今話したけどさ、さっき・・・もしかして薫酷いこと言われたんじゃねぇかって思ったんだよ・・・。でもまぁ・・・あれでも俺的には、普通の友達として接してくれてると思ってるんだ、今はな。だからこそ、今日薫と話したんだって自分から言ってきたんだと思うし。」
「そう・・・。」
夕陽は尚も心配そうに俺の表情を伺いながら、そっと頭を撫でた。
「あのさ・・・あいつの言動を正当化するわけじゃないんだけど・・・。透も葵も、自分がそういうとこに生まれたがゆえに可哀想な目に遭ってさ、普通に生きることなんて出来なくて、各々守りたいもんがあるから必死なんだと思う。でもだからって薫に嫌なこと言うのは違うし、何か思い出させて傷つけたんなら擁護しないし、俺は薫を護るためにしか行動しないつもりだから。薫がもし不快な思いをしてふざけんなって思ったなら、もう二度と顔合わせないようにさせるよ。関わらないでほしいって薫が言うならその通りにするし。」
そう言われて今日のことを振り返った。
果たして俺は傷ついたんだろうか・・・。
「・・・俺は・・・つらつら過去を暴かれて話されても・・・特に嫌な思いって程のことじゃなかったんだよ。その通りでしかないことだし、透さんが俺のしてきたことを精査して、天国か地獄か決める閻魔でもないし・・・。彼はたぶん、やっぱり自分の駒になってくれそうな人を探してるんじゃないかなぁって印象だった。腹が立ったとしたら、夕陽に妹さんの事故のことまで言及したって聞いた時かな・・・。」
「・・・そっか・・・。薫は強いな・・・。俺なんか初対面の時捲し立てられるように話されて、こっわ・・・って思って青ざめたわ・・・。」
「・・・じゃあどうして今は友達だと思えてるの?」
夕陽は落とすように笑った。
「俺を信用して自分のこと話してくれたからかな・・・。無害だって判断されたんかもしれんけど、透さ・・・妹がいるって話してくれたんだよ。でもその・・・事情があって会えなくなって、時々無事でいるか確認しながら生活してるって・・・。どんだけ初対面で失礼なこと言われても、な~んか同情しちゃったんだよなぁ。」
「ふ・・・そうなんだ。それがホントの話かわかんないよ?」
「かもな・・・。けど何となく嘘ついてる感じもしなかったからさ。ま・・・そこの真相はどうでもよくて、単純に話してて面白いし、楽しいから友達でいたいなって思ったのが本音だよ。」
夕陽はまた愛おしそうに俺の手を取って握った。
「さすが誰とでも仲良くなれる夕陽だね。」
「ええ?別にんなことねぇけど・・・。けどマジな話、今度また同じような失礼なこと言い出したら言えよ?」
「どうして?」
「薫につく虫はどんな虫であっても払いたいからかな。」
「ふふ・・・。でも透さんは夕陽に対して執心みたいだったけどね・・・。」
彼は小首を傾げて、すりつくように抱き着いた。
「ええ・・・?どういうこと?」
「だって・・・夕陽を俺が食べちゃったら怒る?って聞かれたから・・・」
「はぁ?ははっ!マジで?」
「うん・・・気に入られてるんだよきっと。」
「はは・・・そっか。まぁそうだとしても、薫が心配するようなことは起きないよ。」
「俺は夕陽の浮気なんて一ミリも心配してないよ?」
「え~?そっかぁ~。」
夕陽は俺の首筋に顔をうずめてキスを落として、幸せそうな笑みを浮かべて見つめてくれるから、俺もそっとキスを返した。
「夕陽・・・大好き・・・」
そう言葉にすると、今度は激しく唇が重なって、誘われるがままに一緒にお風呂に入った。
久しぶりに湯船に入ってぬるま湯に浸りながらいると、徐に夕陽は尋ねた。
「薫、クリスマスどうする?」
「・・・クリスマス・・・どうするって?」
「え?いや・・・どっかデート行こうぜ。」
「デート・・・俺もうシフト出てたなぁ・・・。休みだったかな・・・、もう冬休み入ってるもんね?」
「そうだな、たぶん。ま、別に特別その日じゃなくてもデート出来たら俺はいいんだけどな。」
「ふふ、そっか・・・。じゃあ確認して休みだったら出かけよ。・・・・あ・・・忘れてた・・・。」
湯船から出て思い出すように呟くと、夕陽も立ち上がってお風呂の扉を開けた。
「なに?」
「え・・・ああ・・・えっと・・・」
先輩の誕生日プレゼントのこと・・・言わない方がいい・・・かな
言っても特に問題はなさそうではあるけど、夕陽にとって俺が未だ先輩と親しくすることは嬉しいことではないだろう。
けど隠すのもやましい気持ちがあるように捉えられかねないし、よくない気もする。
悩みながら同じくお風呂を出て、バスタオルで体を拭いた。
余計な心配事を増やすのは悪いよなぁ・・・。
別に心配するようなことは一切ないんだけど・・・
黙々と髪の毛を拭いていると、夕陽はそっと俺の腕を掴んだ。
パッと顔を上げると、彼の優しい目が少し不安そうにしているのがわかって、思わず視線を逸らせた。
「何言おうとした?」
「・・・うん、着替えたら話す。」
全裸のまま脱衣所でごねたら、そのまま襲われることはよくわかっていた。