第三十九話
いったい何を言い出すのかと思えば・・・
元の人格の俺は頭の中が「?」でいっぱいだった。
「夢中にさせる・・・テクニック・・・?」
晶さんもポカンとして首を傾げていた。
「私、もっともっと夕陽に好きになってほしいの。私のことしか考えられないくらい夢中にさせたいの。晶さんは美咲さんと結婚するくらい夢中にさせたってことでしょう?何か好かれるテクニックがあるんじゃないかと思って。」
「・・・ん~・・・テクニック・・・・ん~・・・」
晶さんは唸りながら土をポンポンして、一生懸命答えてくれようとしていた。
「相手のことを考えて、何かしてあげたいって気持ちを持ち続けることかなぁ。」
彼女は軍手の土を払って脱ぐと、そっと俺の髪の毛に触れて耳にかけた。
「見返りを期待したり、打算的じゃなくて、ただしてあげたいって素直に相手を思って行動出来ることが、私は愛だと思ってるの。」
何だかその言葉は当然のことなのに、俺の中に自覚がなかったことだった。
というか、あまり知りたくなかった。
「ふ・・・・私最低かも・・・」
「・・・どうして?」
少し離れた所で、丁寧に植物に水やりする夕陽を眺めた。
「晶さんが言うこと、私もそうだと思った。でも・・・それを認めてしまえば、思い返した時の自分の両親も、間違いなく自分に対して愛情はあったって認めることなの。私・・・・あんな酷い人達が、自分を愛してたなんて思いたくなかった・・・。」
愛してくれていたのに、一緒に居てはくれなかった。
矛盾であり事実であり、それが俺自身を深く傷つけた一因だった。
手元の柔らかい土をそっと整えて、また彼女を見つめ返した。
「ごめんなさい、変なこと話して・・・。」
「ううん、いいのよ。・・・朝野くん、こっちにもお水をあげてくれる?」
「は~い。」
晶さんは俺の手を取って立ち上がらせると、土がついたズボンを払ってくれた。
「薫くん、相手を思って行動すること以外にも、夢中にさせる方法はあるよ?」
「なあに?」
夕陽がやってきてまた大きなじょうろを傾けて水をやる。
「好きとか愛してるって言葉で伝える時に、『あなたのこういうところが好き』って具体性ある言い方で伝えることよ。ほら・・・朝野くんに言ってみて?」
「えっ・・・・」
夕陽は振り返って状況を飲み込めずキョトンとしている。
「えっと・・・・・夕陽が・・・いつも私を気遣って重い物持ってくれたり、大変なことを率先してやろうとしてくれたり、俺が大事に思ってる人に対しても、丁寧に接してくれるところが・・・大好き・・・。」
彼は状況がわからないまま、瞳をキョロキョロさせて恥ずかしそうに口をつぐんだ。
「お・・・おおん・・・」
晶さんは両手で顔を覆ってプルプルしていた。
「あの・・・?」
「尊くて死んじゃう・・・・」
「え?」
「ううん!何でもないの!朝野くん、薫くんにそう言われてもっともっと好きになったよね?」
「・・・・・・・そ・・・すね。元から俺は薫に首ったけですよ?」
「はう・・・・と・・・・爆発しちゃう・・・」
「・・・爆発・・・?」
「何でもないわ!とりあえず水やりは全部終わったし、苗も植えたし、おうちに入りましょうね。」
晶さんは園芸用具を集めながら、満面の笑みで言った。
うちに戻って今度は、やり残していた書斎と和室の掃除を夕陽と協力してやることにした。
晶さんにアドバイスを受けながら和室の掃除をして、畳が湿気らないように窓は開けっぱなしにすることに。
「晶さんって・・・ご実家にいらっしゃったときも和室の掃除とかしてたんですか?」
彼女は当主だったようだし、たくさんお手伝いさんがいたなら、そもそも掃除や家事の知識は必要ないように思える。
「もちろんしてたわ。代々松崎家の当主は、本来高津家当主の側使いだから、掃除の知識も身の回りのお世話も、だいたいのことは出来ないといけなかったの。花嫁修業みたいなお料理や裁縫を教えてもらったこともあるし、介護や看護に関する知識もなくてはならなかったの。というのも・・・高津家のご当主は短命な方が多くて、医療知識があったほうが助けになるからっていう理由なんだけどね。」
「それは・・・遺伝性の病気があったとかですか?」
俺が尋ねると晶さんは長いまつげを伏せて、障子窓の向こうを見やった。
「そういう方もいらっしゃったわね。まぁ私も体が弱いから言えたことではないけど・・・美咲くんに持病はないし、たぶん・・・長生き出来ないなんてことはないと思うわ。」
「・・・そうなんですか。すみません、余計な事聞いてしまって・・・」
彼女から感じる悲しそうな雰囲気に、何となくまずいことを聞いた気がしてならなかった。
晶さんは俺を振り返ってまたニッコリ笑みを見せる。
窓から日光が漏れて、晶さんの髪の毛がキラキラ揺れた。
「そんな風に思わなくていいのよ。」
頬に触れて真っすぐ視線を返す彼女に、もし今も母さんが側にいてくれたら、もうこれくらい俺と少し身長差があって、こんな風に微笑んでくれたりしただろうかと、思ってしまった。
押入れの埃を取っていた夕陽から視線を感じて、ふと彼を見ると、開けっぱなしにしたそこに体を預けて腕組みした。
「な~んか・・・薫はあれだなぁ・・・美人と一緒にいると絵になるよなぁ、悔しいくらいに。」
「あら・・・ふふ。」
「そんなことないよ・・・恐れ多いよそんな・・・。きっと夕陽とか美咲さんみたいな、高身長の男性と並んだ方がお似合いだよ。」
「ふふふ、私と朝野くんがお似合いでもいいの?」
「え・・・・・・い・・・やですけど・・・。」
俺がそう言うと晶さんはまた笑顔を噛み殺すようにプルプルした。
「・・・・ふぅ・・・二人ともお掃除お疲れ様。私に遠慮することなく、たまにイチャイチャしてもいいのよ?」
俺たちが目を見合わせて黙っていると、彼女はハッとしたように慌てて付け加えた。
「ごめんなさい!欲望がそのまま口にで・・・じゃなくて、微笑ましいカップルが仲良くしてるのって何だか幸せでしょ?」
「・・・晶さん、前にもちらっと言ってましたけど・・・お部屋にも漫画がありましたし、もしかしてBL好きなんすか?」
彼女はギクっとしたように硬直した。
「BL・・・ってなあに?」
俺が夕陽に視線を返すと、彼は俺の側にやってきて頭を撫でた。
「ボーイズラブの略。男同士のカップルのこと。まぁ主に漫画とかメディアで使われる言い方だな。」
「へぇ・・・」
「あの・・・元々は少女漫画が好きだったのよ?でもBLでも百合でもやっぱりキュンとするものは栄養じゃない?でも特にBLにハマってしまってね?」
子供が言い訳をするように口をとがらせて呟く晶さんが、何だか可愛らしい。
「好きなものは人それぞれですけど、さすがに目の前でいちゃつきませんよ・・・。」
・・・自然に俺の頭を撫でてるのはいちゃついてるうちに入らないんだろうか・・・
その後晶さんには休憩してもらって、二人で干していた布団を取り込み掃除機をかけ、ベッドを綺麗に整えた。
日が暮れる前に一緒に夕食の下ごしらえをして、物置の整頓を頼まれた夕陽は晶さんと奥の部屋へ行き、俺はソファで休憩させてもらうことにした。
また美味しい紅茶をいただいて一息ついていると、ポケットから通知音がした。
美咲さんから「18時頃帰宅する。」と連絡がきていた。
俺が今日一日の作業を全て終えたことを返信して、報告書を一足早く書いておくことにした。
俺からしたら本当に何でもないただのお手伝いのように思えた一日だったけど、きっと妊婦である晶さんからしたら一人でやるにはかなり時間を要することだろう。
毎日全ての部屋を掃除する必要はないけど、彼女が言っていた通り、元々身の回りの世話をすることも仕事のうちだったみたいなので、出来ていない家事があるとどうしても気になってしまうようだった。
二階は寝室を合わせて三部屋ある、一階は書斎、和室、そして客間もあるようだ。
加えて広いリビング、キッチン、ダイニング、浴室、トイレ、サウナ室か・・・5人くらい住めそうだな・・・。
俺は今日掃除や片づけを済ませた部屋を細かく記録して、気付いたことや疑問点なども備考に書き加えた。
「これでよし・・・」
今日は大掃除のような規模でたくさん片付けたけど、これからは普段使う部屋の掃除と、家事、そして庭の手入れが主な仕事になってくる。
時には買い出しを代行したり、晶さんが必要であれば買い物に同行する。
夕陽は力仕事が主で、俺は無理のない程度にということなので、日給は夕陽の半額にしてもらった。
日も落ちてきて戻ってきた二人を振り返ると、晶さんは「あ!」と声を上げた。
「私ったら・・・焼いたクッキー、一緒に食べようと思ってたのに忘れてたわ・・・。たくさん作っちゃったから良かったら二人とも持って帰って。」
「あ・・・ありがとうございます。」
「あ、それからね、美咲くんから二人に伝言を頼まれてたの。」
晶さんはまた紅茶を淹れなおしながらエプロンを身に着ける。
「来週までは報告書は紙で提出してもらうけど、専用のアプリを今作ってるから、出来上がったらパソコンなりスマホなり、インストールしてもらってそこに書いてもらうようにするねって。」
「わざわざ・・・アプリ作ってんすか・・・?」
夕陽も俺と同じように驚いてそう口にした。
「・・・?ええ・・・あ!もちろん有料のアプリとかじゃないわよ?二人が使ってもらう用限定のものみたいだから。」
「・・・美咲さんすごいですね・・・。」
晶さんは「そうなの?」と言いたげにまた可愛らしく小首を傾げた。
頭もよくて弁護士資格までもう持ってて、プログラミングも出来て・・・礼儀正しくて気遣いも出来て、イケメンで高身長で元財閥の当主・・・育ちもスペックも高すぎるような・・・
「晶さん・・・」
「なあに?」
クッキーを袋に入れる彼女に、気になっていたことを問いかけた。
「美咲さんって・・・苦手なこととかあるんですか?俺からしたら完璧に近い人に見えるんですけど。」
「苦手・・・・あ~そうねぇ。私もこの間いつだったかしら・・・同じようなことを尋ねたことがあったの。それでね?本人が言うには、娯楽とか流行のものを、皆が楽しむように楽しめないことって言ってたわ。」
「娯楽と流行・・・。例えばどういうものですか?」
「えっとね、私は漫画が好きだから色んなものを勧めて読んでもらってるの。BLも貸すし、少女漫画も・・・。でもね確かにその・・・感想は話してくれるんだけど、面白いところで笑うわけでもなく、キャー!ってなるとこでワクワクするわけでもないみたいで・・・淡々としてるのよねぇ。まぁでもその原因としては、小さい頃から跡目として育てられてきたから、感情表現豊かな子供らしい時代が無かったからだと思うの。しょうがないわよね。」
「なるほど・・・。」
一般人と違う環境で育ったが故に、高い能力を備えているけど、同世代が楽しめるようなもので心躍ることがなかなかないってことか・・・
「ふふ・・・美咲くんのこともっと知りたい?」
晶さんは可愛いリボンでクッキーの袋を結んで、夕陽に手渡した。
「ありがとうございます。」
「・・・美咲さんからも、咲夜と同じような優しさを感じるし、たくさん気遣いいただいてるから・・・その・・・おこがましいですけど、友達になれたらなぁって思ってて・・・」
晶さんは綺麗なピンクの唇をまたぐ~っとつぐんだ。
「・・・薫くんは本当に終始愛おしいし可愛いし尊いね♡」
「え・・・?」
側にいた夕陽はため息をつきつつ頷いた。
「そうなんすよねぇ・・・もうなんつーか存在が尊いんすよねぇ・・・。素直っていうか・・・普通この年齢になって友達になりたい、なんて真っすぐ言えないっすよねぇ、はずいし・・・。」
「えっ!?そうなの?え・・・俺がおかしいの?」
「おかしいなんてことないわよ!?むしろそのままの可愛い薫くんでいてくれたらお姉さんずっと幸せよ!?」
「そ・・・えっと・・・」
晶さんはニッコリ微笑んで俺の元へパタパタやってくると、ぎゅ~っとハグした。
「しょ・・・晶さん・・?」
「薫くんはいい子ね~♡私とも是非仲のいいお友達になってね。」
「・・・はい・・・」
いい匂いと温もりで何も言えずにいると、夕陽はくつくつ笑っていた。




