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夕陽と薫  作者: 理春
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第三十一話

大学に入学してから、思えばもう8か月が経過した。

夕陽に出会ったのは5月ごろだったかな・・・


「ねぇ夕陽」


「ん~?」


明日は大晦日。初めて好きな人と過ごす年越しに、今からワクワクした気持ちは抑えられなかった。


「あのさ・・・夕陽と出会った初対面の時のことを、ふと思い返してたんだけどさ、初めて会話したとき・・・夕陽ちょっとした嘘を俺についてたよね。」


「・・・ん?何だろ・・・何?」


ソファに二人して座りながら、甘えるように頭を預けた。


「ふふ・・・夕陽俺にこう言ったんだよ、『結構同じ講義取ってるっぽいからさ、見かけてたんだよ。入学してからもう一月くらい経つけど、なかなか話せる友達出来なくてさ・・・同じ学部の知り合いほしいなぁって。』・・・覚えてる?」


夕陽は目を丸くして、また口元を緩めて微笑んだ。


「よくそんな・・・一言一句覚えてるなぁ・・・。・・・あ~なるほど、嘘ってそういうことね。」


「うん。夕陽は同じ学部に、高校の時からの友達である津田くんと根本さんがいたもんね。話せる友達がいないっていうのは真っ赤な嘘。・・・・でもどうしてそんな嘘つく必要あったの?」


彼は基本的に、下らないお世辞や嘘を口にするタイプじゃない。

真正面から自分らしく、相手を気遣いながらも丁寧に会話する人だ。

夕陽は俺の問いに少しの間黙っていた。


「だって・・・薫は・・・俺の中で初対面の時から・・・さ・・・なんか違ってたんだよ。」


「違ってた?」


夕陽は心底愛おしそうな目をして、俺の頭を抱き寄せておでこにキスする。


「わっかんねぇけどさ・・・一目講義室で見かけた時から、なんか気になんなぁ・・・って目で追ってて。図書室でも何度か見かけたから・・・声かけなきゃって勇気出してさ・・・でも・・・・自分でも何でそんな気持ちになんのか、何でそんなに駆り立てられるのかわかんなかった。だから声かけて、いざ目が合って声を聞けた時、俺一瞬頭の中真っ白になったんだよ。自分でもビビったわ。んでも・・・自分が声かけたことを何とか説明しなきゃってなって・・・そんな下らない嘘ついたのすら覚えてなかったし、その時も嘘ついてる意識あんまなかったわたぶん・・・。目の前の薫と上手く話すことに必死で・・・わかる?俺は・・・最初から惚れてたの・・・。自分でもすっげぇ後になってから気付いたことだけど・・・。」


夕陽のその恥ずかし気な告白を聞いて、次第に心臓が騒がしく音を立てた。


「そ・・・なんだ・・・。」


夕陽がここに座って俺に好きだと言ってくれたこと

本棚の前で俺を抱きしめて、初めてキスしてくれた時のこと

拙い俺の返事を受け止めてくれたこと

一緒に暮らしたいと言ってくれたこと

将来を考えていると真剣なまなざしを向けてくれたこと

その色んな全部が頭の中で再生されて、目の前は滲んだ。


「薫・・・?だいじょぶか?」


「うん・・・。」


大きな胸に抱き着いて涙を流した。

ぎゅっと力を込めて、爪を立てて彼の服を引っ張るようにしがみついた。


何をどう言っていいのかわからない程、夕陽のことが好きで

それはいつもの夕食後の一息つく紅茶の時間。夕陽とまったりソファに座ってイチャイチャする時間。

夕陽はいつも何気ない会話をしてくれて、友達と一緒にいるような、話題が尽きないような楽しい時間を過ごしてくれて、二人で年末の特番を見てお腹が痛くなるほど笑い合って、ちょっとからかい合いながらふざけたり、焼きもちを妬かせるような意地悪を言ってみては、嫉妬してくれるのが嬉しくて、夕陽からのキスをせがんだり・・・

そんな幸せな時間に、夕陽はそれでもまだ、俺を幸せにしてくれるから

返せるものが自分の手の内にないような気がして、愛おしさで前は見えなくなっていく。


「薫~・・・どしたぁ?」


「・・・うれし涙だよ・・・。後、色んなことを思い出して、懐かしかったり・・・・夕陽がすっごく愛おしくて・・・愛おしすぎて・・・涙出た・・・。」


「そっか・・・ふふ・・・あ~・・・・幸せ・・・・。へへ・・・ダメだニヤニヤが止まらん。」


俺たちはお互いがお互いしか見ていなくて、二人だけの世界の中で生きている感覚になっている。

それがいつまで続くんだろうかなんて、終わりを考えてしまうこともある。

でもそれはきっとお互いさまで、その不安をお互いがかき消すように、お互いの気持ちや態度で過ごす日々を続かせていこうとしている。

人との繋がりなんて、所詮は細い糸のようなもので、繋ぎ合わせようと努力しなければ続かない。

一緒に暮らしていく家族ならば、繋ぎ合わせる気持ちが努力でしか成り立たないなら、それは精神力を削っていく一方だ。

俺の父と母がまさにそうだった。


「夕陽・・・俺、夕陽の家族になりたい。この世で夕陽を愛してる一番になりたい。」


それは自分の中にある不安を、かつて声をかけてくれた彼のように、勇気に変えた瞬間だった。

縋りついて声を震わせながら泣く俺に、夕陽はまた力を込めて抱きしめ返してくれた。


「・・・あれ、俺はもう家族になってる気でいたんだけど・・・。」


夕陽は自分の袖口で俺の涙を拭って、強引に俺の顎を持ち上げてキスした。

溶かされるように味わって、そのうち何も考えられなくなって、乱暴にソファに押し倒されて、食べられるという表現が正しい抱かれ方をした。


そのうちいつの間に眠ってしまったのか覚えてない。

朝日を感じてベッドの上で目を開けたら、隣で穏やかな寝息を立てている夕陽がいた。


「ふ・・・可愛い・・・」


寝てる時はすごく無防備で、年相応な可愛らしい寝顔の夕陽。

というか、ずっと寝てる間腕枕しててくれたのかな・・・痺れてないかな・・・

そっと頭をどかして彼の腕を下げてあげると、その片方の手は冷たくなってしまっていた。

夕陽に肩までしっかり布団をかけてあげたけど、そもそも全裸なままはいけない気がして、彼を起こそうと思った。

その瞬間、何故かパッと心は切り替わった。

けれど視界は俯瞰じゃなく、自分の視線のままだった。

頭の中によぎったのは、お気に入りの小説のラストシーンだった。

浅い呼吸をしながら、俺は布団をめくって夕陽に馬乗りになった。

くせっ毛の夕陽の前髪が閉じた目を隠していたので、そっと頬に触れて顔を天井に向かせて、撫でるように髪をどかせて目を見えるようにした。


なんて 愛おしいんだろう


そう思いながら俺の体は動いて、両手を夕陽の首にかけた。

絡めるように両手で握ると、生暖かい肌から夕陽の鼓動を感じた。

そのままゆっくり体重をかける。ぐっと力が入って締まっていく首元に、彼はさすがに身をよじって目を開けた。


「く・・・かはっ・・・!」


その間数秒だったけど、彼の顔はみるみる赤くなっていって、何だかそれが嬉しくて自然と笑みが漏れた。

俺の意識は分断されてはいなかった。目の前の夕陽が可愛くて愛おしくて仕方なかった。

夕陽は目を見開いて口を動かしながらも、その瞳孔を震わせて俺を見ていた。

嬉しい・・・嬉しい・・・夕陽・・・


「夕陽・・・」


頭の中で唱えた彼の名前を口に出した。

夕陽は俺の腕を力いっぱい掴んで、少し手の力がゆるまると、体をよじって馬乗りになっていた俺を横に傾けて倒した。

ドサッとベッドに倒れ込むと、彼は咳き込んで喉を鳴らすように呼吸して、慌てて起き上がってベッドに座った。

俺が再び身を起こすと、肩で息をしながら、寝ぼけたようなトロンとした目で俺を見た。


「・・・おはよ夕陽・・・」


その時やっと頭の中で何かが変わった。


俺・・・・今・・・


「夕陽大好き」


ようやく落ち着いた呼吸を取り戻した彼にキスした。

夕陽はゆっくり俺を抱きしめて、いつものように頭を撫でてくれた。


「薫・・・・・」


「・・・・・ご・・・ごめんなさい・・・」


自分でも何故そうしたかわからなかった。

何も起こっていないし、いつも通りの幸せな朝だった。


「ごめんなさい・・・ゆ・・・許して・・・・」


俺は何を懇願してるんだろう。

夕陽を殺したかったわけじゃない。そんなわけない。

混乱した心を晒すように、俺の口からは意識と関係なく言葉が出た。


「違う・・・違うんだ・・・。俺を・・・見てほしくて・・・苦しんでても俺を求めてほしくて・・・俺だけを見ててほしくて・・・俺のことだけ考えてほしくて・・・。違うよ・・・ホントに・・・ごめんなさい・・・」


もう俺の頭には、普通の人はどう思うんだろうかなんて考えに至らなかった。

苦しくて目を開けたら、狂った笑みを見せた恋人に首を絞められて、そんな光景が朝から目の前に広がっていたら、どんな気持ちになるのかなんて想像も出来なかった。

ただ怖かった。何がかはわからない。ただ自分がおかしいことだけはわかった。

俺が震えて抱き着いていると、夕陽は何でもない笑みを見せて俺にキスした。


「薫、昨日いつ頃寝たのかわかんねぇけど・・・めっちゃ早く寝付いたせいかお腹空いたわ・・・。なんか食べよ。」


「・・・・・え・・・?」


俺が困惑していると、夕陽はふっと真顔になった。


「俺が、首絞められたからって、怖くなって別れるとか言い出すと思った?ふざけんなよって暴力振るうと思った?ちょっとビビったけど・・・俺薫に力負けするわけねぇし・・・。薫を責めるつもりないよ。」


いつものように落とすように笑う彼を見つめながら、俺はゴクリと喉を鳴らした。


「殺したいとか思ってない・・・」


「わかってるよそんなこと。」


「自分でも何でしたかわかんない・・・変なタイミングで人格が切り替わって・・・でもそれが誰なのかもわかんなかった・・・」


「そうだろうな。」


「・・・夕陽を傷つけちゃうかもしれない・・・・一緒にいたらずっと・・・・・」


「そんなんカップルだったら当たり前だろ。」


「俺は異常者だよ!!・・・・はぁ・・・はぁ・・・」


涙でろくに夕陽の顔が見えなくなっていった。

心の中で昔感じた痛みを思い出した。

両親が帰ってこなかった自宅。いじめを受けた教室。先輩に振られた部屋。誰もやってこなくなった部室。レイプされた事務所。


「うう・・・・・苦しい・・・」


夕陽はそっと俺を抱きしめて、また優しく声をかけた。


「薫、よく聞いて。・・・・薫がおかしくなったのは薫のせいじゃないし、薫が特別心が弱いわけでもない。俺は薫が強くて芯のある人間だって知ってる。自分の意志を持ってることを知ってる。自分の気持ちに振り回されてることも。でもそれは何も特別なことじゃないし、俺もそういうことある。口にしてないだけでな。思い出して苦しいことは全部教えて。俺もそれを知りたい。自分が傷ついた分、代わりに何かを痛めつけたなら、俺を殴ってもいいし、死なない程度なら首絞めてもいいよ。薫はやり返してもいい程傷つけられたのに、何もやり返さなかったんだろ?だったら今からでもやっていいよ。ただし、自傷行為や自殺行為だけはやめて。俺にだったら何してもいいよ。」


「やだ・・・夕陽にしたくない・・・!他の誰にも・・・!・・・平気になりたい・・・。酷い過去なんかに苦しめられたくない・・・乗り越えたい・・・。」


「そういう無理はしちゃダメなんだよ・・・。乗り越えようとか克服しようとか・・・それぞれの限度があるからな。無理なもんな無理だよ馬鹿が、って思っていいんだよ。口汚くなってもいいから、返したかった気持ちを暴言にすんのはどう?」


その時頭の中で何かまた切り替わりそうになって、咄嗟に頭痛がする頭を掴んだ。


「やめて!!代わらないで!!」


「薫・・・大丈夫だから」


顔を上げて夕陽に無理やりキスした。


「夕陽大好き。」


まるでロボットのように無機質にそう言った。

そのまま彼を押し倒して、何も考えられず体を重ねた。

壊されるみたいに乱暴にされたかった。

夕陽におもちゃにされたかった。

行為中に自分がされたい全てを口にしていた気がする。

ぐちゃぐちゃ音を立てて交わって、頭の中まで犯されていく感覚が心地よかった。

お互い息を切らしながら求め合って、疲れて動けなくなる頃、だんだんと頭の中が冷めていって、正気に戻っていくのが分かった。


「ゆう・・・・ひ・・・」


「・・・なあに?」


後ろから腰を突いていた彼が、俺の上半身を起こして耳元にキスした。


「巻き込んでごめ・・・なさい・・・。夕陽を・・・大事に出来る・・・普通の恋人に・・・なりたい。」


夕陽は尚も腰をぐりぐり動かして、嬌声をあげる俺を抱きしめた。


「薫がなりたいって思うことを否定しないけど・・・俺はどんな薫でも愛してるよ。」


頭の中がピリピリ、チカチカする・・・

そのうちまた、都合よく俺の意識は途切れた。



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