第三十話
その日の晩、夕陽と二人で電車に乗って銀座へと向かった。
「薫~!こっち~。」
待ち合わせ場所の駅前で咲夜の声が聞こえ、俺たちは手を振る彼の方へと歩いた。
「お待たせ。小夜香さんもこんばんは。」
「こんばんは、薫さん。」
会釈する夕陽が口を開く前に、俺はそっと彼の袖口を掴んで二人に紹介した。
「えと・・・一緒に住んでる恋人の・・・夕陽。」
そう口にしたものの、思いのほか恥ずかしくて、思わず俯いた。
「どうも、今日はお誘いありがとうございます。朝野 夕陽です。薫がいつもお世話んなってます。」
「ご丁寧にどうも。薫から散々聞いてるかもしれないけど、同じ大学で経済学部2年の高津 咲夜。こっちは俺のフィアンセの島咲 小夜香ちゃん。」
「初めまして~。」
小夜香さんは綺麗なお辞儀を返して、背の高い夕陽を少し感心したように見上げていた。
挨拶もそこそこに、咲夜はそそくさと歩いて俺たちを先導し始めた。
「咲夜・・・任せちゃってたけど、お店って予約してあるんだよね・・・?」
小夜香さんと手を繋ぐ彼に後ろから尋ねると、車道側を歩いていた小夜香さんと入れ替わりながら咲夜は言った。
「うん、心配しなくても更夜さんが口添えしてくれてるから、ほとんど貸し切り状態で入れるよ。」
「・・・そっか、ありがとう。」
さり気ないイケメンムーブしちゃって・・・よ~し・・・
同じく手を取って歩く隣の夕陽をチラっと見やりながら、夕陽が車道側になった時は紳士に立ち位置を変わろうと目論む。
「貸し切りって・・・行く店結構広いとこっすよね。高級店の本店だし・・・そんなこと可能なんすか。」
「可能だよ~?まぁ一応俺も高津家元当主の弟だしね。小夜香ちゃんは元当主の令嬢だし。・・・一般人が思ってるより財閥の名前って、大手の会社からしたらちょっと恐れられてたりするんだよ。いい意味でも悪い意味でもね。」
「へぇ・・・」
夕陽は咲夜の口ぶりに特に詮索することなく、少し屈んで俺の耳元で言った。
「薫大丈夫?夜でも結構人多いな、この辺・・・。」
「そうだね・・・。でも繁華街程じゃないし平気だよ。しんどくなったらすぐに言うから。」
「ん、無理すんなよ?」
やがて駅からそう遠くない焼肉店に到着した。
けれどそこは、到底焼肉店に見えない程、綺麗な佇まいだった。
表からでも肉の油の匂いが漂うような、大衆向けのギラギラした焼肉店しか知らない俺たちは、少しの間ポカンと口を開けて入り口を眺めていた。
咲夜も小夜香さんもそんな俺たちに構うことなく、自動ドアを開けて進むので俺たちも後に続く。
いざ店に足を踏み入れると、黒服を着た背の高い男性が、軽くお辞儀をして迎え入れてくれた。
「お待ちしておりました、高津様。」
店員さんに導かれるまま、たどたどしく二人の後を歩き奥へと入って行った。
どこもかしこも綺麗な店内は、調理されている音なども聞こえず、静かな廊下を通され、広い和室へと案内された。
「後程またお伺いに参ります。」
「うん、お願い。」
4人でお座敷について、咲夜は慣れた様子でメニューを手に取る。
「いやぁ・・・・緊張するなぁ妙に・・・」
「ね・・・」
俺と夕陽が正座しながらコソコソ話すと、向かいに座った咲夜はあっけらかんと笑った。
「はは、別に食べに来ただけなんだから楽にしてなよ。」
「・・・先輩はこういうとこ、結構外食で来るんすか?」
「まさか!俺も小夜香ちゃんも本家から出て生活してたから、二人と変わらない生活してきたんだよ。高級店で食事なんて・・・学生だし全然ないよ。ね、小夜香ちゃん」
「うん、私もこういうところ初めて。一回誕生日におばあちゃんたちと中華料理屋さんなら、ちょっといい所連れてってもらったことあるけど・・・そういうお祝いとかじゃないと来れないよね。」
そう言って微笑み合う二人は、絵に描いたようなお似合いのカップルに見えた。
広めの和室では、落ち着いた畳の香りと、どこからともなくいい感じの和なBGMが流れていて、傍らの窓からは、周りに植えられた植物とちょっとした庭園が見える。
咲夜はテーブルの端にあったタブレットを取って俺に手渡した。
「小夜香ちゃんと二人で適当に頼むから、二人はそっちで注文してね。言っとくけど支払いに関しては優待だし、実質タダだから。遠慮せず食べたい物頼んで。」
「ありがとう・・・。実質タダってちょっと気になるんだけど・・・島咲さんが払ってくださってるってこと?」
気になって尋ねると、小夜香さんがふふっと微笑んだ。
咲夜も苦笑してメニューを持ちながら言った。
「薫、そういうことは聞かなくていいの。」
「・・・そうかもだけど・・・。俺だいぶお世話になったんだよ・・・申し訳ないなって。」
咲夜は呆れたように頬杖をつきながら、メニューに視線を落とす。
「更夜さんはそういうの嫌がるよ。子供が好きな人だからね、甘えられた方が嬉しんだよ。俺が図々しく晩御飯食べに家に伺っても、今日泊っていくか?って毎回聞いてくるくらいなんだから・・・。薫たちは一族と関係ないって思ってるかもしれないけど、娘と息子になる二人の友達なら、もう更夜さんからしたら世話を焼く対象なの。そういうカテゴライズされてんの。二人からしたらピンとこないかもしれないけど、御三家の当主ってね、皆子煩悩で世話を焼く意識が高い人達なんだよ。だから使用人も分家の人たちが多いし、家族ぐるみで子育てをしてきた一族だから、子供は宝物っていう観念が強いんだ。ほら、好きなもの選んでいいよ。」
「あ・・・うん・・」
咲夜にそう言いくるめられて、夕陽といくつか皆で食べられそうなものを注文した。
しばらくしてやってきた店員さんに、咲夜は小夜香さんと一緒にお肉を注文すると、少し会話をしてお勧めの日本酒も頼んでいた。
「・・・あ、そうか。咲夜だけ成人してるから飲んで大丈夫だね。」
「ん、まぁ・・・別に3人とも飲んでいいよ?」
「いいわけないでしょ・・・」
俺がすかさず言い返すと、ぐだぐだと未成年をたぶらかす先輩へと変貌する。
夕陽は適当に合わしつつかわしていたけど、正論を述べ続ける俺に口をとがらせるので、黙っていた小夜香さんが口を開いた。
「咲夜くん、ダメなものはダメなんだよ?咲夜くんに飲んじゃダメなんて言ってないんだから、私たちは未成年だから飲まないからね。あんまりぐちぐち言うと、美咲くんに言いつけるから。」
「う・・・わかったよ・・・。」
大人しく引き下がる様子を見て、俺たちは思わず笑いをこらえた。
「結婚したら尻に敷かれるにが目に見えてるね、咲夜。」
「あのね~小夜香ちゃんはそういうんじゃないの。美咲に説教されんのが嫌なの俺は。小夜香ちゃんは可愛くて清楚で優しくて思いやりがあって、料理上手で時々お茶目で礼儀正しくて頭もよくて慎ましくて教養もあって、育ちの良くて完璧なの。尻に敷くとかじゃないよ、ちゃんと旦那である俺を立ててくれる大和撫子だよ。」
急な惚気の連続を浴びて、小夜香さんもポカンとしている。
「・・・へぇ、咲夜は意外と亭主関白でありたいってこと?」
「最後だけ切り取ってるねぇお前も・・・。そんな時代錯誤なことしないよ・・・。三歩下がってついてこい!なんて思ってないし・・・しいて言うなら、俺はいつまでも小夜香ちゃんと恋人気分でいられる夫婦でありたいなって思ってるよ?」
そう言いながら隣の小夜香さんの手をぎゅっと握りながらニコニコする咲夜。
「ふふ、そうだね。仲良し夫婦でいたいね♡」
小夜香さんはホントに余計なことを言わない人だな・・・咲夜の扱いをわかってるというか・・・さすがだな。
イチャイチャする二人を眺めていると何とも微笑ましい。
ふと小夜香さんの右手薬指には、婚約指輪らしきものがつけられていることに気付いた。
「それより俺は二人に聞きたい事山ほどあるんだけどさ・・・」
咲夜はそう改まって、また頬杖をついて何かを企むようにニヤリと口元を持ち上げた。
「答えたくないことは答えないからね?」
「何だよ・・・。小夜香ちゃんだって二人の惚気話聞きたいって言ってたよね?」
「うん、薫さんと朝野さんのこともっとよく知れるチャンスかなぁって。」
俺は照れくさくなって隣の夕陽の顔色を伺った。
彼はいつもの優しい笑みを返してくれる。
「まぁ・・・小夜香さんがそう言うなら・・・」
「何だよそれ。」
ジト目を返す咲夜をあしらいながらいると、彼は少し懐かしむような笑みを落とした。
「ま・・・妙な組み合わせでの食事会だなとは思うけど・・・。今回誘ったのはさ、こないだ公園で話した時散々文句言われたし、薫が求める答えに俺辿り着けそうになかったからさ、考えるのも正直めんどくさくなっちゃったし、焼肉でちゃらにしてもらえないかなぁって思ったんだよね。」
「なるほど・・・そういうことだったんだね。」
妙に合点がいってため息が漏れた。
「まぁでも俺も・・・酷いこと言いすぎたなって反省してたから、別に罪滅ぼしはもう考えなくていいよ。ホントにお世話になってるのは確かだし、そりゃ心の中で思ってたことはあったけど、今は感謝してるから。」
「そ?・・・まぁ俺も・・・時々悪い癖出ちゃうのがダメだなぁって思ってたんだよなぁ。」
咲夜はそう言うとちらっと夕陽に視線を向けると、静かな部屋の外から店員さんの声がして、大勢でお肉を持って現れた。
それからあれよあれよとテーブルがいっぱいになって、中央の大きな網に皆でお肉を並べていった。
「わぁ~~!おいしそ~~~!夕陽夕陽!俺夕陽のお肉もいっぱい焼いてあげるね!」
いい音といい匂いでテンションマックスになって、瞬間的に人格が入れ替わる。
「ふふ、ありがと。まずどれから食べるか迷うな~。」
「えっとね!俺はね!この薄いやつ美味しくて好きだよ!」
「タン塩?確かに最初に食べるには最適かも。」
はしゃぎ倒す俺をクスクス見ながら、咲夜は声をかけた。
「タンは厚切りのやつもあるよ。まぁよく焼かないといけないから時間かかるし、さっさと食べられそうなものから焼いていこっか。小夜香ちゃんは何がいい~?」
「ん~・・・何でも好きだけど・・・じゃあロースにしよっかなぁ。」
「オッケー任せて♪」
二人で肉焼きに徹していると、小夜香さんまで小さな弟を可愛がるように俺に話しかける。
「薫さん焼肉大好きなんだね。」
「うん!小夜香ちゃんにもいっぱい焼いてあげるから食べてね!」
「えへ、ありがとう。・・・薫さん可愛い。」
小夜香さんにそう言われて今度は目線が俯瞰に切り替わる。
「ふふ・・・ねぇ夕陽、可愛いだって。あんなに美人な子に可愛いって言われたよ?私可愛い?」
「ん?おん、薫はもちろんいっつも可愛いよ?」
夕陽はいつも通りデレデレしながら俺の頭を撫でた。
「見せつけてくれるじゃ~ん。予想はしてたけど、朝野くんってやっぱ薫にデレデレタイプなんだな~。甘やかすのよくないよ?」
「人のこと言えるの?咲夜。小夜香さんにデレデレのくせに!」
「俺はだって~・・・小夜香ちゃんは完璧だし、非の打ち所がないんだもん。」
「完璧な人間なんていないよ!そりゃお互いにとっては完璧って思いながら補い合うことはあるけど、少なくとも夕陽の方が咲夜よりず~~っといい男だからね。」
「いやいや・・・恐縮だわ・・・高津先輩と比べないでよ薫ぅ・・・。」
「あ、焼けた、はい、小夜香ちゃん♡・・・具体的にどういうところがいいのか聞きたかったんだよね。」
「ふん、まず夕陽は・・・一途で女遊びなんてこれっぽっちもしてこなかった人だから!」
俺が胸を張って言うと、夕陽は苦笑いを落とす。
「んなこと薫にわかんないじゃん。朝野くんだって自分のイメージが悪くなることわざわざ言わないよ。ねぇ?」
「え・・・やぁまぁ・・・」
「え・・・夕陽遊んでたことあるの?」
「いやいや!ないって!先輩の言うこともわかるけど、俺マジでそういうのはなかったですから。そもそも遊べるほどモテないし・・・」
咲夜は一枚目の肉をもぐもぐしながら、小夜香さんに注いでもらった冷酒に口をつける。
「普通にモテそうに俺は見えるけど・・・。そもそも薫はさ、遊んでるイコール悪いってのはどうなの?別に俺は遊んではいたけど、他人を傷つけたり迷惑かけたりしないように細心の注意を払ってたよ。」
「どうだか・・・。俺が言いたいのは夕陽は誠実で他人の心を弄んだりしないし、思わせぶりな行動も・・・して・・・ないよね?」
「・・・え、うん・・・たぶん。」
「ふふ・・・周りに優しい人って勘違いさせるからねぇ~。」
俺がキッと咲夜を睨むと、黙って聞いていた小夜香さんがまた咲夜にお酌しながら言った。
「咲夜くんだって周りの人に親切でしょ?それは悪いことなんかじゃないよ。私は咲夜くんも朝野さんも良い人だと思うけどなぁ。」
またニコリと微笑んでお肉を頬張る小夜香さんの言葉に、俺も夕陽も目配せして微笑んだ。
「でも・・・小夜香さんは心配じゃない?咲夜の浮気とか・・・」
「全然。前も言った気がするけど、私は咲夜くんのこと心底信じてるから。」
曇りない目で言われて、何だか自分にはない相手に対する信頼が見えて眩しい。
隣でどや顔してる咲夜はちょっとイラっとするな。
「ふふ・・・俺も薫のことは心底信頼してるなぁ。」
「・・・そうなの?」
「まぁ、信頼してるよって言いながら、ほら・・・神社で話したみたいに、不安な気持ちを信じたいって気持ちに変えてるんだよ。起こるかわからないことに不安になるのは違うしな。」
「そっか・・・そうだね。」
咲夜はトングでひょいひょい肉を網に乗せながら言った。
「薫はあれだな、いい男捕まえられて良かったなぁ。俺と張り合う必要なんてないじゃんか。」
「・・・そうでしょ?でも・・・悩んでた時に相談乗ってくれたからね、あの時はありがと。」
咲夜はまたふっと口元を緩めてお酒を飲んだ。
「ねぇねぇ薫さん」
「へ?はい」
「薫さんは朝野さんのどういうところを好きになったの?」
「え・・・・」
「あ~・・・それは俺も聞きたい。」
夕陽がニヤニヤしながら俺の顔を覗き込む。
目の前の二人もニヤニヤ俺の言葉を待つ。
「う・・・どこって・・・・言われても・・・・。全部・・・」
「全部とかなし!俺がさっき小夜香ちゃんのいいところを並べたみたいにさ、細かく教えてくれりゃあいいじゃん。」
「細かくぅ・・・?・・・・えと・・・優しくて他人の機微に敏感でよく見てるとことか・・・。気遣い上手で言葉も言い方も丁寧だし、笑顔が・・・可愛くて好き・・・だし・・・頼りになるところも、優しい声も・・・俺より背が高いところも好き・・・。」
俺が言い終わると、夕陽は両手で顔を覆ってテーブルに肘をついた。
「うふふ!そうなんだぁ。」
「もう・・・わざわざ惚気させなくていいじゃん。」
俯きながらお肉を頬張ると、咲夜は声を上げて笑った。
「なんでだよ~今日はそれ聞きに来たみたいなとこあんだしさ。存分に惚気たらいいよ。」
「・・・その分俺の惚気も聞いてくれって感じで、小夜香さんの話をしたいの?」
「ああ?違うよ。・・・・ん~なんていうか・・・」
咲夜は俺をじっと見て、美味しそうにもぐもぐする小夜香さんに微笑みながら頭を撫でた。
「上手く説明出来ないけど、俺さ・・・ずっと俺自身のことで精一杯だったし、小夜香ちゃんと付き合えるまで、人間らしい幸せなんてあんまり感じて来なかったから、薫には高校の時からずっと、悲観して不幸ぶってた自分ばっかり見せてた気がしてさ・・・。同時に薫自身も、どっかいつも寂しそうで居たたまれない様子が多かったから・・・。そうだなぁ・・・なんていうか・・・」
言葉を探すように視線を泳がせて、咲夜はまた俺を真っすぐ見つめて優しい笑みを向けた。
「幸せそうにしてる薫を見たかったんだよ。俺はこれでもお前のこと友達として十分慕ってるつもりだし、薫を一番だって思ってくれる人と出会ってほしいなぁって思ってた。こんなに早く恋人作るとは思ってなかったけどな。」
咲夜の意外な本音に咀嚼しながら、返す言葉に困っていた。
「ふふ、咲夜くん薫さんに恋人出来てちょっと寂しいなぁって思ってるの?」
小夜香さんが可愛らしく微笑みながら指摘して、咲夜は図星をつかれたのか目を丸くした。
「ふ・・・そうだね。やっぱさ、親しくしてた友達がさ、恋人出来たらやっぱそっち一番になるじゃん?誘いづらくなっちゃうなぁって寂しくなるよね。」
小夜香さんが頷くと、夕陽は俺のお皿に焼けたお肉を次々入れた。
「夕陽、野菜も食べようね?」
「ん?うん。・・・先輩は・・・他の男友達と違って、薫は特別意識あるんですか?」
「・・・・・まぁ・・・そうかもね。聞いてると思うから言うけど・・・そういう関係になった男友達は薫だけだしね。ま、それに関しては手を出した俺に非があるから、今更薫のことは責めないでね。」
その瞬間妙に二人の間にピリっとした空気が走った気がした。
小夜香さんは特に気に留めることなく、グラスに入ったウーロン茶を飲んだ。
ちらっと夕陽の横顔を伺うと、無表情で咲夜をじっと見据えていた。
ゴクリと俺もお茶を喉に伝わせて、よく焼けたピーマンを夕陽のお皿に入れた。
「咲夜、夕陽はさ・・・前も言ったけど、空手の日本ジュニアチャンピオンになった人だよ。」
「え!!すごい!!」
反射的に小夜香さんが反応して、咲夜はニッコリ笑った。
「そういや言ってたね。でも空手だったら悪いけど、俺だって黒帯だよ?」
「ええ!?嘘!」
今度は俺がはしたなく反応すると、咲夜はくつくつ笑った。
「何だよ、彼氏に迂闊に喧嘩売ってくんなって?そんなつもり毛頭ないけどさ、俺は対人戦に慣れてないし、喧嘩売ったら絶対怪我するの俺だよ・・・。」
ため息を落としてまたお酒に口をつけて、甘えるように小夜香さんにお酌を強請る。
「ねぇ・・・一升瓶全部飲むつもりじゃないよね?」
「飲まないよ。気に入ったら個人的に支払うから持ち帰らせてって言っといたんだ。」
咲夜自由だなぁ・・・
夕陽はその後も4人で会話しながらも、そつなく言葉を交わしていたけど、あまり咲夜に対して好感を抱いている様子ではなかった。
飄々としてる咲夜は会話のかわし方が上手いし、周りの空気を悪くしないように話題を運ぶのも上手い。
小夜香さんは終始天使のように可愛らしく、純粋な笑みを向けて、俺や夕陽に質問を投げかけてくれていた。
4人で食事をしていると、食べ放題もかなりの量を消費していくもので、締めの冷麺を食べ終わる頃は、いい感じに満腹感に襲われて若干眠気すら覚えた。
咲夜は飲んでいたせいもあってか、店を出る頃には上機嫌に持ち帰る日本酒の紙袋を持っていた。
「ありがとう二人とも、今日はごちそうさまでした。」
「ごちそうさまでした。」
俺と夕陽がそう言うと、ほろ酔いの咲夜はへらっと笑みを浮かべた。
「いいよ、誘ったのは俺だけど、更夜さんの優待だし・・・また焼肉行く機会あったら誘うよ。」
「うん、ありがと。小夜香さんも、デートにご一緒させていただいて、ありがとうございました。お父様にもお礼をお伝えください。」
「わかりました。また機会があったら一緒にご飯行きましょうね。」
女子高生と思えない落ち着きようで挨拶を返してくれた彼女は、甘えてヘラヘラしている咲夜の手をしっかり握って歩いて行った。
「あれ、先輩らは電車じゃないんかな。」
「タクシーで帰るんじゃないかな。」
「ああ、そうか。・・・んじゃ帰るか。」
すっかり夜になった銀座の慣れない街並みを二人で歩きながら、帰り道の歩道で俺は思い出したように車道側を歩く夕陽とパッと入れ替わった。
「ん・・・?こらこら、何でそっち歩いちゃうんだよ。」
ぐっと手を引かれて夕陽の顔を見上げた。
「だって・・・咲夜がさ、小夜香さんにしてたんだよ。イケメンムーブだなぁと思って。俺もやりたかったんだ。」
「はは、そうなんだ。てか・・・それやる側は俺だろ?どう考えても・・・」
「そうかな、俺だって夕陽の『彼氏』なんだからさ、カッコつけたい時はあるんだよ。」
「へぇ?そうなんだぁ・・・ったく・・・可愛いなぁもう・・・」
駅までの道のりを歩きながら、美味しかった焼肉の感想をお互い言い合って、ふと沈黙が降りる。
「・・・薫さ・・・薫は・・・」
「ん?」
夕陽は言葉に迷っているのか、また黙って考え込む。
「ふ・・・あ~あ・・・ダメだ俺。ごめんな?薫の大事な恩人だろうし、大事な先輩なんだろうけど・・・俺はあの人好きになれないや。」
正直な言葉を諦めたように吐いた夕陽は、俯いて申し訳なさそうにして歩いた。
「別に俺、夕陽に好きになってほしいとは思ってないよ。」
「・・・そう?」
「うん、だってどういう関係性だったのかを知ってるんだからさ、無理なら無理じゃない?」
「ん~・・・俺がさ、ガキっぽくてどうしても焼きもち妬いちゃうからさ・・・たぶん何も知らなかったら、気さくな人だなぁって思って友達にはなれてたと思う。」
「ガキっぽいって・・・夕陽はまだ19歳だから普通じゃない?」
「そうかもしんないけど・・・。俺は・・・・二人の間にある俺の知らない絆みたいなの見えて・・・勝手に落ち込んじゃってたんだよ・・・。んで、小夜香さんは俺と違ってそれを何とも思ってないみたいだったし、俺が地味に傷ついてんのすら見抜いてた感じがした。」
「そうだね、小夜香さん機転効かせて会話回してたもんね。」
「そ・・・あの二人なんかすげぇわ・・・。やっぱ一般人じゃないんだなぁって感じがした。語彙力なくて説明出来ねぇけど。」
「わかる。年齢に見合わない貫禄感じるよね。」
「そうそれ!妙な落ち着きっていうかさ・・・。」
「それを言うと・・・晶さんや美咲さんからも同じような感じがしたかも。」
「確かに・・・。」
「何にしても、別に咲夜のことは気にしなくていいよ。むしろ居づらい気持ちにさせちゃったんならごめんね・・・。俺の気遣いが全然足りてなかった。」
駅に着いて立ち止って俺が言うと、夕陽はいつもの笑顔を見せた。
「んなこと・・・。俺は薫が楽しそうにしてて、尚且つ美味しい焼肉楽しめたなら、それだけでめっちゃ嬉しいよ。もちろん俺も美味しい焼肉タダで食べられて大満足だし。別にさ、好きになれないってだけで、先輩はすげぇいい人なのは伝わってたよ。薫のこと真剣に気遣って考えてくれてたんだなって。だから問題なし!年末に食べ放題最高!」
「ふふ、そうだね。美味しかったね。」
その日も二人で、同じ家に帰れる幸せを感じながら帰路に就いた。




