第三話
12月に入って考え事をしていたある日、夕陽がいない講義が終わった後、少し周りから注目を集めがちな二人が俺の側へやってきた。
「こないだはど~も。」
「あ・・・えっと、透さんと葵さん、こんにちは。」
背の高い二人の立ち姿を見ていると、がたいも良くその顔立ちで人目を惹くのか、それとも雰囲気なのか・・・いずれにしても一般人とは違うオーラがある。
透さんはにっこり貼り付けた笑顔を向けたまま俺の側に座った。
「自己紹介が遅れてごめんね?俺は法学部2年の月島 透。んでこっちは俺の幼馴染で時任 葵。こないだは話が出来なかったんだけど、ちょっと君に興味あるからさ、お話してもいいかなぁ。」
パソコンを鞄にしまう手を止めて、俺は二人をじっと見た。
「興味というのは・・?」
「うん、聞いたところによると、薫くんは主席入学したすっごい賢い子みたいだからさ・・・俺頭がいい人って好きなんだよね。夕陽もそうだけど、どういう受け答えしてくるのか想像もつかないからさ。面白いし思わぬ何かのヒントをくれたり、刺激をもらったりするんだよね。興味湧いた子はほとんど直感ではあるけど、声をかけて話を聞くようにしてるんだ。」
「そうなんですか・・・」
透さんはどこか見透かすような真剣な表情をして、肩ひじをついた。
「ふふ・・・そんなに警戒しなくても、取って食ったりしないよ?それとも・・・こないだ俺が夕陽のこと誘っちゃったから、何か気に障った?」
「いえ・・・特には。・・・夕陽とお二人は親しいんですか?」
「・・・その様子だと夕陽に俺たちのことを聞かなかったんだね。親しいって程じゃないよ?彼が言ってた通り、ただの大学からの知り合いで、俺が勝手に彼の経歴を調べちゃったから詳しいけど・・・。優しい子だよね。ね、それよりさ・・・薫くんは将来何を目指してる人?」
「えっと・・・弁護士を志してます。」
「そうなんだね。俺もいずれは弁護士か検察官の資格でも取ろうかなとは思ってるんだ。」
「そうなんですか。」
「うん・・・。じゃあさ、薫くん好きなものってなに?」
「好きなもの・・・ですか?」
「あ、全然直感でいいよ、深く考えずに。別にアンケートでも心理テストでもなくて、ただ単に興味があって聞いてる雑談だからさ。出来ればたくさん教えてほしいな。」
表情を特に崩さず問う透さんの後ろで、葵さんは仁王立ちしたまま腕を組んで、窓の外を眺めている。
「ん~・・・焼肉とか・・・。小説とか映画とか・・・ですかね。」
「あれ、夕陽は入ってないの?」
「えっ・・・あ・・・もちろん彼も。」
透さんはクスクス口元に手を当てて笑って、グレーの瞳を細めた。
「じゃあ・・・夕陽を俺が食べちゃったら怒る?」
特に何でもないように聞かれて戸惑いを隠せなかった。
「え・・・と・・・」
「人間ってさ・・・簡単に目をつけられたり、人を傷つけるし、何でもないふりして自分を正当化するじゃない?夕陽はもし俺とセックスしたとしても、薫くんを傷つけないために事実を隠すと思うんだよね。何となく大学生やってますって顔してるけどさ、彼は実は必死に日常を送ってたんだよ。今にも壊れそうなの我慢して顔に出さないように、自分と周りの環境を守ろうとしてたんだよ。でもこないだ薫くんと一緒にいる夕陽を見たらさ、何か決心付いたような、覚悟が決まったような安心感が見て取れたんだよ。それってきっと薫くんの存在があるからでしょ?どうしても君を失いたくないだろうね。そんな彼がさ、浮気なんてしたら薫くんは許せる?」
この人はいったい・・・何を知りたいんだろう。
でもその言い様や問いかけから、仲良くなるための雑談をしたいわけじゃないらしい。
けど俺から何か個人的なことを聞きだしたいわけでもなさそうだ。
「・・・俺と夕陽を引き離したいんですか?」
「違うよ?だってこないだきっぱり誘いを断られちゃったしね。見込みがあっても本人に意志がないなら無理強いしないし、他を当たるよ。・・・ま、彼武闘の才能あったみたいだし、あのまま続けてたら高校生でも注目選手になれただろうけどね・・・。史上最年少でオリンピックの強化選手にも抜擢されるんじゃないかって言われてたんだよ。」
「・・・いまいち透さんが何を尋ねたいのか測りかねます。」
「薫くんのお母さまは弁護士だよね?結構その界隈でも腕がたつ人で有名みたいだけど、やっぱりお母さんに憧れて弁護士になりたいの?」
「・・・ある意味そうですね。」
「じゃあ・・・自分を捨てるように出て行って、アメリカで再婚したお父様のことはどう考えてる?」
「随分お調べになったんですね。どうとも思っていません。」
「それは嘘なんじゃないかなぁ・・・」
「例え何か思うことがあったとしても、それは家族間で共有する感情であって、人様に気軽に話すことではないですし、人の家庭の事情を、会って二度目に聞こうと思うのもおかしな話だと思いませんか?先輩。」
俺がそこまで言うと、彼はにんまり口元を持ち上げた。
「俺は初対面であろうと夕陽に家庭の事情を聴いたよ?妹さんを轢き殺した飲酒運転のドライバーに対してはどう思ってる?ってね。」
それを聞いて流石に看過出来ず立ち上がった。
すると透さんは特に変わらず俺を見つめて質問を続けた。
「で、俺が夕陽を食べちゃったらどう思う?」
「・・・・」
「感情論でいいんだよ?薫くん。」
「・・・悲しいです。彼が無理やり襲われたなら法的に訴えるべきだと思いますけど、合意の上でそうなってしまってどう思うかということなら、悔しいし・・・悲しくてその先は何をどう考えるかわかりません。」
「そうだよねぇ・・・悲しいよね。でも薫くんはさ、合意の上で体の関係を持ったコンビニの店長に、襲われて強要されたていで法的に訴えようとしたよね?それでお母さまと共謀して、会社側と本人から何百万もせしめるなんて大したもんだよ。なかなか中学生が思いつくことじゃないね。」
とっくに人気がまばらになった講義室で、彼は尚も淡々と続けた。
「どんな感覚だった?俺ものすごく薫くんに興味が湧いたんだよね。今の受け答えと、過去の所業で。年齢詐称を黙っていてもらう代わりに体を差し出してたんでしょ?そこに交渉成立はしてたよね?けど君は将来の学費のために訴訟を起こすことにした。入念に音声と動画の証拠まで揃えて・・・。クズは法的に裁かれるべきだと思った?それとも私怨でやることにした?自分がひどい目に遭うことで、お母さまに同情されたかった?自分のためにお金が手に入るなら、あらゆる行為を正当化してもいいと思ったのかな。」
ゴクリと喉を鳴らして黙って彼を見ていた自分は、驚くほど冷静だった。
「お察しの通りです。今おっしゃった全部、そう思いました。」
「そっかぁ・・・君も人間らしい人間だねぇ。でも法律を正しい使い方しようとするのはもう少しって感じかな・・・。でも誘導尋問にはなかなかならなかったね。まぁ激昂されてもつまらないけど・・・。」
「透、もういい時間だ。向かった方がいいぞ。」
葵さんがそう声をかけると、水を打ったように空気が変わった気がした。
「そうだね。薫くん、色々調べ尽くしちゃってごめんね。名誉棄損で訴えてもいいよ。」
透さんはそう言いながら立ち上がり、手をひらひら振って講義室を出て行った。
なかなか・・・出会うこと無さそうな人に出会ってしまったのかもしれない・・・
その後とぼとぼと帰路に就いた。
すると駅前を通りかかった時、ボーっとしていた自分の名前を呼ぶ声で我に返った。
「薫!」
「あ・・・夕陽。おはよう。」
「ふ・・・おはよ、もう昼だけど。今日は薫昼までだったか。」
「うん・・・」
夕陽の可愛い笑顔に癒されながらも、透さんが話していたことを思い出してしまう。
「どうした?・・・なんか元気ねぇな・・・。」
「ううん、大丈夫。」
「・・・薫、俺終わるの夕方なんだけど・・・その後家行っていい?」
「いいけど・・・。俺今日バイトだから、帰ってくるの22時過ぎとかだよ?」
「わかった、んじゃ夕飯作って待ってるわ。今日泊らせて。」
嬉しそうに提案する彼は、何かを察して意地でも側にいようとしてるみたいだ。
「うん・・・わかった。じゃあ待ってて。」
「ん・・・。」
夕陽は大きな手で俺の頭を撫でて、また愛おしそうに目を細めると、耳元で「好きだよ」と囁いてから大学へと向かった。
何で彼はこう・・・ナチュラルイケメンなことするんだろ・・・
気恥ずかしくなって顔を伏せながら、隠れるようにうちへ帰った。
東京は徐々に冷え始めてきているものの、まだマフラーや手袋を必須とさせる程の気温ではなかった。
去年の今頃は受験に向けて追い込みをかけいたものだけど、模試の結果も悪くなく比較的余裕はあった。
だけど司法試験ともなれば別だ。
いつものようにリビングのローテーブルに勉強用具を広げて、黙々と試験勉強を開始した。
けど頭の片隅で考えていたのは、誕生日プレゼントについて・・・
12月15日は先輩の二十歳の誕生日だ。日頃からお世話になってきたし、以前美咲さんから聞いた話も考えると、きちんとプレゼントくらい用意して渡したい。
参考書を見ながら手元のノートに記入したいものを書き終え、口述試験に向けて、問題集に書かれている問いの答えを口に出して読み上げる。
六法全書は中学生の頃から愛読している。母から買ってもらったプレゼントの一つだ。
先輩もなんだかんだ文芸部の部室に居た頃は小説を読んでいたし・・・本をプレゼントするのもいいかも。
ある程度問題をさらって、動画サイトで口述試験について参考になるものをいくつか探して視聴した。
面接形式で行われる口述試験は、実際受けた人の話を参考にするのが一番いい。
そうなると今の時代、ネットでいくらでも動画を上げている人がいるからありがたいものだ。
透さんはいったいどこから俺の情報を探したんだろう・・・
出身校や家族構成、家族の職業などは誰でも調べたらわかるかもしれない。
けど示談が成立した訴訟を起こしていない事件に関して、関係者以外に知る術は果たしてあるのだろうか。
いや・・・裏社会の人ならいくらでも人脈を使って探れるのかもしれない。
透さんは夕陽に対して、メリットになることはある、自分が成したい事のためにサポートも出来る、だから自分を守る盾になってくれと頼んでいるように見えた。
そして彼は頭のいい人が好きだ、とも言った。
自身が法学部であること、弁護士や検察官の資格を目指していることは、そういう人たちにとっていざというとき、法的に有利な立場になれるよう裁量を行うためだろうか。
何はともあれ・・・住んでる世界が違うことは確かだ。
先輩のような国を牛耳っていた財閥の一族に対してもそうだけど、ああいう人たちには内輪の話を聞かないことがベストだ。
何をどう言われようが、いくら身辺調査されようが、実害がないのであれば関わらないに越したことない。
恐らく彼は、俺が何を言われてもそう思うことも考慮していたから、あそこまでのことを言及したのだと思う。
誘導尋問が上手くいかなかった・・・というのが少し気がかりではあるけど・・・。
必要以上のことは考えない方がいい。
自分の存在のせいで、周りの人が何かに巻き込まれるならまだしも、俺自身が何か言われたり、危害を加えられたりする程度は慣れたものだ。
出来れば友達になりたいと思ったけど・・・
「交友関係って難しいな・・・。」
問題集を閉じて、少し遅い昼食の準備を始めた。




