第二十九話
年の瀬に高級焼き肉店で食べ放題となれば、今年はいい一年だった!と締めくくれること間違いなしだろう。
ウキウキしながら午前中、今日着ていく服を選んでいた。
「ふ・・・薫がなんか鏡の前でニコニコしてて可愛いんだけど~~なに~?焼肉そんな楽しみなんか。」
ベッドをソファ代わりのように座りながら、姿見の前で服を合わせる俺に、夕陽はニヤニヤして問いかけた。
「楽しみだよそりゃ~。高級焼き肉店なんてテレビでしか見たことないし、しかもタダで食べ放題なんだよ?特別たくさん食べられる体質ではないのが惜しいところだけど、こんな機会滅多にないし・・・。昼食は少なめにして、散歩でもして出来るだけお腹空かせとなきゃ。」
高級店となればそこまで焼肉の煙を気にすることもないだろうけど、匂いがついても構わないラフな格好でいいかな・・・。
「ドレスコードとかあったらやばいよな・・・」
ポツリと夕陽がスマホを眺めながら言うので、確かに・・・と気になった。
「焼肉店にドレスコードあるとこあるのかな・・・」
「場所によってはあるらしいよ。・・・気になるし調べとくか、店の名前聞いてるし・・・」
二人して不安になって、スマホに指を滑らせる夕陽に寄ってのぞき込んだ。
「ここだよな・・・銀座の・・・。・・・・・ああ~・・・若干あるっぽいな。」
「ホントだぁ・・・ジーンズ、ティーシャツ不可だって・・・。そもそも俺ジーンズは持ってないな・・・」
「そなの?まぁ俺もあんま履かねぇけど・・・。要するにシックでモード目な格好してたらオッケーってことかな?」
「シックでモード・・・かぁ・・・」
考えながらまたクローゼットを探って、出来るだけ温かくて匂いが付きにくそうな服を選ぶ。
黒いスラックスをさっと鏡の前で合わせていると、夕陽がひょいと後ろから顔を映した。
「前から思ってたけど・・・薫顔小さい上に足長めだよな~。スタイル良~」
ポケットに手を入れながら後ろに立つ夕陽は、背が高いせいで鏡から見切れている。
「・・・そうなのかな・・・。夕陽も十分足長さんだよ。」
「タッパあるとどうしてもそうは見えるよな。今更だけど、薫が背ぇ高い奴嫌いじゃなくてよかったわ。」
そう言って夕陽は腰を折って後ろからハグした。耳元や頬にキスされて、くすぐったいような照れくさいような気持ちになる。
「・・・例え嫌いだったとしても、夕陽なら関係なく好きになってるよ。」
鏡の中で目を合わせていた彼は、途端にくしゃっと笑って頬ずりした。
「んえ~~?そう~?うへへ・・・あ~やば、俺薫にデレデレしてるとだいぶ気持ち悪いからな~。高津先輩に引かれるだろうな~。」
「・・・大丈夫だよ、小夜香さんにデレデレしてる咲夜の方がだいぶ気持ち悪いから。」
「・・・お前結構言うなぁ・・・。」
「だってホントのことだし・・・。大学内であんなにモテまくって羨望の眼差しを一心に受けてる咲夜でも、ただの一人の男性なんだなぁって微笑ましくなるよ。」
「はは!そっかぁ、それはそれで確かになんか・・・親近感湧くかもな。」
その後お互い着ていく服を選んで、軽食を作って食べて、年末にしては暖かめの気温だったので、二人して散歩へと出かけた。
以前訪れた神社へと向かうため、夕陽の手を繋いで大袈裟にぶんぶん振って歩いた。
「ご機嫌だなぁ薫。」
「えへへ~だって夕陽と一緒に散歩嬉しいんだもん!」
子供らしい自分がはしゃぎながら夕陽の手を引いて歩いた。
「・・・なんか・・・散歩にはしゃぐ飼い犬みたいだぞ薫・・・」
「え~?そっかなぁ。でもいいよ!俺夕陽にず~っと大事に飼ってほしいもん!」
「そ・・・・」
口ごもる彼を見上げると、少し照れながら片方の手をコートのポケットに入れた。
「飼うとかそういう言い方するとほら・・・なんかエロイ感じするから・・・。」
「そうなの?・・・でも夕陽エッチ大好きじゃん。」
人もまばらな住宅街であっけらかんと言い放つ俺に、夕陽は尚も困ったような照れたような変な表情をした。
「そりゃ~健全な男子大学生ですから・・・。あ・・・大学で思い出したけどさ、冬休み開けたらちょっと一旦大学で、確認したいことあるから二人で行こ。」
「確認~?」
「ん、俺も薫も前期でそれなりに単位は取れてるはずだから、たぶん休学したままでも進級できる気はするんだけど、大学側と相談しないと何ともだからさ・・・。まぁ、薫が行けそうなら、春休みまでってひと月も大学行かないし、復学してもいいかなとは思うんだけど・・・。どう?」
きっと夕陽は今までの俺の様子を見て、無理なく通えそうならと勧めてくれているんだろう。
「・・・そうだね。俺も最近、家にじっと居ても勉強してなきゃなぁみたいな、焦りは感じてるから・・・。予定を詰めるように入れてたバイトは辞めたわけだし、晶さんのところにお手伝いに行くにしても、週二日くらいでいいって言われたし・・・夕陽と一緒なら大丈夫だと思う。」
「うん・・・。あくまで俺は薫の体調や精神面第一だと思ってるから。しんどいと思うなら行かなくていいし、必須科目だけの講義出たら進級出来るとかだったら、それだけ行けばいいしな。実際病気してたり、怪我してたりってのと違って、休学してることは周りからあんまり理解得られないと思うから、心配されたり色々聞かれたりしても薫もしんどいと思うんだ。だから療養するなら人と関わることは徹底的に避けた方がいいのかもしれないけど、復学することも目的の一つとするなら、先生が言ってたみたいに大学に行って空気感じて、勉強再開するっていう感覚を取り戻していくのも大事だからさ。」
「そうだね。」
「ん・・・でもそれもゆっくりのペースでいいと思ってる。行ってみてやっぱりしんどくて集中出来ないとか、混乱して体調悪くなるとか、そうなるなら無理していかなくていいし、どうせすぐまた休みに入るからな。」
「うん。・・・そう思えば大学ってかなり春夏冬って休み期間多いよね。」
「まぁな~。だからこそ薫みたいに、資格の勉強並行して取得目指すもいるし、夏季休暇のうちに留学とかホームステイ行く人もいるしな。バイトしまくって友達と旅行行って大学生活エンジョイだ~!っつって楽しむ人もいるし。」
「ふふ、そうだね。こうやって近所の神社に散歩に行くことも出来るしね。」
真っ赤な鳥居の前について、二人して一礼する。
「そだな。今年も世話んなりましたっつって、土地神様大事にすんのはいいことだと思う。」
夕陽の手を取って枯れ葉の落ちた小さな階段を上がる。
「夕陽は神様を信じてるの?」
「もちろん。あれ、その口ぶりだと薫は信じてないの?」
「ん~・・・俺は存在を信じるとかではないんだけど、自分の中で神様を信じて、その気持ちを御守りみたいにしまっておく感じかな。」
葉っぱがなくなった桜の木は、大きく静かに佇んでいて、いくつも他の木と寄り添いながら、根を張る家族のようだ。
「なるほど・・・御守りかぁ・・・確かに俺もそうかもなぁ。信心深いわけじゃないから、俺も祈る時だけ信じる気持ちに頼りたくて、その気持ちに縋ってる感じかも。」
二人して手水で清めながら、ちょろちょろと水を吐く竜の石像を眺めた。
「日本ってたくさん神社があるよね。海外にたくさん教会があるのと同じで。昔から守ってきた神様を祀る人たちがさ、ちゃんとその一族で受け継がれてて、信じる人が多ければ本当に力を持つ神様は実在してるんだと思う。でも俺たちは滅多にそんな力にあやかれると思ってないからさ、だから信じる力をちょっと養うために神社に行くんだよね。お世話になりましたとか、今年も頑張れますようにとか、誰かのために祈ったり、たまにそういう自分の力を信じたくなっちゃうんだよねぇ。それだけ人間は心が折れやすくて弱い生き物だからかな。」
夕陽は俺の手を握って参道の端を歩きながら、人気のない神社を見回した。
「ふふ・・・そこまで達観してる薫なら、神様の力なんて必要なさそうに思えるけど・・・自分を信じたいって気持ちを強くするための・・・バフ掛けみたいなことが出来るのが神社なのかもな?」
「ふふ、そうだね。・・・夕陽ゲームあんまやらないって言ってたけど好きなの?」
「まぁ好きは好きだよ?最近は薫とイチャイチャすることが優先だからやってねぇけどな。」
ニヤニヤする夕陽に笑みを返しながら歩いて、大きな賽銭箱の前までやってきた。
「夕陽と一緒に過ごしててわかったんだ・・・」
「ん~?」
「お互いを支え合うってさ、お互いのために弱い気持ちを、守りたいっていう強い気持ちに交換することだって。だから神社でも同じことをするんだよ。不安な気持ちを祈りや誓いに変えるんだ。お百度参りとかさ、たくさん歩いて大事な人の病気が治りますようにってするじゃん。不安で仕方なくて怖くて仕方なくても、自分が出来る祈りがあるなら、それを力に変えたいもんね。」
「そうだなぁ・・・。」
二人して静かに小銭を投げ入れた。そして二礼二拍手一礼する。
頭の中で神様にお礼を申し上げながら、改めて名前を名乗って、誓いと願いを念じる。
静かに目を閉じていると、隣にいた夕陽が急に口を開いた。
「俺は今日、祈るのと同時に言霊を信じることにする!薫と一緒に長生きする!」
「ふ・・・・あはは!」
思わず笑ってしまってお腹を抱えると、夕陽は満足そうに笑みを返した。
「ふふ・・・あ~笑った・・・。俺も同じこと考えて祈ってたよ。」
「そっかぁ~やっぱな~。・・・な、薫、年明けたら初詣もここ来よっか。」
「うん、そうだね。」
日差しはとても暖かいけど、頬をかすめる風はやっぱり少し冷たくて、人気もないので暖かそうに厚着した夕陽にぎゅ~っと抱き着いた。
しらばく参道の脇にあるベンチで休憩した後、まだまだ目的地に行くには時間がたっぷりあったので、年末でお店も閉まっているし、一度家に戻ることにした。
家に着いて、リビングで温かい飲み物を淹れて、二人してゆっくり読書しながらいると、ふと思う。
今でも時折人格が変わりはするけど、以前よりは圧倒的に一日の回数的に減少してきた。
ネットで少し調べたところによると、別人格を持つ人は、だいたいが互いにそれを認識していて、別々に名前があるらしい。
「俺にはないのかな・・・・」
子供らしく振舞う天真爛漫な自分。女性らしく夕陽の彼女のように振舞う自分。粗暴で口が悪い自分。
全部認識はしているものの、見える視点が違ったりすることもある。
元の俺自身が意志疎通を取れていないと、名前を教えてくれないんだろうか。
「なに~?」
俺の独り言に反応した夕陽が、頭をそっと撫でる。
「えっと・・・別人格になってる時、もちろん元の俺の意識もあるんだけど・・・同じ解離性の人はそれぞれ皆名前が違うみたいなんだ。でも俺はそれを知らないし、別人格の時別の名前を名乗ってもいないなって・・・」
「あ~・・・そう言われればそうだなぁ・・・。それって・・・名前ないとダメなもんなの?」
「ん~先生と話してる別人格の時に、時々名前を聞かれることはあったんだけど、普通に薫って名乗ってた時もあった・・・よね・・・。特に先生は言及してなかったし、ダメとかではないだろうけど・・・俺自身が名前を分けちゃうと元通りになれないとか思ってるからなのかな。」
読みかけの本をボーっと見つめると、夕陽は俺の頭を引き寄せてキスした。
「俺にはわかんないから、今度先生に相談してみよ。薫はそんな悩みすぎなくていいの~。Take it easy.」
「ふふ、何で英語?」
ふと夕陽の手元を見ると、英会話の本が握られていた。俺の本棚から適当に見つけたんだろう。
「それ俺が中学生の時に読んでたやつ。」
「げ、マジで?俺薫が中学生の時より英語出来てねぇのか・・・。てかさぁ・・・中高の時って所謂受験英語っつーか、日本って英会話を教えるわけじゃねぇじゃん。薫何で話せるようになったん。」
「それはまぁ・・・本を読んでたっていうのもあるけど、保健室登校してた時、保険医の先生が話せる人だったから、結構教えてもらってた。」
「ぐえ~~マジか~~言語力の差が・・・」
「ふふ・・・何をそんなに焦って勉強する必要があるの?」
夕陽は黙って視線を逸らせて、少し恥ずかしそうにしながら言った。
「ん~いや・・・焦ってるわけではないけど・・・ほら・・・もしその・・・将来的に?海外に移住することになったらさ、って・・・考えてたから。」
「・・・え・・・・夕陽・・・海外で働きたいの・・・?」
一瞬で胸の内がきゅっと絞まる感覚がして、不安に襲われた。
「へ?いや、違う違う!そうじゃなくて!ほら・・・薫と・・・結婚したいから・・・ほら・・・日本では無理だろ?だから・・・な?一緒に移住とかもありかなぁって・・・。ま、そうなりゃ向こうで働くことになるから、ある意味そうだけど・・・。」
視線を泳がせてニヤニヤしながら頭をかく夕陽が、途端に可愛く思えてぎゅっと抱き着いた。
今年は本当に、幸せが年末に集中している気がする。




