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夕陽と薫  作者: 理春


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第二十八話

翌日、彼の宣言通り新しいベッドフレームが届いた。

夕陽は手際よく自分の部屋に広げて、マットレスや掛布団を重ねた。

収納スペースに服を仕舞ったり、お気に入りの小説を枕元の棚に置いたり、今夜から二人で存分に足を伸ばして眠れる空間が出来上がった。


「あ~~~・・・寝心地いいなぁ・・・」


「そうだね、お値段以上だね。夕陽の足もギリギリ伸ばしきれる長さでよかったね。」


「ふふ・・・ま、何かしら生活用品買うときは、身長も考慮するからなぁ。」


二人で大の字になった状態から、ゴロンと夕陽に向き直った。


「ねぇ、身長高くて困った事ってどんなこと?」


「んえ?ああ・・・ん~まぁなんつーかドアのサイズ感が小さいとこは、気を付けないと頭ぶつけるな・・・。後はまぁ・・・人と面と向かって話してると首疲れるって言われるし・・・。俺子供好きなんだけど、小さい子にちょっと怖がられるんよな・・・。」


「あはは、そうなんだ。じゃあ逆に良かったことは?」


「良かったことなぁ・・・・何だろ・・・あ~俺小さい頃から空手やってたけど、まぁ体格がいいと恵まれてるって言われるし、有利ではあったかな。スポーツは大概出来たけど、高校の時バスケ部だったから、身長だけでレギュラーだったようなもんだし・・・。後はあれかな、別に俺イケメンでも何でもないけど、身長高いとカッコイイっていう付加価値あるみたいで、女の子に若干モテてた時期あったよ。」


「へぇ~・・・そうなんだ。」


「あれ?焼きもち妬いた~?」


夕陽は同じく俺に向き直って、ニヤニヤして俺を抱き寄せる。


「特に妬いてはないけど・・・モテることは夕陽にとって良かったことに入るんだなぁと思って。」


「そりゃまぁ・・・健全な男の子なので・・・。嫌われるよりはいいかな。まぁでもあれだよ、カッコイイって言われることもあったけど、学生の頃の女の子のモテ基準ってやっぱ顔だからさ、身長高いだけじゃんって言われてたこともあったよ。」


「そうなの?」


「うん、高2の時半年くらい付き合ってた子がさ、結構ハイスペックな子で・・・めっちゃ美人だったんだけど、周りはやっぱ何で彼氏が朝野なの?みたいな空気あったし言われたわ。」


「ふぅん・・・まぁ子供は無為に人を傷つけるからね・・・。」


「ふふ・・・そうね。」


昨日晶さんから美咲さんの話を聞いて思ったけど、夕陽であっても誰であっても、苦い思い出というのはあるもんなんだなぁ。


「あ、俺以外の誰かのこと考えてるだろ~。」


頬を撫でながら言う彼が、隣にいる幸せを噛みしめていることをまた理解している。


「誰かのことを考えることがあっても、ずっと一緒に居たいのは夕陽だよ。」


彼はまたニンマリ笑っていつものように俺の頭を撫でた。


夕陽がバイトに行くまでの午前中を二人っきりでゆっくり過ごして、また玄関に立って彼を見送るまでが俺のルーティンだ。


「いってらっしゃい。」


「おう、いってきま」


「あ、待って」


少し乱れたマフラーを整えてあげると、夕陽は腰を屈めてキスした。

そっと離れた夕陽の優しい笑顔に、家を出て行ってしまう寂しさを堪えるように抱き着いた。


「また休憩時間になったら連絡するな。それまで何かあったら電話して。何か伝えたいことがあったらメッセして。」


「うん。」


毎回俺におまじないのようにそう言う彼は、また一つ俺のおでこにキスを落として出かけて行った。

今までのことがなかったように、塗り替えるように夕陽と時間を重ねていた。

一つ一つの小さな幸せが、自分を生かしてくれているのだと実感していた。


それから家事を終えた後、パソコンで色々調べものをした。

妊婦さんのこと、料理のレシピ、効率のいい掃除の仕方、女生とのコミュニケーションの取り方・・・などなど。

自分が知らないことは全部、興味を持ったことも含めて調べ尽くした。

そのうちお昼ごはんを食べ損ねていることに気付いて、昨日の残りのおかずとおにぎりを拵えて口にした。

家事をしたり調べものをしていて気づいたのが、集中力が戻ってきていること。

本棚にある法律関連の本を開いて、どれくらい集中して読み続けていられるか試してみることにした。

ソファで楽な姿勢を取って、時折お茶を飲みながら読みふけり、そのうち小一時間程経っていた。

夕陽と一緒に今度図書館にも行こうと思っていたけど、年末だしさすがに開いていないところも増えるだろうな・・・。

けど明日は咲夜と小夜香さんと焼肉に行く。外や人込みの空気にも慣れておきたい。

かと言って一人で遠出はしたくない・・・。

本を棚に戻しながらまごまごしていると、次第に体に重しが乗るような疲労感がやってきた。


「ふぅ・・・。大丈夫大丈夫・・・せめてスーパーに買い出し行きたいな・・・。」


明日は食べに行くとしても、もう年末ならたくさん買い置きしておくに越したことない。

夕陽は夜まで帰らないし・・・一人で・・・行けるかなぁ・・・

躊躇ってはいるけど、それでもどうにか重い腰を上げたかった。

とりあえず身支度を始めてクローゼットからピンクのコートを取り出す。


夕陽が俺に買ってくれた、初めてのクリスマスプレゼント・・・


周りの目を気にしてなかなか着れなかったコートも、今は見ているだけで嬉しいものに変わった。

せっかくなので中に着るセーターも白くてユニセックスなものにして、黒のフレアパンツを履いた。

姿見で自分の立ち姿を見ると、何となく様になっている気もした。

最後にお気に入りになったそのコートに袖を通す。


「よし・・・」


いざ鞄を持って靴を履き、玄関の戸締りをした。

何でもない日でも、ワクワクしながら過ごしたい。

療養するってどういうことなのか自分ではよくわからなかったけど、精神科の先生いわく、心身ともにゆっくり出来る時間を自分で作り出すこと、と言っていた。

あるいは空気のいい場所に居住を移して、俗世から離れて落ち着きを取り戻すこと。

人通りもまばらな平日のお昼、街を歩きながら思った。

果たして現代人のどれ程が、自分を労わって休もうとそんな時間を作れるだろうか。

横断歩道の前で足を止めて待ちながら、まばらな車の流れを見守った。


俺はすごく恵まれてるなぁ・・・。


使い込んで古くなってきた肩掛け鞄の紐を持ちながら、ボーっとそう思った。

働かずに養ってくれる人がいる。家賃を免除してくれる家を紹介して、仕事まで与えてくれる人がいる。

身に余るほどの幸運。

青信号をゆっくり進みながら、近くの駅前のスーパーへと向かう。


人は人とのめぐり逢いでその運命が変わるらしい。

例えば病気もして家族仲も不仲で、精神も崩壊していた幼少期は、悪い運に巻き込まれていただろう。

学校に行けばいじめに遭って、バイトに行けばセクハラとパワハラを受けて、そんな人生に光が差したのは、間違いなく咲夜の存在だった。

咲夜がいたから毎日が楽しみになったし、精神的に救われたことも多々あった。


なのに俺ときたら、こないだ会った公園で話せば、堂々とふざけんな弄びやがってと、過去の所業を責め立てて、挙句の果てに責任を取れと言ってしまう始末。

今の家にのうのうと暮らせているのは、咲夜から美咲さんにツテがあってのこと。

なんて理不尽なことを言ったんだろう俺は・・・

スーパーについてカゴを持ちながら、反省というより自分に呆れかえった。

どの口がそんなことを・・・と逆切れされても文句言えないのに、咲夜はあろうことか、自分のしたことの責任を取ると言い出した。

そんなこと今更求めているわけじゃないのに、女性らしい人格の自分は、心の奥底でモヤモヤしていた怒りを今になって蘇らせた。

咲夜は素直に、言われた通り俺のことを考えているんだろうか。


安く値が付いた季節ものの野菜を手に取りながら、ひょいひょいとカゴに入れる。

今夜はほうれん草のお味噌汁にしよう。メインはどうしよう・・・お腹空いてきたな・・・。

注意力散漫で、何を考えていたのか忘れて、今晩のメニューに思い悩んだ。

買い込みたいけど・・・自分が持って帰れる重さにしないと大変だ。

と思いつつショッピングカートにカゴを乗せて、本格的に品定めし始めると、結局まぁまぁな食材の量になってしまった。


あれぇ・・・?制限しなきゃって思ってたのに・・・


予算的にはオーバーしていないだろうけど、がっつり重さのある大きな袋を二つ分は、想像以上の重量になることを知っている。

筋トレしてる夕陽と一緒に買い出しに行くと、必ず重い物ばかりを自分が持つ方に入れて、軽い方を俺に差し出すんだ。

今日はそうはいかない・・・でも・・・・いやでも・・・


「薫さん」


カゴを眺めて思い悩んでいると、隣から急に声をかけられた。


「へ!!・・・あ、小夜香さん・・・」


「ごめんなさい、ビックリさせちゃって・・・。薫さんも年末の買い出し中ですか?」


「あ・・・はい。」


「そうなんですね、そういえばおうち駅近だって咲夜くんから聞いたような・・・徒歩ですか?」


小夜香さんも同じことを心配したのか、俺のカゴを見つめた。


「・・・ええ、そう・・・なんだけど・・・ちょっと精神疾患抱えるようになってから、集中し出したらずれないのに、買いすぎたら持って帰れないっていうことを失念してたり・・・」


「そうなんですか。でも全部買わなきゃいけない物ではあるんですよね?」


「そうですね、今買っといたら楽かなって・・・持って帰ること考えてないのに・・・」


気恥ずかしくなって頭をかくと、小夜香さんは気さくに笑ってくれた。


「ふふ、そういうときもありますよ。私お父さんと車で来てるので、良かったらおうちまで送っていきますよ。」


「・・・え・・・いや・・・でも・・・」


俺が困っていると、小首を傾げる小夜香さんの後ろから、夕陽くらいの高身長な人影が見えた。


「誰かと思ったら柊くんか。」


「あっ!!島咲さん・・・こんにちは。」


同じくカートを引いて小夜香さんの隣に戻ってきた島咲さんは、申し訳ないけどショッピングカートがものすごく似合っていない。

高身長なイケメンに似つかわしくない、ビックリするくらいの違和感。

俺があたふたしているうちに、小夜香さんは俺の事情をさっと説明して、あれよあれよと送ってもらう運びになって会計を済ませた。


「以前送った所までなら道はわかるけど、マンションの前まで送るから近くになったら教えてくれ。」


「は、はい・・・」


何でこんなことに・・・

一緒に後部座席に座っていた小夜香さんが、楽しそうに声をかける。


「明日は一緒に焼肉楽しみですね♪」


「あ・・・そうですね。・・・島咲さん、焼肉店の優待、咲夜から俺と夕陽も誘ってもらったんです、ありがとうございます。」


「ああ、別に構わない。俺は行く暇ないからな、元々子供たちに行ってもらおうと思ってたし。」


「全然気なんて遣わないでいっぱい食べましょうね。」


若干緊張気味な俺に、小夜香さんは可愛らしい笑みを向けてくれた。


「ありがとうございます。」


「薫さん、前も敬語使わなくていいって言ったのに・・・」


そう言いながら細い眉を下げる彼女を見て、ふとリサのことを思い出してしまった。


「あ・・・えっと・・・なかなか抜けるまで慣れなくて・・・女性相手だと特に・・・。あ、そうだ・・・来月半ば以降からになると思うんだけど、美咲さんご夫婦のご自宅に、使用人として夕陽と雇われることになって・・・」


「え!!そうなんですか!?」


「うん、その・・・俺たち二人とも休学してるんだけど、夕陽がずっと働きに出ていると、俺が家で一人きりになるから、どうしても不安になったり落ち着かなくて・・・何か在宅で出来る仕事をもらえませんかって相談したら、奥様が妊婦さんだし、手伝いに来てくれると助かるって話になって・・・ありがたいことに、家事手伝いをさせてもらうことになったんだ・・・。二人で一緒に行ったら安心だし、晶さんも話し相手がほしいと言われて・・・」


俺がおずおずと説明すると、小夜香さんは心底嬉しそうな笑みを見せた。


「え~そうなんだね!実は私もちょっと晶ちゃんのこと心配してて・・・そこまでおうちが離れてるわけじゃないから、私時間があったら顔出してたんだけど・・・最近は勉強忙しくてなかなか会えなくて・・・晶ちゃんも私に気遣ってわざわざ出向かなくていいよって言ってくれてたから・・・普通に一族の使用人の方が来てくれるよりずっと嬉しいと思う。だって新しい友達が出来るってことだもんね。」


屈託のない笑顔を見せられて、なんて素直でいい子なんだろうと思った。


「そう・・・だね。俺もその・・・おこがましいけど、同じくらいの年頃の友達ってそんなにいないから、関われるのが嬉しいし、自分が出来ることがあるなら何でもしたいなって思ってたから、いい機会をいただけて・・・本当に感謝してもしきれないというか・・・。自分が思ってるより、咲夜から小夜香さんや、美咲さんや晶さん・・・島咲さんも、関わることないはずの方たちにお世話になってるから、何かを返せるように頑張らなきゃなと思って・・・。」


俺がそこまで言うと、小夜香さんは口元に手を当ててふふっと笑った。


「そんなぁ・・・お友達なんだったら持ちつ持たれつというか、お返し考えなきゃなんてスタンスでいなくていいよ。でもそういう薫さんの気持ちとか、真面目なところは好きだけど。」


真っすぐな言葉と、可愛らしい笑顔でそう言われてしまうと、さすがに胸がぎゅっと掴まれるものがあった。


「・・・・・また咲夜に怒られそう・・・」


「え??」


「いえ、何でも・・・」


彼らはとても真面目で優しくて、聡明で賢明で、優れた一族なんだと思った。

だからこそ何百年と歴史があったのだと思うし、関わることが出来たのは何か不思議な縁だろう。

彼女の言う通り、持ちつ持たれつの友人関係を築けることに、改めてありがたく思った。



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