表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夕陽と薫  作者: 理春
26/41

第二十六話

季節は年末真っただ中、俺は以前夕陽と話し合った旨を、美咲さんに連絡した。

それで都合が良ければ27日、うちに来てほしいと言われた。

夕陽は28日がバイト納めで27は休みだったので、了承を伝えて二人して自宅を訪ねることにした。


「そういえばさ・・・」


連絡された住所を確認していた俺に、彼は部屋着を脱ぎながら言った。


「美咲さんの奥さんは、何で薫に会ってみたいって言ってたんだ?」


そう言われて今まで連絡されていたメッセージを読み返す。

理由話してくれてたっけ・・・ないな・・・・


「・・・わかんない。」


俺が正直にそう言うと夕陽はふんわり笑った。


「ふ・・・そっか。何でだろうなぁ・・・まぁそれも会った時に聞けばいいことか・・・。」


二人して着替えを済ませて、コートを出すためにクローゼットに手をかけた。

いつも同じものに手を伸ばしがちだけど、夕陽に買ってもらったパステルピンクのコートは、なかなか袖を通していない。

そっと手に取って悩んでいると、ジャケットを着た夕陽が俺を覗き込んだ。


「・・・それ着る~?」


「そうだね、着ようかな。」


「・・・別に買ってもらったからって俺に気ぃ遣わなくていいんだぞ?」


かぶりを振って夕陽を見上げた。


「違うんだよ。・・・先生がさ、俺の精神療法の最終的な目的は、人格の統合だって言ってたじゃんか。俺・・・ずっと、今の元々の自分に、他の人格が合わせて妥協してもらうみたいに考えてたんだ。でも・・・それって違うなって・・・。全部が俺自身なんだから、女の子っぽい格好をしたいっていう自分も、間違いなく自分だし、夕陽の彼女みたいに振舞いたい自分も、肯定してあげるべきだなって思ったんだ。全部まとめて自己肯定してあげなくちゃさ・・・それっておかしいって自分に言ってるみたいになっちゃうし。人に否定された時に傷つくのは、自分がおかしいって思ってるからでしょ?俺は思いたくない。男性を好きになる自分も、女の子の服を着たい自分も、別に普通だって言いたいから。」


「・・・そうだな。俺もそう思うよ。俺はそういう薫が好きだよ、全部まとめて。」


その決断は勇気が要るものだった。自分を認めること、自分を愛せるために考え方を変えること。


「でもね、そう思えてそう行動出来るようになったのは、間違いなく夕陽が居てくれたからだよ。」


溢れそうになる涙を堪えて、そっと彼に抱き着いた。

いつもの優しい腕が俺を包み込んで、夕陽はそっと俺の頭に頬を乗せた。


「うへぇ・・・そんないいこと言われても、俺は何にもいいセリフ浮かばねぇなぁ・・・。」


「愛してるよ、夕陽。」


「うわぁ・・・・殺し文句・・・。今日の俺はもうニヤニヤです。高津先輩ご夫妻の前でニヤつかないように気を付ける所存です。」


「ふふ!そうだね。」


ピンクのコートを身に纏って準備を済ませ、夕陽と手を繋いで家を出た。


美咲さんのご自宅は隣町で、一駅先だった。

しっかり手土産を持って、電車に乗り、早々に降り立ってソワソワしながらスマホでマップを確認する。


「なんか・・・妙に緊張してきちゃった・・・」


「そう?会いたいって言われてるんだから歓迎してくれるし、そんなに長居するわけでもないから大丈夫だよ。」


「そうだよね・・・そうなんだけど・・・美咲さんってさ、咲夜と随分雰囲気違うじゃんか。」


「ん~・・・俺そもそも咲夜さんとすれ違ったり、図書室で薫と話してるの一瞬見たくらいだから・・・あんまわかんねぇな。」


「それもそっか・・・。こっちだ、いこ。」


また夕陽の手を取って住宅街を縫うように歩いて行く。

東京でも有名な高級住宅街だからか、チラホラ高級車が家の駐車場に見受けられる。


いまいち俺は、美咲さんの人柄を掴めないでいた。

礼儀正しくて人情深い人なんだと思う。

でもそもそもまだ関わりだして日が浅いし、元財閥の当主だし・・・そんな簡単にわかるものでもないのかな。


「美咲さんとも・・・仲良くなれたら、咲夜と同じく友達として接してくれたりするかな・・・」


夕陽の温かくて大きな手を握りながら呟くと、夕陽の優しい声が返ってきた。


「そうだな、俺もどんな人なんだろうって若干不安なとこはあるけど、関わってみたら案外年相応な人かもしれないぞ?きっとなれるよ。」


頷き返してまたマップを確認すると、夕陽も画面を覗き込む。

それから5分歩いて家の前に到着した。

予定より少し早く着いたけど、目の前にあったのは、想定していた家より少し大きい一軒家だった。

一つ深呼吸して、そっとインターホンを押す。

少し待って機械音で返ってきた声は、とてもお淑やかで澄んだ声だった。


「はい、どちら様ですか?」


「あ!あの・・・美咲さんにお招きいただきました、柊と朝野です。」


「あ!お待ちしてました!すぐ出ますね~。」


短いやり取りを終えて、どんな人だろう・・・と夕陽に目配せして身構える。

ガチャリと門扉の奥で開いたドアから、髪の長い女性がひょこっと顔を覗かせた。

そしてパァっと明るい表情をして、ゆったりしたワンピースを纏っていた彼女は、小走りにこちらにやってきた。

同時に玄関に美咲さんの姿も見える。


「わざわざすいませ~ん」


「晶!!走らなくていい!!」


美咲さんの焦った表情と声で俺たちもハッとなる。

そうだ!奥さん妊婦さんだ!


「あ!あ!」


俺と夕陽が慌てるように同じ反応をしていると、さっと目の前にやってきた彼女は、門扉を開けながら屈託ない笑みを見せた。


「ふふ・・・ごめんなさい、はしたなくて・・・。ご足労いただいてすみません、どうぞ。」


ひやひやしている俺たちをしり目に、奥さんは今度は静々と迎え入れてくれた。

玄関に上がって、心配そうに眉を下げる美咲さんに会釈する。


「美咲さんこんにちは、お招きいただいてありがとうございます。あの、これよろしかったら召し上がってください。」


「ああ、わざわざありがとう。えっと、朝野くん、一緒に来てくれてありがとう。」


「いえ、初めまして。朝野 夕陽です。薫がいつもお世話になってます。」


美咲さんはそれほどのことはしてない、とでも言いたげに落とすような笑みを見せて、奥様に手土産を渡した。


「気を遣ってくれてありがとう。すぐお茶淹れますね。」


にこやかに答えた奥さんは、お茶菓子を受け取っていそいそとキッチンへ入った。

その人は、到底奥さんと言われる歳には見えない。当然だ、俺たちと同じく大学生なわけだし・・・。

咲夜の結婚願望にしてもだけど、財閥の方って皆結婚に対する意識が若い頃からあるんだろうか。

美咲さんはソファに座ってもらう方が温かいからと、スリッパを出し、俺たちのコートを預かりながら促してくれた。

そっとふかふかのソファに腰を下ろすと、隣に座った夕陽がそっと耳元で声をかけてくる。


「奥さんめっちゃ美人だな・・・」


「・・・そうだね。ドキドキしちゃった?」


俺がそう意地悪を返すと、夕陽は口元を持ち上げて苦笑した。


「まぁある意味緊張でドキドキはするわ。」


「そうだよね、俺もあんな綺麗な人の前だとドキドキするなぁ。」


そうコソコソ話しながらいると、お茶を準備してくれた二人が目の前に美味しそうな紅茶を置いてくれた。


「いただいた焼き菓子、美味しそうだったから、よかったら皆で頂きましょう?」


綺麗な声でそう言われて、思わず二人して恐縮しながらもいただくことにした。

美咲さんもだけど、二人はとても所作が丁寧でかつ優雅だ。

咲夜も小夜香さんも育ちの良さがわかる立ち振る舞いだったけど、二人は段違いのように思えた。

少し大きくなっているお腹に手を添えて、奥さんはそっとソファに腰かけて言った。


「今日はわざわざ来ていただいて本当にありがとう。ご挨拶遅れてごめんなさい、高津 晶と申します。松崎財閥、元十五代目当主をしていました。財閥が解体されてからは普通の大学生だったのだけど、美咲くんと結婚してしばらくして赤ちゃんが出来たから、今は3回生だけど休学しているの。お二人の事情は美咲くんから伺っています。柊さん、咲夜くんと仲良くしてくれてありがとう。」


晶さんはそっと頭を下げた。そのお辞儀一つでも、十分に品格が伺えた。


「い、いえ・・・こちらこそ本当に、咲夜さんには高校時代からお世話になってまして・・・。でも今はその・・・先輩と後輩じゃなくて、友達として親しくしていただいているので、お二人の話も時折聞かせてもらっていました。今日は年末なのにわざわざお時間いただいて、ありがとうございます。」


美咲さんにも視線を向けながらお辞儀を返すと、彼は咲夜によく似た笑みを見せた。


「いや、それはこちらも同じこと。・・・以前も電話で少し話はさせてもらったけど、同じことを妻にも提案した。二人としてはどうだろうか。」


俺たちは顔を見合わせて、以前話し合った懸念点などを述べた。

二人は頷きながら聞き入れ、美咲さんはそっと紅茶に口をつける。


「そうか、朝野くんのお母様は医療従事者なんだな。確かに・・・二人の言い分は最もだな。もちろん晶には主治医がいるし、定期的に産科のサポートも得ているけど・・・風邪一つでも、胎児にどんな影響があるかわからないのは事実か・・・」


美咲さんは思案するように口元に手を当てて、晶さんに意見を伺うようにチラリと視線を向けた。


「確かに私は普通の妊婦さんより、健康面で気をつけなきゃいけないとは思ってるわ。出産は未知なことだし、産科の先生でもどういうことが起こりうるかはわからないとおっしゃっていたし・・・。自分が具合を悪くするだけなら、いくらでも薬を使って治療出来るけど、妊婦だと使える薬は少ないから・・・。でもね?気持ちとしてはとても来てもらいたいと思っているの!私はもう大学には通っていないからコミュニティが少ないし、正直話せるお友達がほしいわ。」


ニッコリ俺たちに笑顔を向けてくれる彼女は、また美咲さんに視線を返した。

美咲さんは少し考えるように視線を落としてから、改めて俺をたちを見やる。


「なら・・・ここからもう一度二人に提案したいんだが、週に二日程度手伝いに来る、というのはどうだろうか。」


「週二日・・・ですか。」


「ああ、柊くんは今療養中なわけだし、そこまで荷が重い仕事を頼むつもりは毛頭なく、労働時間を長く設定するつもりもなかった。だけど朝野くんに関しては、現在二人暮らしの経済面を担っているわけだから、それなりの給料を支払わなければ手伝いにくるメリットがない。だいたいの給与だが、朝から、もしくは昼からこちらに来てくれたとして、俺が帰ってくる夕方や夜まで居てもらって、一人日給一万円としよう。それが二人分で二万円、週二日なら四万だな。それでひと月勤めると十六万円だ。それくらいだと二人で生活する分には困らないと思うんだが、どうかな。」


それは確かに十分な額のように思えるけど・・・

俺が口を開けずにいると、夕陽が口火を切った。


「あの・・・それだとそもそも日給が少し高いと思います。プロの使用人ならまだしも、俺たちはただの大学生ですし、何一つ専門知識がありません。美咲さんがお願いされてる限りだと、家に来て家事を手伝って、もしくは庭仕事なんかもお手伝いして、ご飯を用意する程度で1万円ってことですよね・・・。そこで家事以外に上乗せして、趣味になることのレッスンとか、勉強を教えるとか、俺たちが出来そうなスキルを提供するということならまだしも、そこまでお金をもらうのは申し訳ないです。」


「・・・なるほど・・・仕事量と釣り合っていないと・・・。けど二人が懸念している健康面を気遣う、ということを考えるとなぁ・・・」


これは・・・なかなか妥協案が見つからないかもしれない・・・

晶さんがおっしゃっていた通り、妊婦さんが風邪の一つでも引いてしまったら、どんな悪影響があるかわからない。

給与や労働形態よりも、そこが一番の肝であって重視しなきゃならないことだ。

美咲さんとしては、奥さんの健康面と精神面、そして胎児の命が最優先のはず。

最善策は何か、しばらく4人で考えあぐねていると、夕陽が静かに口を開いた。


「あの・・・」


「なんだ?」


「さっき言ったように給与はプロじゃないんでもう少し下げてもらうとして、俺は一応元助産師の息子なんで、妊婦さんが気をつけなきゃいけないこととか、緊急時の対処とかは母から聞いておくことにします。確認なんですけど、もし晶さんに何かあった場合、美咲さんはすぐに駆け付けたりは出来ますか?」


「・・・ああ、そこまで遠方に仕事に行くことはないから、帰ろうと思えば融通は効くな。」


「そうですか、それなら良かったです。」


夕陽はチラリと俺に視線を向けて、ニッコリ優しい笑みを見せた。


「薫の正直な気持ちと意見を聞きたい。俺としては、美咲さんや奥さんが望んでくれるなら、手伝いに来るのは悪くないと思う。」


「・・・・俺は・・・何かあった場合どうしたらいいんだろうってなることが一番心配ではあるけど、そこは自分で心得ておくために、夕陽のお母さんの助言を俺も聞いておきたい。自信があるわけじゃないけど、少しでも自分の存在を必要としてくれるなら、力不足にならないように勉強しながらでも、お手伝いしたい・・・です。」


そう言いながら俯くと、夕陽の優しい手が俺の頭をそっと撫でた。


「美咲さんが薫のことを気遣って色んな事情を聴いてくれたことも、晶さんが薫の話を聞いて会ってみたいと言ってくれたことも、俺は嬉しく思ってます。万が一のことが起こらないために、細心の注意を払うことを前提として、少しでもお役に立てるなら・・・お手伝いさせてもらえませんでしょうか。」


夕陽はゆっくり腰を折って頭を下げた。

俺もそれに倣って頭を下げる。


「ありがとう二人とも。これから気を遣わせることになるけど、それ相応に給与は支払うつもりだ。晶・・・それでいいな?」


「もちろんよ!うふふ、嬉しい~。二人ともよろしくね。」


晶さんは嬉しさを堪えるように口元に手を当てて微笑んだ。

釣られて笑みを返すと、彼女は本題とばかりに咳払いをした。


「あの、それで・・・二人の馴れ初めを聞いてもいい?」


キラキラとした瞳でそう言われて、俺も夕陽も呆気に取られていたけど、美咲さんは側でクスリと笑っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ