第二十四話
夕陽と一緒に過ごすクリスマスに、散歩したことのない公園とは反対側の神社の方へ向かった。
毎年夏祭りも行われているらしいそこは、そこまで広くはないけど掃除が行き届いていて、桜や銀杏の木が植わっていた。春か秋に来たら一層に見栄えする場所だろう。
その後近くのカフェでランチをして、人込みに慣れるためにもと、繁華街へ向かうことにした。
「薫、しんどくなったり気分悪くなったりしたらすぐ言えよ。」
「うん、わかった。」
電車に乗ること自体久しぶりだったけど、特に問題なく、心の中がざわつく感覚もない。
人格が変わるきっかけとして、自分のままじゃなかなか口にすることが憚られる状況になった時、決まって違う自分に代わっていた。
言えない気持ちを、抑え込みたくないと本当は思っているんだろうか。
そう思った矢先、夕陽のコートの袖を掴みながら車内で立っていた俺の意識が、パッと切り替わった。
「最悪・・・」
「ん?どした?」
「せっかくクリスマスなのに・・・あのピンクのコート着たかったぁ・・・。ねぇ何であれ着ないの?って言わなかったの~?」
急に女の子の言動に切り替わった俺に、夕陽は少し面食らった表情をしながらも、ふふっと微笑みを返して、俺の髪の毛に指を通した。
「薫が今日の気分で選んだんだから、今でも十分可愛いよ。俺はそのコートも好きだよ。」
夕陽はそう言うだろうと思ったけど、どうやら納得いかない様子で自分のコートを見下ろした。
「こんなグレーのコート全然可愛くない。夕陽とデートなら絶対可愛いって思われたいんだもん。」
「それは・・・周りからそう思われたいってこと?」
「うん、夕陽の隣にいる私は相応しいのって!」
無邪気に笑顔を向ける俺に、降りる駅に着いたと同時に夕陽は手を取った。
「相応しいってのがどういうことで決まるのか俺にはわかんねぇけど・・・俺は薫がしたい格好が一番だと思うし、俺に可愛いって思われたいって思って選んでくれたなら嬉しいなぁ。周りのことはそんなに気にしなくていいよ。俺にとって薫が誰より一番だから。」
恥かし気もなく、夕陽は真っすぐそう言った。
「そ・・・・・うん・・・・えと・・・・ありがとう。」
そして急に自分に戻ってくると照れるんだよなぁ・・・
「はは!そういう反応も含めてめっちゃ可愛いわ~♡」
「外でそう言うの恥ずかしいから・・・」
夕陽はまたぎゅっと力を込めて手を握って、人並みを先導して突き進む。
「言ったろ?周りはあんまり気にしなくていいんだよ。そりゃ俺だって、イチャイチャしすぎはあれだからしないけど、普通のカップルらしい会話だろ?」
「そう・・・なのかな・・・」
「そうだよ。あ・・・そうか、薫は誰かと付き合ったのって俺が初めてだからか。そうだよな~初めてだもんな~。」
夕陽はデレデレしながら改札を通る。
背中を追って同じく改札を通りながら、以前訪れたことのあるショッピングモールへと向かった。
外に出るとだんだんと人込みは窮屈さを増していって、横断歩道一つ渡るのにも、大勢の人が満員電車を待っているような状態で佇んでいた。
気後れしながら、気を付けてゆっくり歩いてくれる夕陽の手を取っていたけど、次第に気落ちしていくのが自分でも分かった。
そのうち目の前は人の背中や、通り過ぎる喧騒ばかりになって、終わりのない列に並んでいるような、どこに行くのかもわからない感覚になる。
足取りが重くなってくると、ふと目眩がしてよろけた。
「薫・・・!おっと・・・。大丈夫か?ちょっと一旦あっち座るか。」
「うん・・・」
ショッピングモールはもうすぐだったけど、そこまでが物凄く遠くに感じた。
駐輪場の脇にあったベンチに二人で腰かけて、ふぅと息をつく。
「ごめん薫、人込みはやっぱきついよな・・・。俺でも久しぶりに来たからちょっと疲れるかもしんない。」
「うん・・・・」
心の中で何かもっと言葉を返そうと思っても、また独特の疲労感を覚えて、彼の肩に頭を預けた。
もたげた頭を夕陽は優しく撫でてくれる。その温かさに少し安心しながら、夕陽はまたポツリポツリと他愛ない話をしてくれた。
「いつも・・・こうだったよね・・・」
「ん?」
「何度かここに来たけどさ・・・夕陽俺が少しぎこちなくして困ってると、他愛ない話してくれて、時々俺の好みとか質問してくれて・・・ずっと気遣ってくれて・・・ダメだなぁって思ってたんだけど、でも夕陽と話してると楽しいし落ち着くし、居心地よくってさ・・・本当は買い物したり遊んだりした後、別れ際すごく名残惜しかったんだ。」
「え~?そうなの~?やばぁ・・・ふふ・・・そっかぁ・・・」
「友達でいたときから、夕陽はずっと特別だったよ。初めて出来た同い年の友達。初めて、この先も一緒にいられるかなって思えた友達。それから・・・」
賑やかな人波が目の前を過ぎていく。
まるで今まで家にいた時と時間の流れが変わったように、皆世話しない。
けど俺の隣にいる夕陽だけは、俺と同じ時間に寄り添ってくれていた。
「夕陽は・・・初めて俺を愛してくれた他人だよ。」
俺がそう言い終わると、夕陽はそっと俺の頭にキスした。
そして俺の顔を覗き込んでニッコリ笑って、思わずキスしたくなる気持ちを堪えた。
「ショッピングモール内少し歩こうかなって思ってたけど・・・やっぱやめた。可愛い薫をお持ち帰りしたい。」
「ふふ、何それ。」
「クリスマスのケンタのボックス買って、ちょっと早いけどもう実家行ってよう。二人帰ってくるの日が暮れてからだけど、待ってよう。」
「・・・うん、それがいいね。」
そうして立ち上がろうとしたとき、空から落ちてきた何かが頬に触れた。
「え・・・」
「お・・・?雪じゃん!」
やけに冷えると思ってはいたけど、夕陽が見上げた空を同じく仰ぐと、チラチラと控えめに舞い落ちてきた。
その時ふと・・・思い出してしまった。
いつだったかあのカフェの店先で、咲夜に最後の想いを告げたこと。
同時に、夕陽が隣に居てくれる今、思い出したことが・・・何だか自分自身に対して不快に思えた。
「どした?」
ハッとして覗き込む彼は、俺が選んであげたマフラーをつけて少し腰を折って、雪がついた俺の前髪をそっと綺麗な指で触れた。
「俺・・・こないだ咲夜に会ってプレゼント渡した時・・・女の子の自分に入れ替わって言ったんだ。夕陽は咲夜と違って優しくてずっとカッコよくて・・・俺を大切にしてくれる人だって・・・先輩なんかとは違うって・・・」
白い息をこぼしながら、少し乾燥した唇をわずかに動かして、思い出す限りを述べた。
「俺を弄んで捨てたとか・・・言っちゃったんだ・・・。でもきっとそれは、心の中で報われなかった自分を慰めたくて思ってたことなんだ。本性が出ちゃったんだよ。」
「・・・それで、高津先輩はなんて言ったの?」
「・・・自分を愛してくれる人と一緒になれてよかったな、って・・・。自分がしたことの罰は受けるつもりだから、何でもするって・・・。咲夜は・・・俺の気持ちが本気なのをわかっていたけど、自暴自棄になってた自分の気持ちをはぐらかすために、俺を抱いてたことを自覚してて・・・それが俺を傷つけることに繋がることもわかってたんだ。だから罰があるなら甘んじて受けるって言った・・・。」
「それで?」
ショッピングモールに全部吸い込まれたかのように、目の前の人波が少なくなって、横断歩道の信号音と、車が通りすぎる音だけが、俺の声を妨げようとしていた。
「到底罰になるのかもわかんないようなことを頼んだよ。でも本当はそんなことどうでもよくってさ・・・俺を選んでほしいと思って苦しんでたのに、それをもっとわかってよって・・・子供みたいに駄々こねてたんだよ。半ばあしらわれちゃったけどね。」
諦めたように笑みを落とすと、夕陽も苦笑いを返してくれた。
そっと彼の手を取って、冷たくなっていた指先を絡める。
「夕陽・・・手袋はしてこなかったんだね。」
「あ~・・・うん。薫の手の感触わかんなくなるし・・・冷たくなってるのか暖かいのかも、感じられなくなんじゃん。」
「・・・夕陽のそういうところも大好きだよ。」
彼は途端に照れくさそうにニマニマして、「買う物買って帰るか」とショッピングモールへと足を向けた。
その後目的のフライドチキンボックスを買って、体に悪いと分かってても今日ばかりは飲みたくなるコーラも買った。
モール内はクリスマスモード一色で、イベントなどが行われる広い空間では、ド派手で巨大なツリーが飾られていた。
皆思い思いに写真を撮ったり、特設エリアで食べ物を買ったり、冬物の売り切りセールに足を運んだりと賑わいを見せる中、夕陽に手を引かれて無事に外へ出ることが出来た。
少しウキウキした様子で恋人繋ぎしながら歩く夕陽が、ちょっと可愛い・・・。
「こっから歩くと距離あるし・・・実家までタクシー乗る?」
「ん~・・・ううん、せっかくリハビリ感覚で外出したし、ゆっくり向かいながら疲れたら休む・・・でいいかなぁ。夕陽はどうしたい?」
彼はまたニッコリ笑ってデレデレしながら言った。
「薫と地元デート気分味わいたいから・・・俺も歩きたい。」
夕陽の素直な意見がまたも可愛くて笑みが漏れた。
彼が育ったであろう地元を歩いて、家族の話や子供の頃の話を聞いた。
その夜迎えたクリスマスパーティーは、夕陽のお父さんとお母さんからプレゼントをもらった。
俺も持って行った手土産を渡すと、案の定気を遣わなくていいのに、と遠慮されたけどとても喜んでもらえた。
夕陽のお母さんとはまた一緒にキッチンに立って、夕飯の準備を手伝い、お父さんにお酌をして夕陽が小さい頃の話を聞いたり、夕陽は恥ずかしがっていたけど小さい頃のアルバムも見せてもらった。
年末年始の過ごし方を聞かれたので、またご挨拶に伺いますと答えたけど、療養中でせっかく二人暮らしをスタートさせたんだから、こっちのことは気にせず二人でゆっくりしなさいと言われた。
あまり休学している期間を長く取りたくなかったので、出来れば1月から復学出来るようにしたいと話したけど、夕陽も含めご両親も、無理だけはしてほしくない、留年することになっても今の自分を立て直せるのは自分だけだから、そこまで復学することにこだわることはないと言ってくれた。
自分の中にある夕陽に対する申し訳なさを、3人には知られていて、俺の焦る気持ちを鎮めてくれた。
お父さんはゆっくり俺の話を聞きながら、夕陽と同じ大きくて優しい手で頭を撫でてくれた。
お母さんは、夕陽と妹さんの仏壇の前で手を重ねる俺に、ありがとうと抱きしめてくれた。
余りある自分が手にすることの無いような温かさを感じて、ポロポロ涙をこぼしてしまった。
「あのね、薫くん・・・私もお父さんも・・・夕陽もね、朝陽を亡くしてからずっとどこか、心に穴が開いたような気持ちで生きていたの。でも不思議ね・・・貴方が夕陽と一緒にうちに来てくれて、夕陽が将来を一緒に生きていきたいと言ってるのを聞いて・・・何だかその空いた部分が少し埋まった気がしたの。何でかしらね・・・」
夕陽にそっくりなお母さんの優しい笑顔を、俺も夕陽と一緒に大事にしたいと思った。




