第二十三話
生まれて初めて誰かと一緒に迎えるクリスマスは、残念ながら曇り空だった。
「今日も冷えるなぁ・・・」
スリッパを履いて身震いしながら、リビングの暖房をつける。
今朝の朝食はどうしようかな・・・・なんか久しぶりに、和食食べたいな。
そう思い立って、朝から味噌汁を拵え、卵焼きを作り、冷凍していた鮭の切り身を焼いた。
納豆ときゅうりの浅漬けもある。うん、最高の朝食。
準備を終える頃、夕陽が寝室の扉をゆっくり開けて起きてきた。
「おはよ・・・」
「おはよ夕陽・・・」
エプロンを解きながら寝ぼけて立つ彼を見やると、その垂れた可愛い目が若干腫れていた。
「え・・・どうしたの?」
「・・・へ?」
俺は慌てて側に寄って彼の頬に触れた。
泣き腫らしたように目元は赤くなっていた。
「あ~・・・・・・なんつーか・・・・・ちょっと・・・寂しい夢だったわぁ・・・。薫はいねぇし・・・・朝陽も・・・・・」
夕陽の目に暗い影が落ちて、彼の無理した笑顔は消えた。
「夕陽・・・こっち来て」
彼をソファに座らせて、濡らしたタオルを絞って持って行った。
そっと目元にあてて冷やしながら、片方の手で彼の手を取った。
「夕陽、俺はここにいるよ。・・・たぶんきっと、この先何十年もいるよ。」
「・・・たぶんとか言うなよ・・・」
何か張り詰めた糸が切れたように、夕陽は俺にすがって泣き出した。
彼の背中に手を回して、ぎゅっと抱き寄せた。
「薫ぅ・・・・好きだよ・・・。」
寝起きのかすれた声が、苦しくてたまらなくて行き場を求めているのがわかる。
「うん、俺も大好き。」
「ごめんなぁ・・・こんな・・・情けなくて・・・」
「何が情けないんだろ・・・。」
さめざめと涙を流す夕陽が、愛した家族を亡くした苦しみを抱えて、それでも俺のためにと日々を考えて生きてくれている。
ふとした拍子に苦しいとか寂しいが溢れ出して、ダメになる自分が情けないってことだろうか。
二人きりのリビングで、自分より大きな体の夕陽を抱きしめて、正直に気持ちを吐き出して泣いてくれることは、少し嬉しかった。
「夕陽、どうしようもなくて涙が出るのは当たり前だよ。俺は夕陽の全部を受け止めるよ。俺にそうしてくれたように。」
「うん・・・・」
一頻り泣いて、夕陽は大きく深呼吸すると、そっと顔を上げて笑ってくれた。
「薫がいなくなったら、今度こそもう無理かもなぁ。」
手元に視線を落として、彼の手をもう一度強く握った。
今までの自分は、どこか自分に対して常に諦めの気持ちを持っていた。
一度大病を患ってしまったから、もし万が一癌が再発してしまっても、その時はとうとう死ぬのかもしれないと、諦めるつもりでいた。
けどもう、そんなこと考えられない。
「夕陽」
「・・・ん?」
彼の目を真っすぐ見据えた。
夕陽が俺と生きると決めてくれた覚悟と同じくらい、俺も何かを誓う必要がある。
「一人にしたりしないから。例え病気になっても長生きしてみせるから。例え怪我をしても、どんな治療を受けてでも治してみせるから。健康でい続けるために努力は惜しまないし、気持ちが病んでも側を離れたりしないし、自殺なんてもう考えないから。例え・・・・・・」
それはずっと・・・ずっと心に引っかかっていたこと。
「例え・・・・夕陽が子供がほしいと思って、普通の家庭を築くべき人だったんだって思っても・・・女性と一緒になった方が良かったなら、離れた方がいいのかなってこの先何度も考えたとしても・・・・側に・・・・・居てもいいかな・・・・」
夕陽の未来を、俺は変えてしまったし、それを戻らないものにしていいんだろうかと、ずっと考えて・・・
「居てくれなきゃ困る。」
自信を無くして俯いた俺の顎をそっと持ち上げて、夕陽はキスしてくれた。
改めて見つめた表情は、いつもの優しくて柔らかい笑みだった。
「薫はすごいなぁ・・・落ち込んでんのにすぐ元気にしてくれんだもんなぁ・・・。ただの夢に一喜一憂する俺情けないのにな~・・・・」
「夕陽だって、悪い夢を見た俺を慰めてくれたじゃん。それからおかしくなった俺の側にいて、いつも考えてくれたじゃん。情けは人の為ならずだよ?」
「ふふ・・・まぁそうかも・・・。っていうか・・・朝飯作ってくれたんだよな。顔洗って来るわ。」
「うん、冷めちゃったから温め直しとくね。」
「ありがと。」
彼はまた新婚気分のように俺の頬にキスした。
夕陽の話では、妹の朝陽さんは去年の夏に亡くなったらしい。
つまり夏休みの間に一周忌は終わってしまっている。
当時の事故の内容は、飲酒運転の車が歩道に突っ込み、近くにいた親子連れを庇うように突き飛ばした朝陽さんは、そのまま車に轢かれてしまった。
そしてその様子が、近くの防犯カメラに映っていたという。
その事故では数人が怪我をし、死亡したのは朝陽さんだけ。
彼女が庇った親子連れは軽傷だった。
ドライバーはそのまま電柱に突っ込み、大怪我を負ってその後死亡した。
そこそこ人の多い場所での事故だったのと、巻き込まれた人も多かったため、テレビでも報道されていたみたいだ。
当時のニュースをネットで調べたら詳細はすぐに出てきた。
ただ、そこに載っていない情報で夕陽が話してくれたこととしては、死亡したドライバーの家族が、朝陽さんのお葬式で泣きながら謝罪し、償えることがあればいくらでもすると、大金を持ってきたのだという。
当然夕陽の両親はそれを受け取らず、香典すらお断りしたらしい。
一周忌の際も、供え物と謝罪を綴った手紙をよこしてきたと、夕陽はどこか関係のないことのように話していた。
加害者側家族の対応としては、礼の限りを尽くしているだろう。
けど結局のところ、それは礼儀でしかなく、被害者遺族にとっては慰めにはならない。
それからの日々を家族で生きることが、どれ程苦難を伴うことだったか、俺には想像もつかないけれど、事故の話を聞いた時の夕陽は、決して人には言えない本音を言うならと、こう漏らした。
死んでくれよかった。じゃなきゃ俺が殺しに行ってた。と・・・
きっと夕陽は事故が遭った後、誰にも何も話さなかっただろうし、俺にもそんな話はしたくなかっただろう。
けど彼の中で積もり続ける寂しさや、恨みを向ける誰かがもういないなら、受け皿くらい必要な時はある。
深い悲しみも寂しさも、恨みや憎しみも、同じように俺自身抱いたことはある。
「は~美味かったぁ。ごちそうさま。」
「お粗末様。」
「あ、俺が片付けるから・・・薫座ってろよ。」
満足そうに満たされたお腹をさすった彼は、立ち上がってそそくさと片づけを始めた。
一緒に暮らして生きていくということは、お互いを知ってお互いを受け止めて、お互いを許していくこと。
夕陽はきっと、俺には勿体ないくらい出来た人で、到底大学生と思えない程、達観していて落ち着いた人に思える。
けれどその裏で彼が、どれ程傷ついて、どれ程考えて、どれ程気遣って、どれ程苦労したのか、俺はまだその一片すら理解していない。
ダイニングテーブルに頬杖をつきながら、洗い物をする彼をぼんやり眺めた。
「・・・なに~?お茶淹れる?」
「・・・何でも・・・。夕陽身長あるから、流し台で洗い物するの腰痛いでしょ」
「ふ・・・まぁ・・・いずれは痛くなるかも。・・・あれだな、いつか二人で金貯めて家買うのもありかな。」
「そうだね・・・。ていうかここのマンションさ・・・分譲マンションらしいよ。」
「え!!マジ!?借家じゃないんかい!ほえ~・・・・じゃあ将来、ここそのまま買うのもありなんかなぁ。」
「キッチンだけリフォームしてもらえたらそれもいいかもね。」
「確かに・・・。」
その後家事を終えて、夕陽のパンツと自分のパンツがまたごっちゃになって混乱していると、箪笥を覗き込む俺を夕陽は後ろから抱きしめた。
「可愛い俺の薫~~何してんの~?」
「パンツわかんなくなっちゃった・・・」
「ふふ・・・まぁそうなるよなぁ・・・。別に洗濯してるものならどっち履いてもいいんじゃね?それよりさ~夜まで空いてる時間どうしよっか、全然考えてなかったわ。」
抱きしめつつ耳をくすぐるようにキスを落とす夕陽は、気だるげに言った。
「そうだね・・・。・・・くすぐった・・・。まだ昼前だし・・・昨日結局散歩出来なかったからさ・・・近所で行ったことない方面に歩いてみない?」
「ん~・・・そうだな。」
そう言いつつ彼は俺の首元にキスをしながら、次第に腰を押し付けるように抱きしめる力を強める。
「こらこら・・・」
「薫~♡今日はクリスマスだからいいじゃん・・・発情してる彼氏ヤダ?」
「クリスマスに何の関係が・・・?」
「いいじゃん・・・一回だけ・・・な?」
「そう言っていっつも一回で終わったことな」
俺が言い終わるのを待たず、彼はひょいっと俺を抱きかかえて、側にあるベッドに降ろした。
「夕陽・・・」
「ん~?」
「そうだ・・・近所でいい散策コースがないか、咲夜に連絡して聞いてみようかな。せっかくだから散歩ついでにランチしたいよね。」
そう提案すると、俺を見下ろしていた夕陽はピクリと眉を動かした。
「ん・・・それは後でな。」
淡々と俺の服を脱がしながら、何故か彼は少し不貞腐れたような表情をする。
「何で不機嫌なの?」
「・・・・他の男の名前・・・薫の口から聞きたくない。」
「・・・結構無理難題言ってない?」
「今は二人っきりだし・・・俺が浮かれてんの気付いてない?クリスマスも年末も、年始も・・・雪がちらついて寒い空間を一緒に手ぇ繋いで歩くのも、バレンタインが来てチョコ貰えんのかなぁとか、その後春になって一緒に買い物に行って、お花見に行ったりして・・・・全部全部、薫と一緒に居られるんだって思うだけで幸せで・・・。毎晩・・・幸せそうに笑ってくれる薫を独り占めして、ダメって言われてもしたいもんはしたいし・・嫌われない程度に・・・。薫に溺れてんの俺。そんな気持ちいい時間に・・・好きだった男の名前呼ぶのなし・・・いい?俺の言うこと聞いて。」
懇願するような瞳の中に、煮えたぎって抑えきれない気持ちを抱えながら、俺の両の手首を抑えて見下ろす彼は、今にも涙をこぼすんじゃないかという程、何かを堪えてそう言葉を垂れ流した。
「夕陽・・・・」
俺がそっと名前を呼ぶと、彼は嬉しそうに目を細めてキスした。
「俺が・・・・名前呼ばれるだけで幸せなの気付いてる?」
「うん・・・。俺も同じように思ってるよ。」
「いくら抱いてもまた欲しくなってるの気付いてる~?」
「ふふ・・・」
そのうち笑いだすもんだから、じゃれるように抱き合ってまた体を重ねた。




