第二十二話
大変なことが色々あったその夜は、クリスマスイヴだった。
ソファで話し合った後、二人でテレビをつけて紅茶を飲みながら、バラエティー特番をたくさん観た。
22時を過ぎた頃、スマホの通知音がしてテレビに目を引かれながら確認すると、咲夜から「今通話かけてもいい?」とメッセージが届いていた。
何だろうと思いながらも、俺は夕陽に電話してくる旨を伝えて寝室へ入った。
「もしもし?」
「もしも~し、悪いな夜分に。」
「うん・・・どうかした?」
「今小夜香ちゃんと家にいるんだけどさ、聞いたぞ~今日のこと」
「えっ・・・」
思わずギク!っと心臓が跳ねた。
小夜香さんのベッドを借りて何時間も寝てたこと、話されちゃったんだ・・・
「あ、あの・・・確かに休ませてもらったけどそれだけだし・・・」
「あ?いや、大丈夫なのかよ・・・小夜香ちゃんもめっちゃ心配してたんだよ、お前の症状の話はちゃんと説明しといたけど、それとは関係なく普段から貧血が酷いんじゃないかって・・・」
「・・・・あ・・・ああ・・・うん、えっと・・・今日はお昼ごはん食べ損ねてたのもあるし、元々低血圧気味ではあるから・・・普段は鉄剤飲んでるよ。」
「そうか・・・あんま食べてないとかだったらもっと食え!って言ってやろうと思ってたわ。ただでさえ細っこいのに・・・。」
「咲夜も十分細いでしょ」
「最近は筋トレ効果で結構体重増えたよ。てか飯で思い出したけど、28日とか29日くらいにさ、焼肉行かね?」
「焼肉!?」
「お?好き?更夜さんがさ、優待でタダで食べられるからって、高級焼き肉店の食べ放題クーポンくれたんだよ~!マジ上がるよな!美咲と晶誘ったんだけど、二人とも予定合わなくて、四人で行けるから俺と小夜香ちゃんと、薫は朝野くん誘えよ。」
「そうなんだ!・・・島咲さんはいらっしゃらないの?」
「ん?更夜さん?まぁ元当主の3人はちょっと年末野暮用あるみたいで忙しいらしいわ。どうせ年末までしか使えないものだから、勿体ないし子供たちで行って来いって。」
「え~~そうなんだ、いいのかなぁ・・・嬉しいけど・・・」
「行きたいならそう言えよ・・・。朝野くん今いる?聞いてみて。」
「うん!ちょっと待って・・・」
俺は逸る気持ちを抑えながら戸を開けて、ソファに座る彼を後ろから抱きしめた。
「夕陽夕陽!」
「お?なに~?」
「咲夜が28か29日に、焼肉食べ放題行こうって誘ってくれてるんだけど、夕陽どっちか空いてない?」
「え!マジで!?俺はバイト先年末は休みだから・・・29は確実に行けるよ。」
「ホント?やった!じゃあその日でいい?」
「うん、あ・・・ちょっと電話まだ繋がってるんだったら代わって。」
俺はワクワクを抑えながらスマホを夕陽に手渡した。
「もしもし、すみません、朝野です。あ・・・はい、行けます。ありがとうございます、いいんすか?俺らまで・・・あ・・・なるほど、そうなんすね・・・。・・・はい・・・はい・・・あ、全然、もちろんいいです。あ~いや、さすがにそんな高級焼き肉店とか行かないんでわかんないすけど、調べて電車で行きます。はい・・・わかりました、じゃあ・・・はい・・・ありがとうございます。薫に代わります。」
「もしもし、ありがとね誘ってくれて。」
「いいよ~完全個室だし、薫も気にせずゆっくり食べられるだろうと思って。んじゃまた待ち合わせ場所と時間は、後日連絡するから。」
「うん、わかった、ありがとう。」
通話を終えてまたいそいそと夕陽の隣に腰かけた。
「楽しみだなぁ♪」
「ふ・・・薫ホント焼肉好きだよな~。そんなに好きなら、いつかホットプレート買ってさ、家で二人でやるのもいいかもな。」
「あ~そうだね!それも楽しそう。」
ニコニコしながらまた紅茶に口をつけると、夕陽は俺の頭を撫でながら尋ねた。
「高津先輩の彼女さん・・・小夜香さんだっけ?どんな人?」
「えっとね、今高2って言ってたかな。めちゃくちゃ美人だし可愛いし、料理上手で気遣いも出来て頭もいいんだって。」
「へぇ?完璧なJKじゃん。」
「そうだねぇ。咲夜の話じゃ、うちの医学部受ける予定みたいで猛勉強中だって言ってた。」
「医学部ぅ!?マジかよ・・・あ、てか島咲家ってそうか・・・医者の家系だったもんな。」
「そうだね、今日ちょっと話したけど、精神科医になりたいって言ってた。お父様は内科外科、小児科医だって言ってたなぁ・・・。うちの近くまで車で送ってくれたんだけどさ、なんていうか・・・すごく丁寧で親切で、中身も外見もカッコイイ人だったよ。」
俺がそう言うと、夕陽は緩んでいた口元を下げて少し沈んだ表情を見せた。
「ふぅん・・・」
「・・・なに?」
夕陽はまた口元を持ち上げて、俺の髪の毛をすくように指を通した。
「カッコイイなぁって、薫は見惚れてたわけだ。」
「え・・・あ~・・・ん~・・・」
車の助手席に乗っていた時は、子供の自分を晒してしまって恥ずかしかったものの、それすらも動じることなく受け止めてくれた優しさと、柔らかい笑顔に確かにドキっとした部分はあった。
医者としての、大人としての魅力というか・・・こんな人いるんだなぁと思っていたことは事実だ。
「まぁ・・・そうかも・・・。」
「・・・ふぅん・・・」
嘘をついてもバレバレだろうし、俺は素直に答えた。
俺が恐る恐る夕陽の顔色を伺うと、彼は特に表情を変えないまま、テーブルに置かれていたリモコンを取ってテレビを消した。
それからぬるくなった紅茶を煽るように飲み干して、そのまま黙って洗面所に行ってしまった。
残された俺は、ポツンとソファに座ったまま、同じく紅茶をぐいっと飲んだ。
喉の渇きを潤しても、胸の中に次第にモヤモヤしたものが広がる。
不安になって同じく洗面所に向かうと、夕陽は特に何でもない様子で歯磨きをしていた。
「怒ってる?」
俺も歯ブラシを手に取りながら聞くと、口を濯いだ彼はタオルで口元を拭きながら、その垂れた目で俺を見下ろす。
「怒ってはないよ。」
そうとだけ答えて、夕陽は静かに洗面所を出た。
またもポツンと残された俺は、淡々と歯磨きするしかなかった。
その後戻って二人分のカップを洗い、寝室に入ってしまった夕陽の様子はわからず、少し寂しさを覚えながら寝支度を終え、同じくベッドに向かった。
夕陽はベッドに腰かけてスマホを眺めていた。
俺はスマホを充電器にそっとさして、特に何でもないように問いかけた。
「そういえば・・・セミダブルのベッド買おうかなって言ってたけど、もし買うならどこのがいいかとか・・・俺調べとこうか?料金も半分出すし。」
「あ~・・・ごめん、俺もう昨日ポチっちゃったんだよ。」
「えっ、そうなの?まぁ・・・夕陽がいいと思うものあったならいいけど。」
布団に入ると、夕陽はナイトテーブルの引き出しを開けながら言った。
「なぁ薫知ってる?クリスマスイヴの夜って・・・一年の中でカップルが一番エッチする日なんだってさ。」
彼はそう言いながら、ポンと布団の上にコンドームの箱を放り投げた。
「そ・・・・・ふ・・・そうなんだ。まぁ・・・そうなんだろうね。日本は恋人同士で過ごすイベントっていう認識だろうし。」
少し照れくさくなりながら言うと、にじり寄るように夕陽はベッドに上がって、俺を抱きしめた。
「言いたいことも聞きたいこともいっぱいある・・・」
「なに?」
「今日一日心配させた罰覚えてる?」
「・・・うん。」
夕陽は俺の耳にそっと優しくキスする。
「俺の知らない男の助手席に座って、俺の知らない男にカッコイイなぁって見惚れてたんだよな?」
「・・・相手は知り合いのお父さんだよ?」
「そうだな、でも見惚れてたん?って聞いたら薫は肯定しただろ?」
「そ・・・まぁ・・・」
夕陽は意地悪するように俺の耳を甘噛みする。
俺がビクっと反応すると、夕陽は首をもたげてからかうような視線で覗き込んだ。
「今はもう、焼きもち妬く権利があるからさ・・・それが嬉しくもあるんだけど・・・他の男といるのを想像しちゃったら・・・なんか・・・想像以上に落ち込んだわ。」
「・・・ごめん・・・」
夕陽はそっと俺の唇に視線を落として、親指でなぞった。
「透まで薫に色目使いやがるしさ・・・。休学する前大学でさ、女友達が、『朝野くん柊くんと親しいなら今度遊びに行くとき連れてきてよ~』とか言ってきたし・・・。なぁ・・・俺がさ・・・佐伯さんの連絡先勝手にブロックしてたの気付いた?」
「へ・・・そうなの?」
「うん・・・。親父さんとエリザさんの連絡先消した時、まだトーク履歴残ってたから・・・焼きもち妬いて消した・・・ごめん・・・。でも削除はしてない・・・。」
「それは別に・・・構わないよ。」
夕陽は申し訳なさそうな顔をしながら、ゆっくり唇を重ねた。
「・・・構わないんだ?」
「・・・だって夕陽が嫌なら残しておく必要ないし・・・特に連絡取るつもりもなかったから。」
夕陽はやっと機嫌を取り戻したように口角を上げた。
「そういや思い出したけどさ・・・前オムライス食べてた時、まだ話してないことあるって言ってなかったっけ」
「あ~・・・・」
少し思案しながら伝えるべきか悩んだ。
「なに~?」
「今話すことではないかも・・・」
「ん~?話して~?」
夕陽はベッドに並んで座りなおすと、手をぎゅっと恋人繋ぎした。
「下らない話だよ。」
「そうなん?俺は薫自身の話で、下らないなんて思ったことねぇわ。」
「・・・そっか・・・。俺さ・・・高2の時、一回だけ自殺未遂したんだ。家で・・・首吊ろうとして・・・」
夕陽は何も言わず、次の言葉を待っているようだった。
「今となっては何が原因でそうしたのか思い出せないし、たぶん一生思い返せないくらい、日々の積み重ねがつらくなっただけで、些細なことがきっかけだったんだと思う。でも生々しくてどうしようもない俺自身のことを、夕陽には話しておくべきなのかなって・・・思ったから言おうとしてたんだ。」
「そうか・・・」
「今はこんな・・・恋人が過ごすクリスマスイヴにさ、そんな話するべきじゃない気がして・・・」
返ってきた彼の瞳を見つめて、強請るように顔を寄せると、夕陽はまたそっと重ねてくれた。
唇が離れると、いつもの優しくて愛おしい笑顔が目の前にあって、何だか甘えたい気持ちが一気に溢れてくる。
「薫が・・・話したいと思うことを、話したいと思うタイミングで話してくれたらいいかな。催促してごめんな?」
「いいんだよ・・・。」
我慢出来なくてまたキスすると、その後は会話もなく求め合うだけの夜だった。
そして翌朝目覚めた時、穏やかで可愛い夕陽の寝顔を存分に眺めて、自分のスマホを手に取って連絡アプリを開いた。
設定画面からブロックリストを開いて、そっとリサの連絡先を削除した。




