第二話
翌日、大学に着いて講義室に向かうと、1限目から出席していた夕陽が、いつものように友達と固まって座っている姿が目に入った。
適当に後ろの方の席が空いていたので腰を掛けると、視線を感じて前に居た夕陽がちらっと俺を見ていた。
何だろうと見つめ返すと、彼は手招きして俺を呼んでいるのだとわかり、よくわからないまま側へ歩み寄った。
「・・・なに?」
俺が彼の側に立つと、一緒に居た夕陽の友人2人も俺を見て、何やらニマニマ笑顔を浮かべた。
「まぁ・・・とりあえず隣座って・・・」
何故か照れくさそうに彼が隣を空けるので、荷物を置いたままなのを気にしながら座った。
「あのさ・・・その・・・こいつらはまぁ・・・高校の時からの友達だからさ・・・薫と付き合い始めたこと話した・・・」
俺が呆気に取られていると、気を遣って女の子がささっと俺の鞄と荷物を持ってきてくれた。
「あ・・・ありがとう・・・・。えっと・・・そうなんだ。」
「い~や~こいつ最近やたら柊と一緒にいるし、ニヤニヤしてスマホ眺めたりするからさ、もう問い詰めたんだよ。もし知られたくなかったんならごめんな?俺らが半ば強引に聞き出したからさ。」
ピアスをした茶髪の青年が、ニカっと可愛い笑顔を見せて言った。
「ね!マジ朝野ずっと何でもないって突き通してたからさ~。絶対彼女出来たでしょ~って問い詰めてたら・・・ね?」
ロングヘアの女性が口元に手を当てて、ニヤつく表情を隠しつつ言った。
「薫に確認する前に話しちゃってごめんな?」
夕陽は俺に怒られると思ったのか、恐る恐る俺の顔を見て、それが何だか叱れるのを怖がる子犬のようだった。
「ふふ・・・別に?構わないよ。夕陽が言いたいって思ったから言ったんでしょ?」
俺がそう返すと、夕陽はぐっとこらえるように口を結んで顔を伏せた。
「・・・え~柊くんの微笑みマジで王子様っぽい、爽やか~。」
「え・・・」
「なるほど・・・朝野はこの笑顔に堕ちたんか・・・」
彼の友人二人にそう言われて、茶化されているのだとわかっていても少し恥ずかしい。
「でもあれだよね、柊くんって黙って座ってる感じは、才色兼備って感じで綺麗な女の子に見えなくもないけど、喋ってたら若干Sっ気感じるというか、オスっぽさあってカッコイイよね。」
女性ににこやかにそう言われて、尚も返事に困っていると、夕陽が伏せていた顔をがばっと起こした。
「だから~~薫をそういう目で見んのやめろよ。」
「はいはい、焼きもち妬きだもんね~。」
「あ、ていうか俺ら柊に自己紹介してねぇ。俺、津田 亮。よろしく~」
「あ、私根本~~。」
「・・・よろしく。」
夕陽は突っ伏したまま俺の顔をじっと眺めて、膝元にあった俺の手をさっと握った。
「俺の薫がぐいぐい来られて戸惑ってんじゃんかぁ・・・」
苦笑いを返すと、スマホを出しながら津田くんが言った。
「つーか朝野、お前柊にキスマークつけ過ぎだろ・・・。」
「あ、マジだ・・・これはやりすぎ。」
首元から鎖骨辺りまで、もはや隠すことは無駄のように思えたので自然にしていたけど、やはり近距離にいると誰もが目に入るようだった。
「うっせぇなぁ・・・お前らみたいに薫を可愛いとか、カッコイイとか性的な目で見る輩がいるから、マーキングしてんだよ。」
2人は夕陽を若干呆れ顔で見て、根本さんはスマホを見せて言った。
「てか柊くん連絡先聞いてい~?」
「あ、それ俺も言おうと思ってた。交換しようぜ。」
「ダメ!」
俺は口を開く間もなく、夕陽は食い気味に答えた。
津田 「はぁ?お前に聞いてねぇだろぉ。」
根本 「なんか飼い主に声かけたら吠えてくる犬みたい。」
二人にあしらわれる夕陽は、ちらっと俺の表情を伺う。
「俺も薫もバイだっつったじゃん。男も女もライバル視してんの。連絡先なんて交換させねぇぞ。」
「・・・そんなこと言うなら、夕陽がまず男女全ての友達の連絡先を消す必要があるんじゃない?」
「う・・・」
「ハイ負け~。浅はか~。」
「論破されててウケんだけど~w」
悔しそうにする夕陽を横目に、俺は津田くんと根本さんの連絡先を登録した。
友達が増えるのはいいことだ。それが夕陽の友人ということなら信用出来るし。
「なんか薫が嬉しそうだし・・・許す・・・。」
その後そのまま隣で講義を受けていると、夕陽は時々そっと手を繋いできたり、俺が開いているノートに「好き」と書きこんできたりした。
何だか面白かったので、俺は「女子高生なの?」と書いてツッコミを入れた。
それでも夕陽は構ってもらえてることが嬉しいと言わんばかりに、ニヤニヤして俺を眺めていた。
そして時間になって次の講義室へと二人で移動すると、またもや夕陽の友人と思われる人が現れた。
「うぃーーーす、久しぶり、朝野ぉ。」
「あれ?葵じゃん!めっちゃ久しぶり。あ、透もちょっと久しぶり~。」
「おつかれ夕陽。・・・ん・・・こんにちはぁ、一緒に座ってもいいですか~?」
厳ついそり込みが入った目元の鋭いイケメンと、眠そうなふわふわした優しそうな男性が声をかけた。
「あ・・・どうぞ・・・」
少し遠慮しながら席を詰めると、コートを脱いだイケメンの方が俺を睨むように見て座った。
「てか葵、お前なんか問題起こして休んでたって・・・」
「朝野、こいつお前の彼氏か?」
頬杖をついて無遠慮にそう切り込む彼に、夕陽は苦笑いを返した。
「そうだよ?」
「ほ~・・・。よし、朝野課題見せろ。」
「急に?」
「へぇ~?夕陽の彼氏なんだぁ。かわい~~」
ふわふわした透と呼ばれていた彼は、のぞき込むように俺に顔を寄せた。
その瞳はグレーがかっていて、その肌は透き通るように綺麗だった。
「お前らも付き合ってんだっけ?」
夕陽がパソコンを開きながら言うと、葵と呼ばれていた彼はふわふわした青年の首根っこを掴んだ。
「んなわけねぇだろ・・・。おい透、んなガン見すんな、キモがられるぞ。」
「薫、こいつらは大学からの知り合いで、まぁ・・・端的に言うとただのヤンキー二名な。」
「ヤンキー・・・」
特に紹介のされ方に否定もせず、マイペースそうな二人は夕陽が見せた課題をじっと眺めていた。
その後意外にも静かに講義を受けていた二人は、終わって教授が出て行くや否や、立ち上がって俺たち二人を振り返った。
「よし、釣り行こうぜ朝野。」
「・・・ん??」
「車出すよ~?」
二人に対して夕陽は目を白黒させた。
「釣りって・・・え・・・海にでも行くのか?」
「・・・あ?まぁ最終的には海に行くこともあるかもしんねぇな。」
葵くんとやらは不思議そうに眉をしかめて、俺のこともチラリと見た。
すると終始にこやかな透さんは指先で車のキーをくるくる回した。
「うちの下のもんがいくらか島に網張ったんだよぉ。不埒な連中がいたからさぁ、大きな揉め事になる前に小魚から事情聴取しちゃおっと思って♪」
「島・・・?」
俺が首を傾げると、夕陽ゆっくり立ち上がった。
「はいはい、お前の組の抗争の話ね・・・。やめて、一般人にそんな話聞かせないで・・・普通の釣りだったら付き合ってやらなくもなかったけど・・・」
夕陽がそう言ってやっと何となく理解した。
彼らはヤンキーと言うより・・・
「んだよ・・・腕っぷしとタッパあるから誘ってんのに・・・。」
「いらん誘いだよ・・・。俺は喧嘩なんてしたことないし、スポーツとして空手やってただけだって。」
「そうなの?」
夕陽の意外な経歴を知って思わず口を挟んだ。
「え、ああ・・・まぁ。でも中学までだから。」
「中学生の日本一になってたよね~?」
「え!!日本一!?」
驚いて夕陽を見上げると、彼は少し複雑そうな笑みを返して、ふわふわな彼のふわふわな頭を撫でた。
「子供の時の話すんなっつったじゃん。色々調べんのもなし。友達意外の付き合いする気ねぇよ?俺は。」
「ふぅん?夕陽は面白い子だと思ったし、俺人を見る目はあるからさぁ、上手く使ってあげようと思ってるんだよ?場合によっちゃあそれなりのポジ用意してあげてもいいよ?」
よくはわからないけど、不穏な誘いだということだけはわかった。
俺は鞄に荷物を仕舞いながら夕陽を見上げると、二人と見合いながらまたため息をついた。
「透、今の俺の夢はさ、安定した職に就いて、何年かかけて金貯めて、薫と結婚して長生きすることなんだよ。」
「ふぅん?そうなんだ・・・。でもさぁ、日本ではご存じの通り同性婚が認められてないじゃない?法律のことせっかく勉強してるんだからさ、えらい政治家の先生にでもなって、改正出来るくらいになったらいいんじゃないかなぁ?そのためには後ろ盾って必要だと思うんだよねぇ俺。」
「別に日本で結婚することにはこだわってないかな・・・。」
どさくさに紛れてプロポーズしてるけど・・・
二人のやり取りをポカンと眺めていると、同じく黙って腕を組んで聞いている葵くんは、透さんをチラリと見た。
「ん~・・・夕陽の光る才能を俺存分に活かしてあげられると思うんだけどな~。俺の駒になってくれないの?」
「ごめんな。」
透さんはふわふわの髪の毛をさらりとかき上げて、俺を一瞥するとまたニッコリ微笑んで、葵さんを連れて去って行った。
「薫、時間取らせてごめん、いこっか。」
「うん・・・。」
それから大学を出るまで夕陽は何か考え込んだ様子で黙っていた。
けど何も言わず俺のうちまでの道のりをついていく夕陽に、俺はついに声をかけた。
「何か迷ってる?」
「へっ!?」
「・・・いや、考え込んでるみたいだから。」
夕陽は苦笑いしながら頭をかいた。
「いや・・・先のことで、細かいことで悩んでるのは多々あるけどさ・・・。いい加減なプロポーズしちゃったなぁって思って後悔してる・・・。」
「あ・・・そうなんだ・・・」
そのままマンションに着いて自然に一緒にエレベーターに乗る夕陽は、俺の手を繋いだまま言った。
「こうやってさ・・・自然に一緒にいるのが当たり前、みたいな存在になりたいし・・・でも薫が俺と一緒に居てくれることを、当たり前だと思って付き合っていたくはないんだよ。結構前に話したけど、俺はちゃんと将来的なこと考えて薫といたいからさ。そのためには色々段階踏まなきゃなぁとも思ってて、学生だからまずは勉強だし就職なんだけど・・・。出来れば薫も同じ気持ちでいてくれたらな・・・とか思ってる・・・。伝わりにくいな・・・ごめん。」
目の前でエレベーターの扉が開いて、一緒に部屋の階へ降りる。
「言わんとしてることはちゃんと解るよ。同じ気持ちでい続けることが出来るかどうかは、これから次第なんだとは思うけど、俺はこうやって手を引いて夕陽が同じ場所に降りてくれるなら嬉しいし、夕陽が手を引いて一緒に行こうって思ってくれる場所に、俺も行きたいと思えたらついていくよ。・・・大丈夫だよ、少なくとも・・・その・・・俺は夕陽と付き合うって心に決めた時から、別れるつもりはないというか・・・」
部屋に着いて鍵を回し、二人して玄関に入ると、夕陽は徐に俺を抱きしめた。
「あああ~~も~~~。」
「なに?」
腕を回して抱きしめ返すと、夕陽はパッと顔を上げて俺にキスした。
「・・・そやってすぐ俺を喜ばせる・・・。」
不貞腐れたような顔で照れる夕陽が可愛くて、また背伸びをしてキスをせがんだ。