第十九話
人気のない住宅街のコンビニの前で、俺はヤクザ二人・・・いや、学部の先輩二人と対峙していた。
「え~?薫くん急にどうしちゃったの?ふふ!そんな言葉遣いどこで覚えてきちゃったのかなぁ。」
依然として飄々としながら嘲笑する透さんの目的は、どうやら島咲家の元当主らしい・・・。
つまり小夜香さんのお父さん?
「仮にも同じ大学の後輩に対して、脅しまがいで他人連絡先探ろうなんて・・・随分焦ってんだな?」
透さんは張り付けた笑顔のまま、またチラリと葵さんを見た。
「葵、周辺にいる見張り片付けてきて、目障りだよ。」
「・・・あれが奴らなんじゃねぇのか?」
「そんなはずないねぇ、だったらもっと殺気散らしてるはずだし・・・。俺はこの可愛い薫くん持って帰って可愛がりたくなっちゃったし、なんかお前が小さい頃とちょっと似てるんだもん。」
彼は俺の目の前まで顔を寄せて、くいっと顎を掴んだ。
「可愛い顔・・・薫くんって結構高く売れそうだよねぇ、あんまり日本人らしい顔つきでもないし・・・。もしかしてハーフ?お母さんが美人なんだろうねきっと。」
「・・・・・・・お兄さんも綺麗だよ?外国の人なの?どうして目が灰色なの?」
「あっは!かっわいい!もしかして精神疾患って解離性同一性障害?随分家庭環境悪かったのかなぁ?可哀想に・・・俺とおんなじだ♪さ、お兄さんと楽しいことしよ♪その後にいくらでも情報はもらうけどね。」
透さんは俺の腕を掴んで、そのまま停めてある黒い車へとずんずん歩き進んだ。
先ほどまでいた葵さんは見当たらない。
車からは運転手がさっと出てきて、後部座席を開いた。
透さんは着信音がするポケットに手を突っ込んで、俺の手を引きながら電話に出た。
「どう?・・・・そ、逃げられたんならもういいや。もうちょっと丁寧に調べたら自宅くらいすぐわかるはずだよ、改めて調べてきて。・・・・うん・・・俺は薫くんとそなへんのホテルにでも行ってるから。ここは随分アウェーだから虫が多いしね。」
彼は電話を切って俺を振り返る。
「さ、乗って♪」
その時ハッとなって我に返った。
目の前の出来事を飲み込むのに少し間を要していると、透さんは笑っていない目で俺を見下ろす。
「あ・・・・あの・・・」
「ん?なあに?」
その時歩道から聞き覚えある声がした。
「薫さん・・・?」
反射的に振り返ると、そこには不思議そうに俺を見つけたその人がいた。
「・・・小夜香さん・・・」
思わずその名前を口にしてしまって、しまった・・・と思ったが遅かった。
「小夜香・・・・」
透さんは俺の手を離して彼女につかつかと歩み寄った。
「もしかしてお嬢さん・・・島咲小夜香さん?」
大人しくて優しい声で透さんは尋ねた。
「・・・そうですけど・・・。あの・・・薫さんのお知り合いですか?」
「・・・ええ、同じ学部の先輩なんです。咲夜くんとは面識ないけど存じてはいます。もちろん、貴女のことも。」
「・・・・えっと・・・」
不思議そうにする彼女にそっと透さんは手を伸ばした。
それを見て体は勝手に動いた。
「透さん!」
彼女の前に立ってたじろいで、彼をきっと睨んだ。
「小夜香さんに乱暴なことはしないって誓ってください!」
「ちょっと~薫くん心外だなぁ・・・俺薫くんにも乱暴なことなんてしてないじゃない・・・。」
「・・・・島咲家は日本有数の財閥だったんですよ・・・一介のヤクザが関わっていいような一族ですか?どういう目的か聞きませんが、俺はまだしも女性をどこかに連れ込もうなんて考えないでください。」
震える声でそう言うと、透さんは恍惚な笑みを浮かべる。
「ふふ・・・薫くんさぁ・・・俺が島咲家に喧嘩売るとでも思ってるの?心配しないで、そんなことしたら俺だってただでは済まされないよ。だから・・・ちょっとどいて?」
思わず後ろ手に彼女の手を掴んだ。
俺が怯えていることに気付いたんだろう、小夜香さんは手を握り返して俺の隣に立った。
「あの、御用があるならお聞きしますから、薫さんに関係ないことなら帰らせてあげてください。」
「さ・・・小夜香さ・・・」
「まぁ薫くんには用はないかなぁ・・・。ちょっとつまみ食いしちゃおうと思ったけど・・・夕陽に殴られたくないしねぇ・・・。」
どうしよう・・・・・冷静に考えて二人きりにしてしまうのはまずい気がする・・・。
けど・・・以前聞いた限りでは小夜香さんであろうと、咲夜であろうと常に警護人がいると言っていた。
なら連れていかれるようなことはないだろうか・・・
「薫さん、心配しなくても大丈夫ですから。」
俺が冷や汗をかいていると、彼女は安心させるように笑ってくれた。
「早い話、お父様に会わせてほしいんだけど、いい?」
「・・・・わかりました。うちは近くなのでいらしてください。父も在宅ですので。」
「小夜香さん・・・」
「薫さん、顔色悪いし心配なので、薫さんもとりあえずうちに来ませんか?休める部屋はたくさんあるので。」
「だ~ってさ薫くん♪そんなに怖がらなくても物騒なことしないから。」
何でこんなことに・・・
それから仲良く3人で小夜香さんの自宅まで歩いた。
人格が入れ替わり立ち代わり現れたせいで、どっと疲労感に襲われる。
「薫さん・・・大丈夫ですか?」
小夜香さんは心配そうに俺の顔を覗いて、手を繋いでくれた。
「薫くん精神疾患があるんだってさ。さっきからコロコロ変わってた人格のせいで疲れちゃったんだろうね。島咲家のいい精神科医でも紹介してあげたらどうかな?」
やがて大きな家の前で小夜香さんは足を止め、門扉を開けた。
「・・・私も一応精神科医を目指してます。薫さんは私が診てますから、お父さんと話してきてください。」
玄関の前には黒いスーツを身に纏った、ボディガードのような男性が待ち構えるように立っていた。
ドアの前まで歩くと、その人は透さんに歩み寄りボディチェックを始める。
そして淡々と3人で家に入り、しんと静まり返った玄関で俺は貧血を起こしたようにふらついた。
「薫さん!・・・とりあえずここに座っててください。」
小夜香さんは一番近くにあるドアにさっと入り、俺は透さんと二人残されてしまった。
すると程なくしてガチャリともう一度開いたドアから、小夜香さんとお父様と思われる男性が戻ってきた。
具合が悪すぎてその人をよく見れはしないけど、透さんはいつものように飄々と口を開いた。
「お初にお目にかかります、月島組の者です。少々お伺いしたいことがあって、無礼を承知で参りました。」
「・・・・・君の用件はとりあえず後で聞こうか。・・・大丈夫か?」
その人は俺を覗き込んでそっと首元に触れた。
パタパタと戻ってきた小夜香さんが、グラスに入った水を差し出す。
「薫さん・・・顔が真っ青・・・お父さん、私の部屋でいいから運んであげて。」
ストローがささった水を少し飲み、朦朧とする意識の中、小夜香さんのお父さんは俺をいとも簡単にさっと持ち上げた。
ああ・・・小夜香さんと透さんを二人きりにしたくない・・・
あっという間に部屋のベッドに寝かせてくれたその人の顔を改めて眺めると、心配気にしながらもその面立ちは小夜香さんと少し似ている。
「あの・・・・すみません・・・ご面倒かけてしまって・・・。」
「いい、今バイタルを計るから少し待ってろ。」
医療器具を持ってまた戻ってきて、淡々と血圧を測る。
「基礎疾患はあるか?」
「いいえ・・・実は解離性同一性障害と診断されていまして・・・人格が入れ替わると疲労がすごくて・・・身体的には健康だと思います。最近はあまり外に出ていなくて、久しぶりに散歩をしてて・・・さっきの彼は俺の学部の先輩です・・・島咲さんのおうちを探されていて、小夜香さんにばったり会ったんです。連れてきてしまってすみません・・・。」
「何故君が謝る必要がある。彼もそういう世界の人間なら、いずれはここがわかっただろう。それに・・・心配せずとも、ヤクザがうちを脅してくるなんてことはない。君は・・・・・・名前を聞いていいか?」
「柊・・・薫と言います。咲夜さんの高校の頃の後輩で、お世話になっていました。今はその伝手で紹介してもらった、駅近くのマンションに住まわせてもらっています。」
「そうなのか・・・。血圧が異様に低いな・・・。一時的な薬を使わせてもらう。暖房をつけておくから、体が温まって落ち着いてくるまで、安静にしていなさい。」
「はい・・・ありがとうございます・・・。」
俺がじっと見つめ返すと、ふっと安心させるような笑顔を落とされ、改めてなんて美形な人なんだろうと思う。
「俺は島咲更夜と言う。柊くん、咲夜くんは俺の息子も同然だ。仲良くしてくれてありがとう。それから、娘にも。」
そう言って立ち上がって部屋を出る背中を、ボーっと見送ることしかできなかった。




