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夕陽と薫  作者: 理春
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第十八話

翌日、仕事に行く前の夕陽を見送るギリギリに何とか目覚めることが出来た。

色んな症状を発症してから、どうにも寝る時間が長くなってしまった。

集中力散漫になって、色んなことをして無駄に疲れることが多いせいかもしれない。


「いってらっしゃい・・・」


目をこすりながら玄関に立つと、夕陽は幼い子供を見るように目を細めて、そっとキスしてくれる。


「可愛い俺の薫~♡終わったらすぐ帰るからな~?大好きだよ~。」


「・・・朝から・・・・新婚さん気分だね。」


「ふへへ・・・いいじゃん、これ以上に幸せなことなんてねぇんだよ。毎晩エッチして一緒に寝て、目が覚めたら薫がいて・・・いってらっしゃいって見送られるなんてさ~そりゃ~にやけますよ~。あ、そいや、明日クリスマスさ、夜実家に来てくれたら二人ともいるらしいから、ケンタのボックス買ってうち行こうぜ。」


「そうなんだ・・・良かった。・・・どうせならプレゼント持って伺いたいな。」


「いいの!息子二人が帰宅するだけなんだからさ、気ぃ遣われてもやだぜ?」


「そんなこと言ってもねぇ・・・。俺からしたらさ・・・その・・・夕陽を・・・息子さんを家族として貰う立場なんだからさ、仲良くしていきたいですって気持ちは表していくべきじゃん。」


俺がおずおずとそう言うと、夕陽はポカンとしつつも次第に口角を持ち上げていつもの笑顔を作る。


「あのさ・・・ニヤニヤするのはいいけど時間大丈夫なの?」


俺が眠い目のまま見つめ返すと、彼は嬉しそうにもう一度キスして『いってきます』と家を出た。

その後淡々と家事をこなして、昨日散らかしっぱなしだった本を夕陽の棚に戻し、紅茶を淹れなおしてソファに腰を据えた。


「ふぅ・・・」


少し思案しながらスマホに目を落として、落ち着いて過ごしているこの小一時間程で、特に自分の心境の変化も人格の変化も起きていなかった。

そして意を決して、美咲さんにメッセージを送った。

内容は気になっていたこのマンションのことについて。

貸し物件として出していないのは何故なのか、住んでいる人は関係者なのか、もし不動産業やその他の経営にも携わっているなら、簡単な事務などで雇ってもらえる口はないかと添えた。

もちろんこちらの事情も説明した上でだ。

当然ダメ元で尋ねているし、いくら困ったことがあったら頼ってくれていいと言っても、世話になる範疇を超えているとは思う。

けどもしも何か仕事を振ってくれる立場にあるなら、もし役に立って返せる何かがあるなら、それはそれでいいし、在宅で手伝えることなら、夕陽はああ言ってたけど、俺も協力したかった。


「って言ってもな~・・・web系のデザイン出来るわけでもないし、プログラミングもそんなだし・・・ホントにただの事務程度なんだよなぁ出来ること・・・。」


自分の体調も性質も、困らない程度に整ってさえすれば、もう復学してもいい気もするけど、そもそももう冬休みなんだよな・・・。

夕陽は・・・どの程度休学すればいいって目途を立ててたんだろう・・・


そんなことを悶々と考えながら午前中、家の中の掃除をして気を紛らわせ、途中解離性同一性障害についての本を読み、気晴らしも必要だと思い至って散歩に出ることにした。

家を出るためにクローゼットを開けて着替えを選んでいても、自分の中のモヤモヤは姿を現すことがない。

いざ玄関で靴を履いて、外に出て、少し乾燥した冬の空気を吸い込んでも、特に気分が様変わりすることもなかった。

至ってシンプルなコートのポケットに手を突っ込んで、エレベーターを降りる。


そういえばこのエレベーターで、夕陽が俺の腰を抱いてキスしたいと言ってきたことがあったっけ・・・

あの時は付き合ってなかったからダメって言ったけど。

俺はいつから夕陽が好きだったんだろう・・・これは思い出せない記憶なのかな・・・それとも忘れてる感覚なのかな・・・


以前よりも地に足がついたような気持ちでいるのは確かでも、踏み出して外を歩く自分はどこか、町の中で不釣り合いな気もした。

少し丈の長いグレーのコートは、以前自分がプレゼントとして買ってもらったものとは違って、女性らしさなんて微塵も感じさせないだろう。

何となく俺は以前からよく訪れている、咲夜と話した公園へと歩を進めていた。

少しずつ店が立ち並ぶけど、ほとんど住宅街なこの辺りを、あまり入念に歩いたことはなかった。

どうせなら行ったことない反対方面に行くのもありかもしれない。

そう思いながら公園近くのコンビニ着いて、店の中に足を踏み入れて、温かい飲み物を手に取る。

支払いを済ませてコンビニを出ると、意外な人物と鉢合わせした。


「あれ?やぁ!薫くんじゃん。」


「・・・透さん・・・お久しぶりです。」


そこには黒いコートに身を包み、シャツにネクタイをして、相変わらず目つきの悪い狂犬のような葵さんを後ろに連れていた。


「あれから随分見かけてなかったからちょっと心配してたんだよ~?大丈夫~?夕陽にも会えないしさ、彼のお友達に聞いたら、二人とも休学してるって言ってたから・・・何かあったの?」


「ご心配おかけしました。特にお話しするほどのことでもないんです。」


「・・・そう?困ったことがあるんなら何でも手は貸してあげるよ?」


「・・・ありがとうございます、今のところ大丈夫です。」


作り笑いこそ返せないけど、彼にそう無難に返事をした。

透さんはスッと真顔になってグレーの瞳を落として、辺りを気にするそぶりを見せた。


「・・・あの、お二人はどうしてこちらに?」


夕陽からチラッと聞いた話では、彼らは大学から自宅は遠いと言っていたし、こう言っては何だけど、ヤクザがわざわざ普通の住宅街をうろついてるのもよくわからない。


「ん?まぁね~ちょっと用事がね~。」


彼は歯切れ悪く答えながら、電話をかける葵さんを振り返る。


「透、一般人に話しかけてると余計目ぇつけられるぞ。」


「余計なこと言うな駄犬。」


一瞬ピリっと空気を変える声を落として、透さんはまた笑顔で俺を見た。


「ね、薫くん・・・君さ、こなへんの土地持ってる高津家の後続者である、咲夜くんと知り合いだよねぇ?」


「え・・・・・」


その口ぶりから、何かまずいことを探られようとしていることは分かった。


「ああ、勘違いしないで、俺は別に高津家に喧嘩売ろうってんじゃないんだ。その~咲夜くんの婚約者がさ、島咲家の人なんだけど、知ってる?よね?」


この人はいったいどこまで・・・・


俺が恐ろしくなって口をつぐんでいると、透さんは構わず続けた。


「その島咲家の元当主にちょっと用事があるんだ~。この辺りに自宅があるはずなんだけど・・・知らない?」


「知りません。」


透さんは俺よりだいぶ背が高いけど、見下ろされる瞳は夕陽と違ってプレッシャーしか感じない。


「・・・・そう・・・・知らないよね。でもきっと咲夜くんの連絡先は知ってるよね?もしくは元当主の美咲くん。」


「・・・あの、俺散歩に出てきただけなので、詰問されるいわれはないです。もう失礼してもいいですか?例え知っていたとしても、他人の個人情報を勝手にお教えする気にもなれませんし。」


「・・・わかってないなぁ君も・・・。いや、薫くんは賢いから、わからないふりをしてるんだね。」


「・・・・」


この人はきっと俺が何か隠そうとしても、顔色や素振りでそれを見抜いている。


「・・・透さん・・・俺、精神疾患があって休学したんです。夕陽は身内のいない俺を支えてくれようとして、一緒に休学しました。」


「へぇ・・・そうなんだ。良い医者はいた?」


「ええ、おかげさまで少しずつ良くなってきてると・・・思ってはいます。なので・・・あまり長く会話をするのも少し疲れるので・・・」


その時不意に体に違和感を覚えた。

怖いという恐怖心からか、次にゴクリと生唾を飲んだ時、もう人格が入れ替わっていた。


「それは申し訳ないことしたね。・・・でもさぁ・・・手がかりが目の前にあって黙って帰すってのも・・・ねぇ?」


透さんは薄笑いを浮かべて俺に近づいた。


「・・・・・・うるせぇなぁ・・・・。何回言わせんだよ。口割る気ねぇっつってんだろ。」


到底自分の口から出ることのない言葉遣いが飛び出して、中にいる俺は置いてけぼりをくらった。



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