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夕陽と薫  作者: 理春
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第十七話

バイトを終えた夕陽が、電話をかけてもいいかとメッセージを送ってきた時、俺は『ながらスマホをして歩いてると心配だし危ないからダメ』、と返信した。

今帰ると教えてくれるだけでも安心するし大丈夫と付け加えたけど、彼は何だか急に素っ気なくされたことを寂しがる父親のように、しょんぼりしている様子がメッセージからひしひしと伝わった。


返信を打ったスマホをそっと置いて、取り込んだ洗濯物を畳む。

常々思うけど・・・ここセキュリティーもしっかりしてるし・・・2LDKだし・・・駅も近い上にこの辺土地自体が高いから・・・ざっと見積もっても家賃12万以上するよな・・・


そう思うとタダで住まわせてもらっていることに罪悪感を覚える。

不思議なことに、このマンションは空いている部屋が沢山あるにも関わらず、ネットの不動産サイトに貸物件として、どこにも載っていなかった。

咲夜から紹介してもらった時、高津家の土地のマンション・・・と口にしていたので、もしかしたら関係者や一族の人たちしか住んでいないとか、そういうこともあるんだろうか。

越してきた際に、両隣と上下階に住んでいる人に挨拶しようと思って尋ねたけど、そもそもその全てにネームプレートがなかったので、いちいち美咲さんに尋ねるのもあれだし、一応両隣のインターホンを押したものの、誰も出ることなく、とくにコンタクトを取れないまま挨拶が出来なかった。

もちろんその後も、隣人を見かけたりすることはない。


「ただいまぁ~。」


鍵をガチャリと開けて、気だるそうな彼の声がして、俺は飼い犬のようにささっと玄関に向かった。


「・・・・夕陽・・・おかえり・・・」


彼は一瞬側に寄った俺をじっと見て、どの人格でいるのか考えているようだったけど、大人しく黙っている俺を見て、次にほっとした笑みを浮かべて抱きしめてくれた。


「夕陽・・・」


「ただいま・・・なあに?」


「夕陽・・・」


「ん・・・なに~?ふふ・・・。ずっと一生懸命声出そうとしてたから、無理すんなよって言ってたけど・・・いざ聞けたらめっちゃ嬉しいわ・・・愛の力かな~?」


彼はまたぎゅ~っと腕に力を込める。


「・・・ちょっと苦しい・・・」


「あ、悪い悪い。」


腕を解く彼から鞄とコートを受け取って、手を洗うよう勧めて部屋へ戻った。

受け取った上着を大事にクローゼットにしまって、鞄をベッドの脇に置いた。

それから彼が好きなチキンライスを温めて、上からふわふわの卵をかぶせる。


「うわ!薫のオムライス!めっちゃうまそ~~。マジで店で食べるものと遜色なさすぎて、ふと食べたくなるんだよな~。」


夕陽は嬉しそうにテーブルについて、ふわりと湯気が広がるそこに目を落とした。


「ケチャップかかってないけど~?」


何か強請るように口をとがらせる彼の元に、ケチャップを持っていった。


「なんて書いてほしい?」


「ん~・・・薫の今の気持ちで・・・」


自分で言っておいて照れくさそうにする彼が、可笑しくて仕方なくて、ケチャップをささっと黄色い卵に絵具のように滑らせた。


「・・・センキュー・・・?あれ、ラブじゃないの?」


「ニヤニヤしすぎだよ、お昼からずっとその顔してたでしょ。」


「あれ~・・・ちょっと辛辣ないつもの薫が戻ってきちゃったな~。」


自分の分のオムライスもそっとテーブルに置いて、俺も向かいに腰かけた。


「・・・・不安な気持ちがね、ふとした時に波が返すように押し寄せることはあるんだ。その度に頭の中で違う自分がパッと現れてきちゃうイメージで・・・。だからきっとこれからも、理想としてる学生生活を送れるようになるまで、まだまだ時間はかかるんだと思う。誰もが同じように出来ることが出来ないっていうのは、皆が同じように過ごしてきた日常を持っていないからだったり、当たり前のようにある家族が居ないからだと思う。」


「・・・そうだな。」


「けど最近は自分の周りや自分の中で、色んなことが起きて色んな人に話を聞いてもらって、いい意味でも悪い意味でも激変してたんだ。夕陽の言った通りだった。自分と向き合うチャンスであって、自分を変えるチャンスであって、これからのためにどうあるべきか、いずれ超えなきゃならなかった問題に、向き合っていく時期だったんだって・・・。俺は・・・夕陽にまだ話していなかったことがあって・・・」


何も書かれていない自分のオムライスを見つめて、また顔を上げて彼を見た。


「とりあえず、冷めちゃうから・・・食べてからゆっくり話そうかな。」


「・・・ん、わかった。いただきま~す。」


それから二人して談笑しながら夕飯を食べて、自分で声にして会話を出来る喜びをかみしめていた。

その間夕陽が、時々懐かしそうな少し悲しそうな、何とも言えない表情を落とすのを見逃さなかった。

やがて食事を終えてコーヒーを二人分淹れ、いつものように二人してソファに腰かける。


「・・・ここに座るとさ、いっつも大事な話してた時、薫と並んで座ってたからか、色んなことふと思い出すんだよなぁ。」


そう言いながらコーヒーをそっとすする彼の横顔を見て、俺は何だか言い知れぬ不安に襲われる。


「・・・・・そうだね・・・。なんか・・・どうしたの?別れ話でもしようとしてる?」


本当はそんな言葉を発すること自体怖かったけど、気持ちを払拭したくて口にした。

すると彼は俺の顔を見て驚いたように目を見開いた。


「んなわけ・・・・・・・んなわけねぇじゃん・・・・。」


夕陽は自信なさげにそう言って俯き、ため息を落とした。


「ごめん・・・・」


先にそうこぼしてしまったら、夕陽はまたパッと俺を見つめて眉をしかめていた。


「何の『ごめん』?」


夕陽の不安の元がわからなくて、どんどん鼓動が早くなる。


「・・・・そ・・・・夕陽・・・・・・・・・そんな怖い顔しないでよぉ」


涙ぐんで声が震えて、次第に体まで震え始めた。


「・・・ごめんごめん、別に何も怒ってないよ。」


彼が頭を撫でてくれて、俺はまた縋るように抱き着いた。


「夕陽が何を思ってるのか・・・聞かせて・・・」


「・・・あれ、俺が薫の話を聞くんじゃなかったっけ?」


「そんな不安な顔されたら怖くて話せないよ!」


「・・・・・」


ぎゅっと彼の服を掴んで顔を伏せたままでいると、躊躇いながら夕陽はポツリポツリと吐露した。


「・・・・・いつか・・・・薫が元気になって・・・俺の支えが必要なくなったら・・・恋人じゃいられなくなんのかな・・・とか・・・。他には・・・正直いつまで・・・こういう生活してくんかなとか・・・将来の不安もあるし・・・早く大学戻りたいなとか・・・・思っちゃってた・・・。でもそれは、一瞬の不安なんだよ。薫が少しずつ自分の不安と戦ってよくなっていってるの感じてるから、また一緒に通えるようになるよなってちゃんと希望も持ってる。だから・・・俺の不安なんて大したことないんだよ。」


夕陽はいつも・・・そうやって自分は大丈夫だと思って生きている人だ。


「俺もそう思ってた。」


「・・・・え?」


「俺も・・・大学に入学して・・・自慢じゃないけど主席で入学出来たし、予備試験だって順調に受かったし、このまま10代のうちに弁護士資格取れちゃうんじゃないかなとか、考えてたし・・・これからは順風満帆に生きていけると思ってた。もう小さな子供じゃないから、俺は大丈夫だって・・・・。でも現状は見ての通り・・・夕陽とせっかく付き合えたのに、勉強も働くことも出来なくなって、自分の気持ちにも振り回されて、夕陽におんぶにだっこで・・・。全然何も大丈夫じゃなかったんだ。だから・・・夕陽も無理して大丈夫なんて言わないで。」


零れそうになる涙を堪えて、また彼を見上げた。

どこか悔しそうな表情が、年相応にしょんぼりしていて愛おしかった。


「不安なこと話してくれてありがとう。言ってくれなきゃ俺は自分のことばっかりで、夕陽の不安な顔を見て見ぬふりしちゃうとこだったんだよ。元気になったらまた一緒に大学通いたい・・・。元気になれてもまた迷惑かけることあるかもしれないけど、俺は・・・ちゃんとしっかりした大人になってみせるから、今度は夕陽を護れるくらい強くなってみせるから・・・。」


零れて前が見えなくなると、夕陽はまたぎゅっと抱きしめてくれた。


「だから・・・・・・・別れるなんて言ったら許さないから。・・・一生恨むからね。」


「うへ・・・・・うん・・・・。ありがとう薫。あ~・・・・ごめんな、そんなこと言わせて・・・・って・・・こういう気の遣い方の癖がダメなんだよな・・・・・。え~っと・・・・受け止めてくれてありがとな。俺も・・・・たまにはさ~・・・あ~俺ダメかも~とか弱音吐いていい?」


「当たり前だよ。そうじゃないと対等じゃないでしょ・・・。夕陽言ったじゃん、俺は重病患者なわけじゃないって・・・。俺は・・・不安定で子供で役立たずだけど・・・ちゃんと夕陽のこと愛してる恋人だよ。俺にもよっかかってよ・・・。」


「えへへ・・・・うん。うへへ・・・・」


ニヤニヤしながら夕陽は俺の涙を袖で拭った。


「あのさ、言いたい事とりあえず言うわ!」


「え?」


夕陽は深呼吸してキリっと表情を引き締めた。


「薫、好きだよ。これからも俺と一緒にいてほしい。大学卒業して金貯めて、立派な社会人になって、指輪買えたらプロポーズするから。薫がどれ程不安になって自分を見失っても、俺は側を離れたくないし、別れようなんて絶対言わないから。だから・・・どうか無理せずゆっくり、学生に戻れるまで毎日を大事に生きてこ。俺さ・・・妹が死んでわかったんだ。いつ何時本当に、誰が突然死んでもおかしくないって。薫がいない世界で生きてくなんて俺には出来ないから・・・。だから・・・・・あああ~もう今プロポーズしちゃうじゃん~~~・・・to be next timeで・・・」


「ふふ!・・・うん・・・・ふふ・・・ありがとう夕陽。」


そう言って項垂れる彼の頭をぎゅっと抱きしめた。


「一緒に居られるとさ・・・それを失くしたときのことを防衛本能で考えちゃうんだ・・・。でも俺も夕陽も一緒にいることを絶対に変えたくないなら・・・相手に伝えることを怖がらずにいよう。震えながらでも、泣きながらでもちゃんと本音を勇気出して言うって、もう決めたから。先生も言ってたし・・・。夕陽は俺を信じてくれる?」


「うん・・・もちろん・・・。信じる~~」


夕陽は顔を上げてまたニヤニヤしながら俺にキスした。

そのキスが次第に深くなっていって、そのまま俺をソファに押し倒した。


「夕陽・・・」


「・・・薫・・・」


彼が俺の首筋に顔をうずめてキスマークをつけようと吸い付く。


「あのさ、ずっと在宅で夕陽が出来る仕事、探してはいたんだけど・・・」


「うん・・・・」


「やっぱり完全在宅で出来るものって割いいもの無くて・・・探せばいくらでも何でもなるとは思うんだけど・・・。正攻法で探すのもうやめようかと思って。」


「・・・というと?」


夕陽はまた手をついて俺の顔を見下ろした。


「ちょっと当てがあるからさ、期待しないで待っててくれる?」


「・・・うん・・・いいけど・・・無理だけはしなくていいからな?」


「うん・・・ありがとう。」


自信があるわけじゃないけど、聞いてみないことには始まらない。

人脈は使ってなんぼだ。

俺はそう腹をくくった。



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