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夕陽と薫  作者: 理春
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第十三話

オーナーである美咲さんから了承を得てその翌週、夕陽はうちに引っ越してきた。

元々一人暮らしとしては広い物件なので、特に使っていない一室を夕陽の部屋として、無事に全ての家具と段ボールを搬入してもらえた。


「ふ~~!これから荷ほどきしてかなきゃな~。」


そう言いながらクローゼットの下の方に布団をしまった夕陽は、部屋の窓を開けた。


「あれ・・・そういえば夕陽、ベッドはうちから持ってこなかったんだね。」


「あ~まぁ・・・実家帰ることがあったら寝る時困らないし、っていうか・・・」


彼は段ボールに手をかける俺の隣に座って、じっと俺を見つめてから抱きしめる。


「寝るときは薫と一緒に寝たいから。ベッド持ってくると別々じゃんか・・・。」


「まぁ・・・そうだけど・・・」


若干恥ずかしくなって濁すと、夕陽は俺の髪やおでこにキスした。


「だけど~?」


「その・・・今まで一緒に寝てたこともあるからいいんだけど、ぶっちゃけ夕陽の方がだいぶ体大きいから、シングルベッド狭いでしょ?」


「・・・・そこなんだよな~・・・。」


彼もまた側にある段ボールを開きながら呟いた。


「薫が寝てると大きく見えるベッドが・・・俺が入るとサイズ感マジック・・・。いっそセミダブルでも買おうかなって思うわけよ。」


「セミダブルか~・・・でも・・・お高いんでしょ~?」


俺がそう言うと夕陽はニヤリと笑みを浮かべる。


「それがなんと・・・ネットで見たらそうでもないんだよな~。良さそうなのが2万円以内であるし、マットレスとか掛布団・・・は別にあるからいいか、合わせて買っても3万以内なわけよ。おまけにセミダブルのフレームって収納もついてるし、ヘッドボードにコンセントもついてるからスマホの充電も枕元で出来る。ちょっとしたナイトランプくらいなら置けそうだから、寝る前に薫が本読みたかったら読めるし。結構大きさはあるけど、俺そんな物持ってきてないからここに余裕で置ける。」


「でも・・・ここにセミダブル置いちゃったら、ほとんど自分のスペースないように思えるけど・・・。」


「まぁそうだけど、俺薫みたいに読書が趣味とか、勉強用の参考書とかを持ってるわけでもないからさ。そもそも置くものないし、基本的に薫と同じ空間で寛ぎたいから・・・。まぁまったく本ないってわけじゃないからシェルフくらい今回買ったけど。それ以外ないだろ?」


「確かに段ボール少ないなって思ったけど・・・」


以前夕陽の部屋を訪れた際、漫画本や雑誌、飾りのように置かれていたギターもあったように思うけど、それらほとんどを持ってこなかったようだ。


「ま、ほしいもんがあれば買うかもしれんけど・・・。基本的に働いた金は生活費に使うしなぁ・・・フルタイムで週5働くようになったらさぁ・・・普通に月10万以上は入るから・・・食費は3万以内くらいだとして~・・・家賃無料ってのがめっちゃありがたいよなぁ・・・。ネットで見た感じだと、一人暮らしで月にかかる平均は14万弱くらいって書いてあった。娯楽費とか、食費を節約したらもっと安く済むかもしんないけど。」


「・・・まぁ・・・。でも別に夕陽が稼いだお金だけで生活しようってわけじゃないから・・・。」


「ダメだよ、薫の金は治療費に使うし、今はバイトしてないんだから貯金使うのもあれだろ。いくらか親に仕送り頼んだから、困った時は使えるし、とりあえず最初はどれくらいやりくり出来るか試させて。」


どうやら俺が思っているより、夕陽はあれこれ考えて来てくれたようだ。


「ありがとう・・・じゃあマイナスだったら俺が食費くらい出すね。」


夕陽は満足そうにうなずいて、またそっと俺にキスした。


「これから毎日一緒に居られるな・・・。」


「そうだね。」


「なんか不安なこととか不満があったら言えよ?一緒にいるのに無理させるんじゃ意味ないからな。」


「・・・ありがとう。」


「それと、フリーター生活になるから、ほぼ朝から夕方まで働きに出ることになるけど、休憩時間には必ず電話するから。」


「電話?」


「うん、家に居ても外に居ても何かあったら心配だからさ。急に心細くなったりしたら、一人っきりで家で待つの寂しいだろ?緊急の時は別にいつでも電話かけてくれていいからな。俺働く時間で相談したときに、ちゃんと上司に事情は説明してるから、仕事中もスマホ持ってていいって許可もらったし。」


「そうなんだ・・・わかった。」


金銭面でも精神的なサポート面でも、夕陽は何もかもが徹底して用意周到だった。

よくよく話を聞くと、精神科の先生である俺の担当医に、サポートする上での注意点や、心掛けることなど事前に熱心に聞きこんだという。

更にネットでも解離性同一性障害のことについて調べ尽くしたようだ。

段ボールを開けて荷解きを手伝っている最中、唯一彼が持ってきていた真新しい本も、障害を知るための書籍や、症状についての対処法など、簡単なものから本格的な医療本まで数冊あった。

それについては俺もとても興味深かったので、自分の症状を知るためにも借りて読むことにした。


本来、何事も無くお互いが大学生活を送って、いざ同棲出来るとなっていれば、ただただ幸せな日常の幕開けだっただろう。

だけどかき乱される症状や人格に悩まされて、言い知れぬ不安を抱えながら、医者でもない恋人にサポートされて養ってもらう生活というのは、なかなかどうも心地のいいスタートとは言えない。

長い間蓋をしてきたパンドラの箱でしかない過去は、そのトラウマと複雑な心境を一つずつの人格として姿を変え、入れ代わり立ち代わり現れては、その欲求や欲望を満たそうとする。

自分の中で対立するわけにもいかないので、変わろうとする自分をあえて制御することもしていないけど、せめて一緒に居てくれる夕陽にだけは、ストレスや面倒をかけたくない。


夕陽が買ってきた本を読みながら、そんなことを考えてあまり内容が頭に入ってこない。

以前担当医には集中力が高いと言われたけど、最近はそれも散漫になりつつあった。

淡々と荷解きしている夕陽の隣で、ボーっと本を開いていた自分に気が付いて、ハッと彼を振り返った。


「ごめん、手伝う。」


「ん?別にいいよ。そんな量ないし・・・。」


本を置いてさっと夕陽の衣類を取り出して、クローゼットにしまうと、リビングに置いていた自分のスマホが鳴った。


「ん・・・?」


通知音ではなく着信音だ。

誰だろうと思いながら取りに向かって、テーブルに置きっぱなしにしていたその画面を見ると、『父さん』と大きく表示されていた。

その瞬間何故か目眩が起こった。足元がぐらりと揺らいだけど、何とか平衡感覚を取り戻して、側にあった椅子にそっと座り、静かに画面をタップした。


「もしもし・・・」

「・・・もしもし、薫・・・今大丈夫か?」

「・・・ええ、何でしょう。」

「・・・実は・・・エリザがまた薫に会いに行きたいと言っていてな、出来れば俺も一緒に伺いたいと思っているんだが・・・冬休みの都合を聞かせてくれないだろうか。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・薫?」


この人は何を言ってるんだろう・・・

もう顔も覚えていないし、いつ会ったのが最後かも覚えてない。

ボーっとしていた自分の中で、徐々に胃が煮えくり返るような気持ち悪さを感じてきた。


「・・・・ない・・・」

「・・・なんだ?すまない、よく聞こえない」

「知らない。だれ?俺のお父さんはもう夕陽のお父さんがいるもん。」

「・・・ゆうひ・・・?」

「・・・どうして帰ってこなかったの・・・・?誕生日もクリスマスも、参観日も運動会も・・・どれか一つでも来たことある?」

「・・・薫・・・?」

「呼ばないで・・・」

「どうしたんだ・・・いったい・・・」

「俺の名前呼ばないで!!!!お前なんか知らない!!!」


俺が力を込めてスマホを床に叩きつけたのと同時に、夕陽が慌てて駆けつけた。


「薫!!」


「10年でいったい何回家に帰って来たんだよ!!俺が覚えてる限り片手で足りる程度しか会ってない!!母さんはずっと電話かけてたのに!!!母さんだって帰ってきたくなかったのに!!お互い俺を押し付け合ってたくせに!!母さんを泣かせたくせに・・・。お前なんか父親じゃない!!!」


息を切らしながら叫ぶ俺を、夕陽は力を込めて抱きしめた。


「もういらない・・・・・・・」


死んじゃえ

そう心の中で思った。今まで、恨みなんて人に抱いたことはないと思っていた。

本当は心底捨てたくなかった家族を、自分の手で捨てた瞬間だった。

叫ぶように泣き崩れて、悲しさや悔しさで前が見えなくて、握ったこぶしで爪が掌に食い込んで血が滲んだ。

小さな子供みたいに号泣する俺に、声をかけながら抱きしめる夕陽が、その時どんな気持ちで、どんな顔をしていたのかはわからない。

言いたいことをぶちまけても、スッキリなんてしなかった。

泣きながらずっと、「いらない、いらない」と何度も拒絶するように唱えた。

そのうちプチン・・と頭の中で何かが途切れて、意識が遠のいた。


いったいどれだけ寂しい想いをしたら、帰ってきてくれるんだろうと

そんな風に考えていた。

もう無駄なんだと思い至ってからは、いっそ永遠に関わりたくなどなかった。


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