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夕陽と薫  作者: 理春
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第十二話

中途半端な天気だったその日、咲夜と話していた間は曇天模様を貫いていたのに、一頻り話し終えた矢先、思い出したようにポツリポツリと雨粒が落ちてきた。


「降ってきちゃったなぁ・・・」


憂鬱そうに呟いた咲夜は、持ってきていた鞄から折り畳み傘を取り出した。


「こういう傘がいるかいらないかの微妙な降り方するのヤダよね・・・。」


「まぁな、でも俺は絶対さす。変に濡れるのがすごく嫌だから。」


そう言って彼は隣に座る俺に当たらないようにゆっくり傘を開き、俺へ距離を詰めて座りなおして相合傘をした。


「・・・・小夜香さんとこれから予定は?」


「あるよ~。兄貴夫婦のうちに行って、去年もやったけど誕生日会みたいなことすんの。」


「へぇいいね・・・あ!そうだ!思い出した。美咲さんにちょっと折り入って頼みたいことというか、マンションのことでちょっと伺いたいことがあるから・・・連絡先教えてほしいんだけど。」


「・・・ん、ああ、いいよ。」


気だるそうにスマホを取り出した彼は、本人に了承を得るメッセージを受け取った後、俺にメッセージアプリのアカウントを教えてくれた。


「ありがとう。」


「ん・・・・」


すぐ近くにある咲夜の横顔を何となく見ても、先ほどのように人格が激しく切り替わる感覚は起きない。

でも今はそれより、雨が降り出してから顔色が悪くなり始めた彼が気がかりだった。


「大丈夫?気分悪い?」


「・・・悪い・・・。雨降るってわかってたけど、俺めっちゃ気象病でさ・・・。まぁでもいいわ、タクシー呼んでいくから。」


「誕生日にこんな天気やだね・・・。」


「てかさ、薫のその可愛いコートは朝野くんに買ってもらったん?」


思い出したように言いながら、首元のファーに触れる咲夜の手をそっと掴んだ。


「・・・触らないで。夕陽が買ってくれたの!ちょっと早いけどクリスマスプレゼントねって♡」


「ごめんごめん、よかったなぁ、薫が幸せそうで何よりだよ。」


「そうなの?嫉妬しない?」


「嫉妬する要素がないだろ。俺は小夜香ちゃんとラブラブなの~。」


「あれ、でも結構前に学食で会った時、小夜香さんの周りにいる男に警戒心丸出しで悩んでなかったっけ?」


「あ~・・・別にあれは・・・まぁたぶん取り越し苦労で終わってるよ・・・。小夜香ちゃんあえて心配させるようなこと言わないけどさ・・・。」


距離感近いのに、俺は更に咲夜の顔を覗き込むように問いかけた。


「でもあの時私に、チャンスなのかなって思ったら俺のこと狙ったりする?とか聞いてたじゃん。」


「そうだな。でも何でそんな聞き方したのかは薫もちゃんとわかってるだろ・・・。言っとくけど、そういう態度は色目使われてんのかなって男は思うぞ?」


咲夜は窘めるように俺の頭に手を置いて撫でた。


「使ってないもん、触らないで!言ったでしょ、今の私は夕陽のこと自慢したくってしょうがないの♡夕陽私のこと毎日可愛い可愛いって撫でてくれるし、エッチもいっぱいしてくれるもん♡」


ああ・・・そんな大っぴらに・・・


「ふ・・・そっかぁ。俺もいっぱいしてるよ~?」


「咲夜性欲強そうだもんね。」


「う・・・るさいなぁ・・・自覚してるよ・・・。小夜香ちゃんに嫌われないギリギリを攻めてるんだから・・・。」


「へぇ~?一晩に5回とかしちゃってるとか?w」


「・・・・え・・・ダメなの?それ・・・」


流石にその衝撃発言で人格が元に戻った。


「・・・・・・・ど・・・どうだろうね。」


「めっちゃ引くじゃん!わかってるよ自分でも!最近は3回くらいまでに・・・しよっかなぁって思ってはいるよ?」


「・・・・思ってるだけなんだねぇ・・・。っていうか時間大丈夫?」


「ああ・・・後20分くらいは大丈夫かなぁ。時間になったら小夜香ちゃん迎えに行って一緒に行くからさ。・・・てか・・・思い出したけど、前カフェで待ち合わせして会った時、小夜香ちゃんも偶然会ったろ?」


「あ~うん。」


咲夜は俺にジト目で見つめてきた。


「そん時さ、ホントはちょっと小夜香ちゃんに色目使ってたろ?」


「・・・・・え・・・・・いや・・・色目ってどこから判定されるの?」


「ん~・・・・『うわ!可愛い~!やばぁ!』って見惚れた瞬間から?」


「・・・・そっか・・・。じゃあ・・・使ってたかも・・・。」


「はい有罪~~。」


咲夜はがしっと俺の首に腕を回して力を込めた。


「痛い!ごめんなさい!」


その瞬間公園の入り口の方から呼び声がした。


「咲夜く~~ん!」


思わずビク!っと体が跳ねた。それは明らかに小夜香さんの声だ。


「え、あ!!小夜香ちゃ~~~~ん」


咲夜は俺をほっぽって、折り畳み傘を持ったまま入り口に走り出す。

まるで飼い主に呼ばれた犬のように・・・。

少し早いけど用件は済んだので、俺もそのまま立ち去ろうとベンチから腰を上げた。

二人に歩み寄ると、小夜香さんは丁寧にお辞儀した。


「こんにちは、薫さん。お話し中お邪魔しちゃってごめんなさい。」


「こんにちは、構いませんよ。もう話し終わって用件も済んでいたので。」


小夜香さんは俺を改めてじっと見つめて、その何か心の奥まで見透かすような澄んだ瞳に、若干視線を泳がせてしまう。


「まぁじゃあ用件は済んだし、小夜香ちゃん、ちょっと早いけど迎えに行くつもりだったからさ、準備まだなら家で待たせてもらってもいい?」


「うん、いいよ。」


置き去られていたプレゼントの紙袋を改めて咲夜に渡して入り口を出ると、コンビニ袋を持つ小夜香さんがそっと俺に声をかけた。


「薫さん・・・何かいいことあったんですか?」


「へっ!?」


何のことかと思案していると、咲夜は振り返ってニヤニヤして代わりに答えた。


「薫彼氏出来たからな~毎日イチャラブなんだってさ~。」


「ちょ・・・!」


俺が咎めようとするとまたハッと息を飲むような感覚に襲われる。


「・・・・・夕陽は咲夜よりずっといい男だから!今日は言いたい事言えてスッキリした~♪私全然咲夜のこと引きずってないからね、小夜香さん。」


彼女がポカンとしていると、慌てて咲夜は俺の前に立つ。


「おいおいおいおい、それじゃあまるでお前が俺と付き合ってたみたいだろが!違うから小夜香ちゃん、マジで。」


「何が違うの・・・」


「違うだろ!?」


「うふふ・・・付き合ってたって事実じゃなくても、そういう関係だったんでしょ?」


あっさりそう口にする小夜香さんは特に何も気に留めていない様子だった。


「え・・・あ・・・いあ・・・う・・・」


「ふん・・・咲夜だって何となく感づかれてるって言ってたじゃん。往生際悪いよ。女の子の方が男より勘がいいんだし、妙に誤魔化したりしたら、やましいことがあるんだって言ってるようなもんだよ?」


「う~・・・・」


苦々しい表情をする彼を見て思わず口元に手を当てた。


「ふふ、今は普通に仲良しならそれでいいと思うよ。私は咲夜くんを信頼してるもん、浮気なんてちっとも疑ってないからね。」


そう言いながら彼の手をぎゅっと取って微笑む彼女は、文字通り天使のようだ。


「ん・・・疑われることは何もしてません。小夜香ちゃん一筋です・・・。」


「はいはい、ご馳走様。じゃあ俺はこれで。」


そう言って二人と別れ、雨が本降りになる前に足早にマンションに帰った。

自宅に着いて一息つき、教えてもらった美咲さんのアカウントに通話をかけた。

用件としては、恋人と同棲したいので全額免除してもらっている家賃のいくらかを、お支払いさせていただきたいということを言ったのだけど・・・案の定というか、以前の口ぶりからそう言われるだろうと思ってはいたけど、何か事情があるなら特に払わなくていいと言われてしまった。


「あの・・・いくら何でも二人で住んでいて家賃を払わないというのは忍びないというか・・・」


冷たいスマホを耳に当てて、ソファの前で正座しながら話していた。


「・・・・学生からしたら高い家賃を、わざわざ払ってもらおうと思えないだけだ。後、何か事情があるなら話してほしい。」


そう言われて、俺の伺いの仕方から何かを察せられてしまったのだと気づいた。

顔を見て話していなくても、美咲さんは何かわかるのだろうか・・・


「え・・・えっと・・・俺個人の事情は、今回お伺いしたい件に無関係ですし・・・」

「では、俺個人が薫くんの事情について聞きたいから、ということで話してほしい。」

「・・・・それは・・・どうして聞きたいんでしょうか。」

「あまりにも個人的で話しにくいことであれば構わない。けれど何か困っていて誰かの助けがほしいということなら、咲夜の友達だし、という理由で聞くのはおかしいか?」


知られたくないわけではなかった。

咲夜のお兄さんなんだ、いい人なのはわかるし、どこか夕陽と同じように良い人過ぎるようにも思える。

そういう人を、もうこれ以上自分のことに巻き込みたくはなかった。

けれどそもそも咲夜が俺個人の事情を話した上で、マンションを優遇してくれている。

家庭の事情がなければ本来住むことは出来なかった。

ならば聞かれたことに全て答える方が道理だろうか・・・。


「お節介だったか・・・?」

「あ・・・いえその・・・」


俺は美咲さんに、つい最近解離性同一性障害を診断されたこと、過去にあった出来事のトラウマが原因であろうこと、そのために俺を献身的に支えようと夕陽が一緒に住もうとしていること、そして俺も夕陽も休学したことを話した。


「そうか・・・大変だったな。」

「いえ・・・俺は特に大変な自覚なく色々人格が切り替わってて・・・。思い出してつらいことはもう全部忘れようって夕陽も言ってくれたので、これから真っ当に生きていけるように治療していこうと思ってます。」

「そうか。いいパートナーがいて何よりだな。実は・・・俺の妻も同じ症状を患っていたことがあった。」

「えっ!!そうなんですか?」

「ああ・・・何年か前だけどな。もう以前ほど大袈裟に人格が変わることもないけど、人の多い場所で何時間もいることや、皆が当たり前にやっている一般的なバイトなんかは、焦りや不安が募って出来ないんだ。まぁ俺たち二人とも元々当主であったから、今更普通に雇われて働くことはないだろうけど。でも薫くんに関しては、これから将来に向けて、社会で生きていくための自分を作っていた大事な時期だと思う。まず治療に専念しようというのは英断だし、時間がかかるものだから気長に向き合っていけばいいと思う。ということで・・・引き続き家賃は徴収しないので、話はこれで終わりでいいか?」

「あ・・・はい・・・。何から何まで、ありがとうございます。ご兄弟揃ってお世話になってすみません。」


俺がそう言うと、美咲さんはあっけらかんと笑って、また何かあれば連絡してくれと言われて通話を終えた。


いつの間にか、自分が想定以上の人たちに世話になっていることに気付く。

担当医の話では、完治することは難しくて、以前のような自分に戻るということはないと思った方がいい、と言っていた。

夕陽は、自身の心の中を見つめ直して整理して、安定を図ることは誰でも必要なことだと言っていた。

きっと別々になった人格から、自分が置き去りにしてきた気持ちや不安が、少しずつ見えてくるはずだ。

今回咲夜と話した時に、少しイライラしていた女性らしい自分は、きっとそういうものだった。

置き去りにして無理してきた自分を、一つ一つ見つけることが出来るかもしれない。

俺にとって必要だったことだ。

そういうことなら、以前の自分に戻れなくたっていい。

押し殺した気持ちを忘れて、傷ついていないフリをしていた自分よりは、不安を曝け出せるほうがずっといいんだ。



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