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夕陽と薫  作者: 理春
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第十一話

先輩の誕生日当日、頻繁に泊りに来ていた夕陽は、実家に帰って準備をしてからバイトに行くために、俺の部屋を出ようとしていた。


「荷造り結構進めてるけどさ・・・気付いたんだけど、二人暮らしすることはオーナーに許可取った方がいいよな?」


「ああ、うん・・・そうだね。今日先輩に会うついでに、美咲さんの連絡先を聞こうと思ってるんだ。」


「そうなのか、悪いな。何だったら連絡先聞けたら俺から伝えるからさ、俺に教えていいか聞いといて。」


「・・・ううん、これは俺自身がこうなったから必要になったことだし、俺からちゃんと話すよ。」


俺より17センチも背が高い夕陽は、玄関先で俺を見下ろして、少し冷たくなった両手を俺の頬にあてた。


「言っとくけど薫の症状関係なく、残念ながら俺は付き合えたらソッコーで同棲しよって言うつもりでした~。」


「・・・ふふ・・・そういえばこないだ言ってたね・・・」


「まぁでも薫のその責任感みたいなのは、いいところだと思ってるし、そうしたいっていう意思を尊重するよ。」


夕陽はそのままそっとキスをして、惜しむように何度か重ねてから『また夜来るからな』と言い残して玄関を出た。

自然に口元が緩んで笑顔で手を振った。


そして急にワクワクした高揚感に満たされて、夕陽に念を押されているのできちんとその場で戸締りをして、先輩と待ち合わせしている公園に向かうための準備を始めた。

クローゼットに大事にしまっていた、夕陽が買ってくれたコートに手を伸ばす。


「ふふ・・・可愛い~。」


何度見てもただのレディースのコートだけど、中性的な自分の顔立ちに似合ってしまうのも事実。

正直先輩・・・咲夜と会うのに着ていくものではないけど・・・ウキウキしている女の子のものが好きな自分は、着ていく気満々のように思える。

咲夜に都合を聞く際、自身の症状についても説明して了承をもらった。

人が大勢いるところでは自分の挙動が目立ってしまうかもしれないし、お互い近所ですぐ会える場所として公園はうってつけだったので、あっさりそこに決まった。

先輩から友達という意識にもっていったものの、まだまだぎこちない自分がいるのも事実。

だけど人格が変わった状態の自分では、正直咲夜に対してどう接するのかは未知数だ。

そこについてソワソワしている気持ちが否めないけど、人と会う予定にここまでしゃれ込もうとウキウキしている自分もなかなか不自然だ。

結局モヤモヤしたまま準備する様子を俯瞰で眺めていたけど、嬉しくてやはりコートは着ていくようだった。


少し冷え込み始めていたその日は、生憎ながら少し曇り空で、プレゼントを持つ自分も傘を持とうか少し迷いながら、結局持たずにマンションを出た。


「天気悪いのやだな~。」


そんなことを呟きながら紙袋をしっかり持って、何度も卸したてのコートを眺めながらゆっくり歩いて向かった。


「そうだ・・・飲み物買って行こ」


10分ほど歩き、思い立ってコンビニに入った俺は、適当に咲夜の分の飲み物も買ってさっと店を出た。

公園はそのすぐ隣にあるので、ちらっとだだっ広い公園を覗いてまだ来ていないことを確認すると、コンビニ前にある申し訳程度のベンチに腰掛け、温かい緑茶を口にした。

ふぅと一息つき、どうしてかこの落ち着いた状況でも、自分の方に人格が切り替わらないのが不思議だった。

スマホを出して時計を確認するも、まだ約束の10分前だった。

咲夜の前ではちゃんと話してたいんだけどなぁ・・・戻れないのかな・・・


「うるさいな・・・」


え・・・・・

不意に落とすように声を漏らした自分が、俺自身に言っていることだと一瞬で気付いた。


「はぁ・・・これから咲夜と会うのに、邪魔しないでほしいんだけど。」


その言葉の意図もわからず、中にいる俺はじわじわと焦りで寒さを感じ始めた。

精神科の先生は、最終的には人格の統合が目的だと言っていた。

それはそれぞれの意志を一つにまとめることだと・・・。

対峙しているのが自分自身であると、どうやって何を言うべきなのかもわからないし、このままだと行動の制限も出来ない。

思案していると手元にペットボトルを持ったまま俯いていた自分に、ふっと影が落ちた。


「ねぇねぇ、お姉さん一人?何してんの?」


淡いピンクのコートを着ていただけで、別にスカートを履いていたわけじゃない。

女性らしさが感じられるのは本当にコートだけのはずだ。

何も言わずに声をかけてきた男性を見上げていると、男はさっとしゃがんで目線を合わせた。


「え~・・・めっちゃ可愛いんだけど・・・お姉さんスッピン?化粧してなくて可愛いじゃん。」


彼らの連れらしき二人が、後ろで気持ちの悪い笑みを浮かべながらこちらを見ていて、不快極まりない。

哀れに思えたけど、タートルネックのセーターを着てしまっているので、喉仏も見えず近くでも判別出来ないのだろう。

俺に文句を垂れていた人格は「はぁ」とまたため息を落とし、パッと俺に切り替わった。

嘘でしょ・・・主導権は向こうにしかないの?


「・・・あの・・・俺男なので・・・」


「・・・え?・・・・え、嘘!女装?」


既視感あるやり取りだ・・・。

その場を離れたくて立ち上がり、騒ぐ彼らを無視して公園に向かおうとすると、パッと手首を掴まれた。


「え、ねぇねぇなんか女装アカウントとかでインスタやってる人?普通にフォローしたいんだけど、良かったら教えてよ。てか暇なら遊びに行こ」


「・・・暇じゃないです、SNSもやってません。失礼します。」


威圧感を込めて手を振り払うと、あろうことか他二名が目の前に回り込み、やれ俺は男もいけるだの、可愛かったらいいだの、どうでもいいことを言いながら道をふさいでくる。

呆れかえって睨んでいると、後ろから頭一つ抜き出た影が現れた。


「あ・・・」


「な~にやってんの薫。」


男たちは咲夜を振り返ると、その顔立ちと冷たい視線だけで、彼は3人のモブを退けた。


「悪い、待たせたな。」


「・・・・・・ううん!大丈夫。」


「・・・ふふ、そんな元気な受け答えする薫新鮮だな。」


「そう?なんか知らない人がなんか言ってきたけど、咲夜が来てくれて助かっちゃった。」


彼は苦笑いを返して、二人して公園に入り、いつも話していたベンチに腰かけた。


「はい、咲夜の分も飲み物買っておいたから。」


「お、サンキュ。」


「それと・・・これ、誕生日プレゼント。おめでとう!」


「おお、ありがとわざわざ。何だろ・・・」


満面の笑みで渡す自分が、いったい何を考えているのかわからないけど、何事も無く無難に時間を過ごしてくれさえすればそれでよかった。

俺が心の中でそう思うと


「嘘つき・・・」


あろうことか小声でそう返ってきた。


「あ?なんか言った?」


「ううん!何でもない。小説だよ、オススメなの。咲夜も気に入ってくれると思うなぁ。」


「そうなんだ、ありがと。あ~この作家知ってるかも・・・結構映画化してる作品あるよな。」


「・・・・そうだね。ねぇねぇ咲夜ぁ」


「ん?」


彼がパキリと渡されたペットボトルを開けて口をつけた時、少し考えながら俺は口を開いた。


「今日の私、可愛いと思った?」


そう言われた咲夜はゴクリとお茶を飲み込んでから、ふっと頬を緩めた。


「可愛い~?別に?俺が可愛いなぁって心底思うのは小夜香ちゃんだけだから。でも服装は薫に似合ってると思うよ。薫ピンク着こなせるのすごいな。俺似合わないんだよなぁ・・・タッパあるからかな。」


「・・・そっかぁ、そうだよね。小夜香さんすっごく美少女だし、何着ても小夜香さんの方がきっと似合うもんね。」


「・・・いや、まぁそうだけど・・・。どっちがどっちって話じゃなくて、薫は薫でめっちゃ似合ってるよ。」


「でもさ・・・咲夜はさ、高校生だった頃も、私のこと少しは好きって思ってたでしょ?」


・・・・・なんてことを・・・

これは暴走と言えるほどの言動じゃないだろうか・・・本来の人格じゃ到底彼に言わないようなことを口にしていた。


「ん~好きって言う恋愛感情より、普通に人間としてはもちろん好きだったよ。気が合うじゃん俺ら。」


咲夜がそう言うと、自分の中で何かカチリと、シンクロしたような心境を覚えた。


「・・・・は?気が合うって・・・本気で言ってるの?私は咲夜が好きだから、基本合わせてあげてたんだけど?私が本来めっちゃ頭いいの知ってるよね?コミュニケーション能力も高いの。だから咲夜がどういう人が嫌いで、どういう振る舞いをしてたらうざいって思われないか考えて接してたの。そんなこともわかんなかったわけじゃないよね?」


やめて・・・


「・・・そうだな、気付いてたよ。気ぃ遣ってくれてんだろうなぁってのは。じゃあ薫は・・・本来はまったく合わないって思ってたけど、恋愛感情で俺のことが好きだったからずっと無理してたってことか。そりゃぁ俺も好きって好意を返せないわけだ。」


「知ってるよ、咲夜がそういう人だってこと。・・・・でも私、今は違うの。今は・・・世界一大事な夕陽がいるから。夕陽は私を裏切ったりしないし、咲夜みたいに体だけの関係で私を捨てたりしないし、見限ったりしないの。私は私だけの人を見つけたの。ずっとそれを・・・貴方に・・・・自慢したかった。」


「そっか・・・。いいよ、自慢もっと聞くよ。朝野くんの話聞かせてよ。」


「ふふ・・・夕陽はね、咲夜よりも背が高くてすらっとしててスタイルよくって、運動神経も抜群なの!中学生の時なんて、空手の日本チャンピオンだったんだよ!高校生の時はバスケ部だったみたいだけど、そこでもレギュラーだったし、頭もいいから学部でも成績優秀だし・・・でも・・・私が病気だから、側に居たいからって一緒に休学しちゃった。・・・・・・・・・ホントは夕陽は私よりうんと出来る人だし、私よりたくさん友達もいるし、家族を大事にして、大事にされてきたすっごい人なの。咲夜よりずっとすごいもん!」


そこまで言った自分は、涙目になりながら俯いて、他にも溢れそうな悔しい言葉を呟いていた。


「そっか・・・そりゃそうだわな。一緒に生きていこうって言ってくれた人は、自分にとって世界一すごくて大事な人だよな。良かったな薫・・・ちゃんと正しい選択して、朝野くんと付き合えたわけだ。」


「・・・・・・・・・・・・・・そう・・・・・・・・・だよ・・・・。ホントは・・・・最終的には・・・・先輩のこと大っ嫌いだって思ってた・・・。でもこれ以上は言わない・・・。」


「そう?別に好きなように言ってくれていいよ。それは俺の因果応報ってやつだし、何言われてもしょうがないって思ってるから。」


「嫌いになりたくてなれなかった俺の気持ちわかる?夕陽は知り合って日が浅いのに、吐き出せずに残ってた先輩への気持ちで俺が苦しんでることまで察してくれたんだよ。いくらごめんなって謝られても、そんな風に態度を貫かれたら、俺はいいですよって許すしかなかったじゃん!」


心の中で思った。

これが本当に抱えていた気持ちだったのか・・・と。


「ふざけないでよ・・・・人を弄んだ責任くらい取れよ・・・。」


「いいよ、どうすりゃいい?」


涙を堪えながら握った拳に力がこもって、爪が掌に食い込んでいく。


「・・・・・・・・・・私が・・・ずっとどんな気持ちだったか考えてよ。」


「考えてたよずっと・・・。薫に泣かれてハンカチ渡したあの後から。どう接していったら償えるのかなって。だから薫が普通に友達になりたいって言ってくれた時は、許してくれたのかなって思った。けどそんな簡単に気持ちが収まるなら苦労してないよな。・・・好きなように罰していいよ。」


「私が咲夜の幸せを願えるとでも思った?・・・・・お・・・・俺が・・・先輩に幸せになってほしいって思えたのは、夕陽が居てくれたからだよ・・・。どうしてほしいとか、謝ってほしいとか、そんなこと今更思ってない。俺は自分が一生懸命先輩を忘れて幸せになろうとしてた惨めさを、悔しさを知ってほしかったんだよ。・・・・ここでかつて話した時・・・・江戸川乱歩の『孤島の鬼』っていう作品知ってる?って聞いたの覚えてる?」


「あ~覚えてる。ちょっと気になったからネットで読んだよ。わりと不気味で奇怪な話だったけど、ハラハラして楽しかった。男同士の関係性もどろどろした感じで描いてたよな。薫が伝えたかったことって何だったんだろうなって考えてたよ。」


「・・・それで?」


「・・・・異常なまでの諸戸の箕浦への執着心が、薫自身の気持ちとリンクしてたりすんのかなぁとか。」


彼の答えを聞いて、何て浅はかだろうと思うよりほかなかった。


「・・・違うよ。」


「じゃあ・・・俺が諸戸側で、薫は箕浦で・・・そういう風に思ってほしかったなぁ的な?」


「全然違う。」


そこまで言うと、彼は仕方なくため息をついた。


「俺には読解力がないようだわ。」


「違うよ。咲夜は俺のことにまるで興味がないからわからないんだよ。俺がどう感じてどういう気持ちを抱く傾向にあるか、それがわかればすんなり答えは出るんだよ。だから・・・きっと夕陽はわかる答えだよ。そうだ・・・決めた。咲夜への罰は、その答えがわかるまで俺のこと考えててよ。」


「うげぇ・・・宿題出すんかよ・・・。」


「甘んじて受けるってさっき言ったよね?」


咲夜は視線を逸らしながら気まずそうにした。


「でもせっかくの誕生日に随分意地悪なこと言っちゃったし・・・。元々俺がどれ程性格悪いのかよくわかってくれたと思うけど、・・・妙にすっきりしてるから許してね。」


咲夜は笑みを浮かべる俺に、仕方なさそうな笑顔を返した。


「いいよ~?プレゼントわざわざ買ってくれたしな。・・・これはどろどろ恋愛小説じゃないだろうなぁ?」


「まさか・・・。小夜香さんと幸せにねって気持ちを込めて、ハートフルでハッピーエンドがある恋愛小説だよ。」


「あっそ・・・。薫・・・あのさ」


「なに・・・?」


彼は背筋をぐ~っと伸ばしてベンチにもたれて、いつもの爽やかな笑みを浮かべた。


「俺は今の本性丸出しのちょっと性格悪い薫の方が、友達としてだいぶ好きだよ。」


咲夜のその言葉に笑うしかなかった。


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