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夕陽と薫  作者: 理春
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第十話

その翌週から、病院へ通院し始めた。

付き添ってくれた夕陽と待合室で別れ、担当医と話すのは少し緊張して、元の自分からやっぱり人格が変わったりしたけど、先生は少しずつ話を進めてくれて、どうでもいい身の上話や、将来の展望を聞いてくれた。

いつまでも付きまとう不安の原因を紐解いたり、自分を追い詰めるような条件を洗い出したりするのは、これから少しずつ見つけて治療していきましょうと言われた。

精神科の病院は、以前怪我をして入院した病院とは雰囲気が違い、幼い頃のトラウマを思い出させる程の空間ではなかった。

医者も看護師も大袈裟な人数はおらず、受付は子供でも不安にならないような、置物や花で彩られていた。

先生によれば、昨今は特殊な職業の方でなくとも、精神科や心療内科を受診する人は多く、様々な症状や病名を付けられるようにもなってきたので、皆一度は訪れたことがあるくらいの場所になってほしいと言っていた。

一昔前までは精神科に通っていた歴があると、就職の際ネックだとか言われていたけど、自分の不安を取り払うため、自分をもっと向上させていくための、一つのステップとなるという考えになってほしいと、そう語られた。


俺自身もその通りだと思った。

今まで色んな自分や周りの話を、ちゃんと聞くことも話す機会もあまりなかった。

自分の中で閉ざし続けていたものを、一つずつ、パズルのピースを当てはめていくように考えて議論する。

夕陽が言ったように、心の安定を図ることで、自分が挑戦できることの幅を広げるという役割も、治療の目的と言えるだろう。


「薫さんは、とても優秀な方ですね。」


先生は改まったようにそう言った。


「・・・・・そう・・・・ですかね・・・」


「朝野さんが最初に薫さんのことをご説明されていた時、色んなことを聞きましたけど、短い期間での情報処理能力の高さや、集中力の高さは人並み外れていると思います。まず・・・そのお年で司法試験の予備試験をクリアしていく自体、すごいことですから・・・。」


「・・・・お医者さんにそう言われるなら嬉しいです。唯一あった才能だったのかな・・・」


「ふふ・・・。それに・・・」


先生は落ち着いた優しい笑みを浮かべて、持っていたカルテを机に置いた。


「本当はもう・・・私が必要ないくらい、薫さんの治療が進んでいるんじゃないかと思う程です。」


「・・・・え・・・」


「人格が変化する瞬間とか感覚とか、自分で掴み始めてませんか?」


「あ・・・はい、まぁ・・・。なんとなく・・・」


「解離性同一性障害の方を何人か治療してきましたが、やっぱり必要なのは、本人が安心できる居場所があること、そして身近に寄り添って休息を共にしてくれる人がいること、自分に起きていることを受け入れること・・・それらが大切だと個人的に思っています。初めは皆さん、自分の無意識化で人格がコロコロ変わって、その人格同士が自分の中で争って暴れたり、自分の意志と関係なく自傷行為を働いたり、不安になって飛び出してしまったり・・・そういう行動をとってしまう方もたくさんいます。ですが今あげた必要とされると思うことを、薫さんはもう持っていらっしゃるのかもしれません。」


それはあまりにも、夕陽の存在が必要不可欠であると、裏付ける指摘だった。


「居場所や理解者に関しては、様々な環境で育った色んな境遇の方がいますので、まずその二つを持つことが困難な方もいますしね。それにパニック障害など他の症状を併発する方も間々いらっしゃいますので、安定した状態を保って話すことが難しい場合は、薬物治療も行ったりします。今のところ薫さんはその必要性はないかと思いますし、人格が変わっても、私や朝野さんが説明したことに対して、きちんと理解を示しているようなので、鬱など他の症状の心配はないかもしれません。」


俺はこじんまりとした診察室の中で、扉と廊下を挟んだ先で待っている夕陽の方を見た。


「それは・・・本当にたまたまなんです・・・。たまたま夕陽が側に居てくれたから・・・。勉強することで何かを得られた俺がすごいんじゃなくて、夕陽がすごいんです。しっかりした両親の元で育って、変に曲がるわけでもなく心から優しくて、夕陽だって勉強は出来る方だし、周りからも人格者で知られていて人望も厚いのに、謙虚で驕ることも無くて・・・どれ程傷ついた過去があっても、自分のことより俺を想って言葉や態度を選んでくれるような・・・そんな彼がたまたま俺を好きになってくれて・・・俺がこんな風に壊れかけても、慌てず受け止めてくれて、病院に連れて来てくれて・・・いつも俺が不安にならないようにどうしたらいいか、一生懸命向き合って考えてくれるんです。彼が世界一すごい人なんです。」


それは俺が心から知ってほしい夕陽で、自慢の恋人。


「そうなんですね。私からしたら、朝野さんのいいところをきちんと理解している薫さんも、他人と真摯に向き合える素晴らしい人に思えますよ。」


「・・・・・夕陽は・・・・私の自慢なの・・・。私将来夕陽のお嫁さんになるの。」


「そうですか。きっとなれますよ、薫さんなら。」


先生もまた、夕陽に似た優しい笑顔を向けてくれた。


夕陽は以前、診断書を持って、俺と一緒に大学へ休学届を出しに行ってくれた。

夕陽まで休学する必要はないと言ったけど、彼は俺の言い分を拒否した。


「一緒にいるって言ったろ?もちろん二人暮らしする上でお金は必要だから、バイトにはたくさん行くことになるし、家を空けるかもしれないけど、休息しながら治療していく薫を支えていくのに、学業との両立なんて俺には無理だよ。無理なことは無理で、どれもが中途半端にならないように一旦諦めるんだ。大丈夫、薫は少し休学しても後からすぐ取り返せるし、司法試験は予備試験受かってたらいつでも受けれるわけだから、最悪卒業出来なくても大丈夫だろ?どんな選択肢でも残しておこう。まだ二十歳にもなってないんだから、後からいくらでもやり直せるよ。っていうかむしろ、頑張りすぎてた薫は休む期間が絶対必要だからな!」


休学することに不安を抱えていた俺に、彼はそう言ってくれた。

本当のところ、せっかく主席で受かった国立の大学を休学してしまうなんて、残念でしかないしダメージを感じていた。

でもそれすらも夕陽にはお見通しで、彼まで一緒に休学させてしまったのかなと思ったけど、当の夕陽はそんなこと気にしていなかった。


家で家事や炊事をする俺に、行ってきますと言ってバイトに向かって、料理を作って待っている俺の元に、ただいまと言って帰ってくる彼は、とても毎日が楽しそうだった。

そしてそんな或る日、ネットで注文した先輩へのプレゼントが届いた。

バイトから帰った夕陽は、お風呂から出て、窓のカーテンの隙間から漏れる夕暮れを眩しそうにする。


「あれ、プレゼントそういえば結局何にしたんだ?」


俺が買ってきた包装紙に丁寧に包みながらいると、彼は思い出したように尋ねた。


「俺が好きな・・・海外の作家の恋愛小説。」


「へぇ・・・薫って恋愛小説も読むんだ。」


そう言ってローテーブルの前に座り込んでいた俺の隣に、彼もまた腰かけた。


「読むよ、ちょっとジャンル的には偏りがちかもしれないけど・・・。先輩は小夜香さんと婚約して、充実した幸せな日々を送ってるみたいだったから、末永く一緒に居られる未来を思い描けるような、心温まる内容のものにしたんだ。」


「へぇ・・・。俺も末永く薫と幸せになりたいんですが・・・」


夕陽はそう言いながら俺の肩をそっと抱いた。


「健やかなるときも病める時も、愛し続けることを誓いますか~?」


「何でちょっとカタコト?w」


「ふふ・・・だって神父って外国人のイメージあるからさ。」


「ああ・・・なるほど。・・・・そういえば・・・・・・」


「ん?」


あの日みた悪夢をふと思い出した。


「夕陽酷いんだもん・・・」


「えっ!?なに!?」


彼は突然切り替わった俺の人格に驚いたのではなく、酷いという言葉に反応した。


「私じゃない誰かと結婚式挙げてたの。夢の中で・・・」


「・・・・んえ~~!?マジで?それは酷いな・・・なんだそいつ・・最低か?」


「夕陽の話なの!もう!」


俺がぺちぺち掌で彼の太ももを叩くと、彼は苦笑いしながら俺の頭を撫でた。


「大丈夫、それは俺じゃない。夢の中だろ?それはたまたま見た悪夢で、現実では起こりえないから。親に紹介して、将来一緒になるって宣言した彼氏に、そんな疑いかけちゃうの?」


「・・・・ん・・・疑わない・・・・」


夕陽は彼女のような俺の扱いを心得ているようで、デレデレしながらの説得も上手い気がした。

ぎゅっと抱きしめてくれた彼の、温かい体温がいつだって安心させてくれる。


「好きだよ~薫♡」


「・・・えへ・・・私も大好き♡」


「はぁ・・・癒される・・・。先輩にプレゼント渡すとき、一緒に行こうか?」


そう言われて複数の意志で同時に思案しているような、妙な感覚になった。

人格の統合で大切なのは、それぞれの意志が一致するかどうかも重要だ。

だがまるで答えることを拒否するように、また自分に戻ってきた。


「・・・あ・・・・の・・・」


「ん?」


「・・・・夕陽が不快に思わなければ、俺は一人でちゃんと渡したい・・・。」


「不快になんてならないよ。薫が昔から世話になった人だろ?そりゃ・・・どういう関係性だったのかもちゃんと知ってるけど、それでも薫が・・・ありがとうって気持ちを伝えたくてプレゼント買ったんだから、渡すことに意味はあると思うぞ。」


彼はそう言ってくれたけど、一抹の不安はぬぐえない。

俺が黙っていると、夕陽はそれを察したようで優しく俺にキスをした。


「な~んか悩んでる?気に入ってもらえるか不安とか?」


「あ・・・・いや・・・・先輩の前で人格が変わって・・・おかしな言動取ったら心配されるし、引かれるんじゃないかなって・・・。」


「あ~・・・まぁそれはビックリしないように先に断っておいたらいいんじゃないかな。それで多少挙動や言動がおかしくても、理解は示すんじゃないか?・・・っていうか・・・薫が好きになった先輩は、お前の事情に引くような人なの?」


「違う・・・」


夕陽はまた安心させるように微笑んでくれた。


「だろ?頼りになるって思ってる人には、多少身を任せてみたらいいよ。そんで薫がこのプレゼントを選んだ理由とか、先輩に対して思ってる感謝とか、まとめて伝えたらいいよ。・・・俺が先輩側だったら、嬉しくて嬉しくて、今度の薫の誕生日はいい物買わなきゃなぁって思うだろうなぁ。」


「・・・あぁ・・・そんな気を遣わせることはしたくないなぁ。」


「また~先輩っつってももう友達なんだろ?俺の誕生日も期待してるな!ってぐらい軽口叩いてくれた方が、向こうも嬉しいんだって!」


「ふふ・・・そうかもね。」


思い悩みながら選んだプレゼントを渡すまでの、こんなワクワクした楽しみを与えてくれる夕陽にも、いつも感謝し続けたいと思っていた。


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