競馬とは違う競魔闘士の実態
――その夜、競魔闘士レムール祭について説明を受けた俺たちは宿屋でルールの再確認をしていた。
「競魔闘士……どうして魔闘士が走るのかと思っていたらとんでもないレースだったのな」
俺は深く溜息を吐いて天を仰ぐ。どうして俺がそんな憂鬱な気分になっているのかというと競魔闘士の内容が色々とヤバかった為だ。
ハル支部長がくれたレムール祭の参加同意書に目を通したルシアがそのヤバい内容をかいつまんで読み上げる。
「えーと、『競技は『アーガム諸島』内にあるダンジョン『ダウィッチ島』で行われる。島に設置されたコースを走り妨害する魔物やトラップをかいくぐりゴールに到着した者を優勝とする。その際、他の参加者への妨害行為は認めるものとする。また、競技中の生死に関して当運営は一切関与しない。参加者は魔闘士とアルムスの二人一組とし、複数のアルムス契約者だとしても競技中のアルムス変更は認めない。これに違反した場合は失格とみなす』……これってつまりレースという名の殺戮ショーと解釈してよいのでしょうか?」
「その解釈で合ってると思うよ。何が競魔闘士だよ。名前からして競馬のように競技場を何周も走るのかと思っていたら、こんな殺伐とした内容とはなぁ。……やっぱり、出場は辞退しよう」
俺が出場を止めようと言うとアンジェ達が慌てて止めに入る。
「待ってください。ディープとの戦争が始まれば、ここにある異世界人の建造物に行けるチャンスはもう無いのかもしれないんですよ」
「でもさ、他に三ヶ所も同じ建造物があるんだし大丈夫だろ。俺の我儘で皆を危険な目に遭わせたくないしさ」
「……これはアラタ様だけの問題でもないんです。彼等と契約していた私たちとしても、戦後彼等がどのような道を辿ったのか知る義務があると思うんです。それにこれは元パートナーとしての直感なのですが、彼等は何かを集めたりする時にやたらとコンプリートする事にこだわっていました。もし例の建造物にもそれが当てはまるとしたら、全ての場所に行かなければならない可能性が高いと思います」
「コンプリート勢かぁ。他の皆も同じ意見だったりする?」
「はい」
「そうね」
「アンジェと同じ考えですわ」
ルシア、トリーシャ、セレーネも同じ考えだった。こうなったら覚悟を決めるしかないか。
「分かった。レムール祭に参加しよう。ロックとレオはどうする?」
「出場するに決まってんだろ。こんな面白そうなイベントみすみす見逃す手はないぜ」
「それにオイラ達も出れば優勝する可能性が二倍になるからね」
ロックとレオはどうやら最初から出場する気満々だったらしい。血の気が多いロックはレースよりも他の魔闘士と戦う事を目的にしているような気がするが。
「俺の方だけど一緒に参加できるのはアルムス一人だけか。……それじゃ、トリーシャよろしく」
「えっ、私……? なんでっ!?」
「いや……なんでって、神薙ぎ装備時は風の加護でスピードが速くなるし、周りが海に囲まれた島で競技をやるとなると何かあって逃げる時に空を飛べる方がいいだろ。トリーシャ得意じゃん、空飛ぶの」
「そりゃそうだけど……」
何かおかしい。やたら歯切れが悪い様子だが何か出場したくない理由でもあるのだろうか?
その時、トリーシャが何やら一枚の用紙を握りしめているのが見えた。
「……あっ、串焼きが飛んでる」
「えっ、どこどこ!?」
トリーシャが席を立って飛んでいるはずもない串焼きを探して辺りを見回している。その隙に置き去りにされていた用紙を手に取り目を通した。
「ちょっと、串焼きなんて飛んでないじゃない!」
「当たり前だろ。串焼きが飛んでいる訳がないだろうが。この島に来てから一層食い意地に磨きがかかってるなトリーシャ」
少し怒り気味にトリーシャが食ってかかって来るが例の用紙を俺が持っている事に気が付くとあからさまに慌て始めた。
「そうか……そういう事か。競技中にお前は観覧席でたっぷり楽しもうとしてたんだな」
トリーシャが持っていた用紙はレムール祭の観覧席で注文できるメニュー表だった。そのうちの幾つかに丸字が書かれており、これらを注文する気満々だった事が窺える。
「いや……それはその……何よ悪い!? いいじゃない、こういうお祭り気分の時なんだからちょっとぐらいはめ外しても!!」
「この期に及んで逆ギレか! 何がお祭り気分だ。俺なんかさっきシリアスムード出してただろ。道理で反応が薄かった訳だよ。お前はあの時食い物の事で頭の中いっぱいになってたんだからな! それとこの際言っておくけどな、お前が本気出すとうちのエンゲル係数が異常値叩き出すんだよ!!」
この後暫く俺とトリーシャの口喧嘩が続いた。
途中でロックとレオは自分の部屋に戻って行き、アンジェとルシアとセレーネはお茶を飲んだりしてゆったりして過ごしていた。
結局喧嘩が終わったのは夜中になってからだった。
「よーし、分かった。妥協案を出そうじゃないか」
「……何よ?」
トリーシャが怪訝な顔で俺を睨む。
口喧嘩の最中、体重の話をした途端に凶暴さが倍になって手が付けられなくなっていたのだが、ここに来て少しずつ理性を取り戻しつつある。
「レムール祭に俺と出場してくれたら結果に関係なくここに連れて行ってやる」
俺が見せたのは宿屋のエントランスで貰った島のグルメ店を紹介しているチラシだ。
その代表格として載っているのが海産物の他にも焼肉やデザートなどが食べ放題の店だ。
昼間この店の前を通り過ぎた時にトリーシャがやたらと気にしていたのを思い出したのだ。
「でも、ここって結構値段が高いお店でしょ?」
「俺たちが目指すのは優勝だ。それなら一千万ゴールドも手に入る。何回もこの店でたらふく料理を食べられるぞ。観覧席で飲み食いするのもいいだろうけど、どうせ食べるならこっちの方が良いと思わないか?」
「……必ず優勝しましょう」
一か八かのかけだったが杞憂だった。トリーシャの頭の中は食べ放題の店へと完全に切り替わった。
「そうだね、頑張ろう。……その前にとりあえず涎を拭こうか、トリーシャ」




