本当の悪者
視線をそこから少し下に向けるとクラーケンの口がある。小さな牙が円状に大量に生えていて、それが開いたり閉じたりしている様は非常に不気味だ。
クラーケンはその不気味な口の中から黒い液体を俺たちに向けて放って来た。
身動きが取れるようになった為そんな攻撃は余裕で躱せる。だが、付近の海水が黒く染まっていき視界が悪くなってしまった。
『イカスミで周りが暗くなったか。でもな、二度も同じ手が通じると思うなよ』
左腕に光系統の魔力を集中しクラーケンの気配を探る。
『……見えた。白零ッ!!』
掌から光弾を発射するとイカスミを吹き飛ばし、クラーケンの牙を砕いて口内で爆発した。
口の中から血液を噴出しながら再びクラーケンは海底向けて沈んでいく。
『またトンズラしようとしていますわ。どうします、ご主人様?』
『このままここで戦っても決定打に欠ける。ヤツを凍らせて海上まで浮上させる!』
作戦を考えると俺の思考を読んだセレーネがそれを実行に移す為に魔法陣を展開する。
『――捉えましたわ。アイスコフィン!』
クラーケンが徐々に凍りつき動きが鈍くなっていく。更に魔力を集中していくと完全に氷漬けになり浮上し始めた。
『よっしゃあ、作戦通りだ! ――でもこんなスローペースで浮上してちゃ夜になっちまう。セレーネ、一気に押し上げるよ』
『合点承知ですわ。アイシクルビット射出します』
アイシクルビットを氷漬けになったクラーケンの下方に取りつかせ浮上速度を上げる。
俺たちも下側に回り、翼を羽ばたかせ最大出力で押し上げていく。
『この調子ならすぐに海上に出るな。そしたらこの巨大冷凍イカを粉々に砕いてやる!』
しばらく浮上すると周囲が少しずつ明るくなり、所々光が差し込んでいるのが見える。
クラーケンが遮蔽物になっている為、この位置では上の方は見えないが海面が近くなってきた事が分かった。
『海面が近い。もう一踏ん張りだ、セレーネ!』
『根性ォォォォォォ、ですわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
セレーネの唸り声が超至近距離で響く中、<マナ・ドラグーン>の最大パワーで一気に急浮上し海面を突き破って海上に躍り出た。
クラーケンを海面まで押し上げると俺たちは空中に移動する。眼下では皆が最後の仕上げをするべく騎士団船上で一斉攻撃の準備をしていた。
『皆、止めは任せた!』
「「「「了解!!」」」」
皆の渾身の闘技と魔術が同時に炸裂すると、冷凍イカ状態だったクラーケンは抵抗する事もできず粉々に砕け散った。
俺は鎧闘衣形態を解除し人間状態に戻ったセレーネと一緒に皆のもとへ降下した。
「さすがですアラタ様、それにセレーネも。お二人のお陰でクラーケンを討伐する事が出来ました」
皆と合流するとアンジェが駆け寄り労いの言葉を掛けてくれる。セレーネは「当然ですわ」と得意げに言っていたが内心は褒められて嬉しそうだった。
ロックは腕を挙げ俺とハイタッチをしたのだが、その際バチンと派手な音が響き掌が痛かった。
「お前は思い切り叩きすぎ」
「んははははははは! これくらい派手にやった方が面白えだろ。お疲れさん、水中戦なんて大変だったろ」
「セレーネのお陰で何とかなったよ。<マナ・ドラグーン>で水中戦をできたのはいい経験になったしさ。――さてと、目標は達成したし漁港に戻ろうか」
クラーケンによって真っ二つにされた騎士団船のうち、戦いが行われた後部側はほとんどスクラップ状態で騎士団の兵士たちは船の破片に掴まって海に浮いていた。
彼等も訓練を受けた魔闘士なのだから後は自分たちで何とかしてもらおう。
無事だった漁船に乗り込み漁港に戻ろうとした時、俺たちを引き止める声が聞こえてきた。
「お前たち何処へ行くつもりだ。こんな事をしてただで済むと思っているのか!?」
声がする方を見てみると騎士団船の前部側に乗っていた執政官ジャコブ・ジャーファーが俺たちを恨めしい顔で睨んでいた。
クラーケンにあれだけ派手にやられたにも関わらず怪我らしい怪我はしていないようだ。
「あのおっさん悪運が強いな。クラーケンに襲われたってのにほとんど無傷だぜ」
『そうだね。ああやってオイラ達に大声で話しかけて来る元気もあるみたいだね。下手したら兵士よりもタフなんじゃない?』
ロックとレオはこの凄惨な現場で元気でいる執政官に対し感心と同時に呆れたという態度を見せている。
というか俺たちのパーティ全員がクラーケンと関わりがあるであろう執政官を敵視している。
「我ら『アストライア王国』にたてついた事を後悔させてやる。私が冒険者ギルドに働きかければお前たちのような冒険者などすぐにライセンスを取り消すことも可能だ。社会的に抹殺する事など簡単なのだよ!!」
「あんたが言っている事はめちゃくちゃだ。どうしてクラーケンを倒した俺たちが咎められないといけないんだよ。そういうあんたこそ、この町の執政官でありながら住民を苦しめていた魔物と繋がりがあったんだ。この事実が露見すればあんたこそおしまいだ。それが分かってんのか!?」
「ははははは! 状況を理解していないのはお前たちの方だ。王国に仕える執政官と冒険者数名の証言――世間はどちらを信じるかなぁぁぁぁ?」
ジャコブがニタニタ笑いながら言い切った。こんな利己的で最悪な性格の人間は今まで見たことは無い。ガミジンといい勝負だ。




