エルフではなくサキュバスだった件
突然ロックが自分の身の上話を始めた。
「まあ、俺がこんな調子なもんだから家族に勘当されちまってさ。そんな時に出会ったのがガイ師匠だったんだ。あの人がいなけりゃ俺はどこかで野垂れ死んでたはずだ。――そんな師匠が魔人なんかになった挙句に『アビス』の十司祭の一人になっていた。こんな事を放っておく訳にはいかない」
散々ロックの体質をいじり倒した後にいきなりシリアスな話に入って行ったので俺たちは戸惑ってしまう。
しかし、真剣な表情の彼を見てその本気さが伝わって来た。
「つまりロックは十司祭になった師匠――アロケルと戦うつもりなのか」
「まあな。でもまずは他の魔人とも戦う必要がある。そうしているうちにきっと向こうからやって来るはずだ。でも、俺とレオだけじゃ出来ることなんてたかが知れてる。――そこで、お前たちにお願いがあって来たんだ」
「お願い……?」
「俺たちとパーティを組んでもらえないか? ガミジンとの戦いでお前や彼女たちの力が本物だって事はよく分かった。信頼できる相手なら安心して背中を任せられる。それに『アビス』はお前に目をつけているみたいだし悪い話じゃないと思うんだが。……どうだ、アラタ」
ロックもその隣にいるレオも本気だ。
正直言ってこの申し出はありがたい。今のパーティでは魔闘士は俺一人だけ。他にも魔闘士がいる事で戦力がかなり安定するという事が今回の戦いでよく分かった。
アンジェ達の表情には笑みが見られていて、この申し出に対して前向きなようだ。
「……分かった。俺たちとしてもロック達が味方に加わってくれるとありがたい。これから『アビス』がどのように仕掛けて来るか分からないけどよろしく頼むよロック、レオ」
「へへ、オイラに任せてよ。こう見えても姉ちゃん達と一緒に魔人戦争を生き残ったアルムスだからね。頼りになるよ」
「よろしく頼むぜ」
こうしてロックとレオと握手を交わし俺たちはパーティを組むことになった。
無事にパーティ結成の承諾を得てロックはホッとしている様子だ。たどたどしかった雰囲気が消えるとアンジェが動き出す。
「そう言えば、レオ。ずっと気になっていたのですが、あなたは女性のスカートめくりが趣味だそうですね」
「……突然どうしたんだよアンジェ姉ちゃん、そんなものはとっくの昔に卒業したよ。若さ故の過ちってやつだよ」
何だか昔を懐かしむような表情を見せているレオだが、内容はスカートめくりの件なので冷静に考えるとアホらしい。
それとは対照的にレオを見下ろすアンジェの目には怒気がこもっている様に見える。きっと弟分が多くの女性に粗相をしたので怒っているのだろう。
きっとガツンと一発叱るつもりなんだろうな。
「あなたは、ルシア、トリーシャ、セレーネに対しても以前スカートめくりをしたようですが、私はそのような事をされた覚えはありませんよ」
――あれ? 何か発言がおかしいぞ。
「どうして私にはスカートめくりをしなかったのか説明しなさい」
「……アンジェ姉ちゃんにそんなことしたら血祭りにあげられるに決まってんじゃん! そんな命に関わる危険な事するわけないじゃないか。オイラだって相手をちゃんと見てやってたよ」
「つまりあなたは私をそのような危険人物と見なしていたということですか。なるほどねぇ」
「ひぃっ!」
レオを見つめるアンジェの目は一見いつもと変わらないように見えるが、それなりに付き合いが長くなってきた俺には分かる。
これはそこそこ怒っている時の目だ。しかし、その理由ははっきり言ってしょうもない。
怯えたレオが俺の方を見て助けを求めてきたが俺は見なかった事にする。ここは姉弟のみで話をつけてほしい。
その後レオはアンジェに隣の部屋に連行され、しばらくした後半べそをかきながら戻って来た。
これを見て俺はこの姉弟のパワーバランスを察したのであった。
そして事件はもう一つ起こった。その発端はセレーネが発した一言だった。
「それにしてもロックがインキュバス……ねぇ。気品溢れるエルフをモデルとしたわたくしからすれば、淫魔は色々とだらしない印象があるのですけどあなたはまともそうですわね」
セレーネは自分の人間時のモデルがエルフである事に誇りを持っていた。
そういうのもあってか、ことあるごとにその話題を持ってきては相手にマウントを取ろうとするふしがある。
今回は相手が淫魔というのもあっていつもより強気の姿勢だ。一方のロックはそんなセレーネの発言を聞いてぽかんとしている。
「あ、ごめんなロック。セレーネは自分がエルフモデルなのを自慢しようとする悪癖があってさ……」
「悪癖とは何ですの! わたくしは――」
「え……いや、別に俺は構わねーんだけどさ。でもセレーネのモデルになっている種族はエルフじゃないぞ」
「「……へ?」」
俺とセレーネは同時に呆けた声を出してしまう。セレーネは耳が長いという特徴を持っており、話に聞くエルフと同じ姿をしているはず。
そう思っているのは当の本人も同じだ。
「何を訳の分からない事を言っているんですの。わたくしがエルフでないのなら一体何の種族をモデルにしているというんですか!?」
「えーと……ちょっと言いにくいんだけど、さっきお前がだらしないと言っていたサキュバスだよ」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 何でそうなりますの。何処からどう見たってわたくしはエル――」
「エルフっていうのは皆、例外なく金髪なんだよ。それにもっと耳が細長い感じだ。セレーネの外見はサキュバスに当てはまる。同じ種族の姉たちや母親がいる俺が言うんだから間違いない。――まさかとは思うが今まで誰も指摘してこなかったのか?」
なんつーか、えらい事になった。
この世にアルムスとして生を受け千年間生きて来たにも関わらず、今まで自分の種族を勘違いしていたとかどんなミラクルだよ。
しかも気品あふれるエルフとは真逆の位置にいるであろう、性にだらしないサキュバスときたもんだ。
はっとしたセレーネがアンジェ達の方を向くと、ルシアは苦笑いしておりアンジェとトリーシャはいきなり今日の夕飯は何にしようか相談を始めていた。
明らかに全員怪しい反応をしている。
「その反応……皆もしかしなくてもセレーネがサキュバスだって知ってたね?」
「皆酷いですわ! どうして黙っていたんですの!?」
三人を代表してトリーシャが疑問に回答した。
「いや、普通気が付くでしょ。こっちから指摘するのもなんだし、そのうち勝手に自分で気が付くだろうと思っていたら千年経ってたのよ。正直私たちの方が驚いたわよ」
そこにアンジェが追い打ちをかける。
「ちなみにクレアはセレーネがいつ自分がサキュバスだと気付くかで『ゴシック』内で賭け事をしていましたよ」
「くっ……あんのクソメイド長おおおおおおおおおおっ!!!」
自分の鈍感さをネタにした賭けが裏で行われていたとはつゆ知らず、セレーネは怒髪天を衝く勢いで怒っていた。
ちなみにクレアとは『ゴシック』の現メイド長でエルフ姿のアルムスだ。アンジェ曰く、相当な自由人らしい。
このとんまな結果を前にして俺はというと、同情するよりも込み上げる笑いを押し殺すので精一杯だった。




