エロプロになれなかったインキュバス
「ロック、それにレオ……どうしてアンジェ達と一緒に?」
「買い物をしている時に二人と会ったのですが、どうやら私たちの家に行く途中だったらしいのです」
「そういうことか。とにかく立ち話もなんだし中に入って」
「「お邪魔します」」
ロックとレオをリビングに案内しテーブル席に座るとロックが何やら紙袋を出してきた。
「『ファルナス』で人気のある菓子店のクッキーだ。まだちゃんと助けてもらった礼をしていなかったからさ。よかったら皆と食べてくれ」
「ありがとう。気を遣わせて悪かったな」
少したどたどしい雰囲気が漂う中、アンジェがお茶を用意してくれた。折角なので貰ったクッキーをお茶請けとして出してもらった。
皆でお茶とクッキーを楽しんでいると、ロックが意を決したような面持ちで口を開こうとする。
「アラタ、実は――」
「あー、良いお湯だったわぁ。アラタ、何か飲み物ある?」
「お風呂に入ってさっぱりしましたわぁ」
その時、風呂から出て来たトリーシャとセレーネがバスタオル姿でリビングに現れた。
湯船から出て来てそんなに時間が経っていないらしく、露わになった肌は薄ピンク色に染まっている。
雫が身体の表面を滑り落ちていく様子は艶めかしい感じで大変素晴らしいのだが、タイミングが悪かった。
「「きゃあああああああああ! 人が来てるなら教えてよ」」
「ごめん、二人が風呂に入ってるのすっかり忘れてた」
トリーシャとセレーネが顔を真っ赤にして俺を睨む中、後ろの方で何かが倒れる音がした。
何事かと音のした方に目を向けると、盛大に鼻血を出して床に倒れているロックの姿があった。
「ロック!? ちょ、どうしたぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「あー、ロックって女性が苦手というか免疫がないと言うか……多分、姉ちゃん達の肌色成分が多くて刺激が強すぎたんだと思う」
レオが呆れた様子で床に転がっているロックを見ながら説明をしてくれた。そう言うレオ自身は至って冷静だ。
見た目は思春期の男子そのものなのだが、さすがは千年以上生きているだけの事はある。
それに対して床に倒れている男は、見た目は頑丈そうなのだが精神面が弱かった。
「そんなこと言ったら、皆の普段の恰好からして肌色成分多めだぞ。俺はそれなりに慣れたけど、ロックにとっては目の保養ではなく出血多量の危険があるという事か……」
「アラタさん、それはどういう意味ですか。それじゃ、私たちが露出狂みたいじゃないですか!」
ルシアが俺の発言に対してご立腹のようだが、実際問題彼女たちの服装は胸の谷間が丸見えだったりスカートのスリットから太腿が見えていたりと大胆なデザインだ。
白か黒かと言われると黒寄りのグレーだと言わざるを得ないだろう。
「あ……いえ……それは言葉の綾で……皆、スタイルが良いのでファッションとのマリアージュが素晴らしすぎるという意味でございます」
「……本当ですかぁ?」
ルシアが疑うような目で俺を見つめる。彼女は普段は優しいのだが、実は怒らせるとこの中で一番怖い。
この表情は怒っているというよりは拗ねている感じなので大丈夫なはずだ……多分。
「分かりました。それじゃ、そう言う事にしておきますね」
ふぅ、命拾いした。今後は言葉遣いに注意せねば。――さて、気絶しているロックをそろそろ起こそうかな。
「うう……我ながら情けない」
暫くしてロックは目を覚ました。その間にトリーシャとセレーネには部屋着に着替えてもらった。
落ち込むロックの隣でレオは相変わらず呆れた表情を見せている。
「本当だよ。あんなのを見たぐらいで意識を失うなんて、それでも〝インキュバス〟なの!?」
「あんなの」と言った瞬間、レオはトリーシャとセレーネに後頭部を引っぱたかれてテーブルに顔面を打った。
あれは痛いぞぉ。
「インキュバスって確か亜人族の一つだったよね? どんな特徴があったっけ……」
「インキュバスとは淫魔とも呼ばれる種族で、単刀直入に言いますとヤリチ〇です。体内から特有のフェロモンと魔力を放出し女性を欲情させる事が出来ます。アラタ様にはサキュバスの男性版と言った方が分かり易いかもしれませんね」
「なん……だと!? つまりロックはエロのプロだという事か。それにしては女性に対する反応がおかしいよね。それとアンジェ、表現がストレート過ぎ」
「痛み入ります」
誰も褒めていないのだが、ツッコミを入れると話が脱線するのでこの際アンジェの発言は気にしないでおく。
ちなみにサキュバスとは寝ている男性の夢の中に入って、散々エロい事をして精を奪っていくという素晴らし……いや悪い女性の悪魔だ。
『ソルシエル』では亜人族の一種ではあるが、やはりエロい事をする女性の種族らしい。
俺はまだ会ったことは無いがいつか会ってみたいと思っている。……別に会ったからと言って何かしようという気持ちはない。単なる好奇心だ。それ以外の何物でもない。
しかしサキュバスに会う前に、その男性版に会うとは思ってもみなかった。
「確かに俺はインキュバスだよ。でも、俺は生まれながらにしてその性質を持っていなかった。そんな変なフェロモンもなけりゃ、人心を狂わす魔術なんて物も使えねえ。まあ、別に使えるようになりたいとも思わねえけどな」
「それだけなら別にいいんだけど、そのせいでロックは子供の頃からサキュバスである母親や姉たちから、インキュバスとして目覚めさせるという名目で酷い目に遭わされてきたんだ。それで女性に対して拒否反応が出るようになっちゃったんだよ。会話するぐらいは問題ないんだけど触れられたりすると蕁麻疹が出ちゃうんだ」
女性恐怖症になるなんて、彼は一体何をされたんだろうか。訊いてみたい衝動にかられるが、さすがにプライベートな事なので止めておく。
レオの説明を聞いた後、俺はアイコンタクトでアンジェに指令を伝えると彼女は頷いてロックの腕を指先でつついた。
するとどうだろう、アンジェの指が触れたあたりに赤い発疹がいくつも発生したのである。
「ぎゃあああああああああ! 痒ッ……ちょ、お前等なにしてくれてんだぁぁぁぁぁぁ!! 人を殺す気かっ」
「殺すだなんて人聞きの悪い。これは言うなれば確認作業です」
「そうだよ。悪気はなかったんだ。好奇心に勝てなかったんだよ。すまぬ!」
「悪気が無ければ何しても許される訳じゃないだろうが! 俺にとっちゃ、女に触れられると命に関わるんだよ。これマジだからな!!」
俺たちに弄ばれたロックはぶち切れていた。
発疹はすぐに消えたが、アンジェが指先で少し触れただけでこの騒ぎなので、女性に抱き付かれでもしたらどれ程の症状が出るか見当もつかない。
今後軽い気持ちで弄るのはやめた方がよさそうだ。
しかし、エロプロであるインキュバスとして生を受けながら女性に触れられると危険な状態に陥るなんて何と皮肉な運命なのだろうか。




