獅子と虎の申し子
「僕を殺す……だって? 中々面白い事を言うじゃないか」
「そうやって余裕ぶっていられるのも今の内だ。大勢の命を弄んだお前には自分の命でツケを払ってもらう!」
「ふん……本当にいちいち癇に障るヤツらだ。僕の玩具を台無しにした挙句にそんな生意気な事を言うなんてね。でも、僕を殺すことは不可能だ。――何故なら、僕はもう死んでいるんだから」
「な……それはどういう意味だ!?」
ガミジンから俺たちを嘲笑する表情が消えた。その無邪気な少年の外見とは裏腹に、圧倒的かつどす黒くて重い魔力が放たれ俺たちにのしかかる。
「あの冒険者のアンデッドは僕が戯れで作成した玩具に過ぎない。それを倒した程度で僕に勝てると思われるのは面白くない。――だから見せてあげるよ、本当の魔人の力を。十司祭の一人である僕の本当の力と姿を……ね」
自ら放出した闇のオーラに包まれガミジンの姿が見えなくなる。その間、闇のオーラは増大していきそこから感じるプレッシャーも爆発的に高まっていった。
背筋が凍りつくような魔力と殺気を感じていると、闇のオーラの中から白い手が出て来た。
最初はガミジンの手かと思ったが何か違う。それは余りにも白すぎた。
目を凝らしてみるとそれは皮膚も無ければ肉も無い、骨だけで形成された手だった。
その光景に唖然としていると闇のオーラが消失し、裾がぼろぼろになった黒ずくめのローブに身を包むヒューマの骸骨が姿を現した。
そいつは身体が大きく身長は二メートルを超えている。
ドクロの意匠のアクセサリーをいくつも身に着けており、その姿がさっきまでそこにいた悪魔の如き少年とダブって見えた。
「お前はまさか……ガミジンなのか?」
『そうだよ。〝魔神化〟形態のこの姿こそが僕の本当の姿なんだよ』
『アラタさん、気を付けてください。魔神化は魔人の中でも上級の者のみが行使できる強化形態で通常よりもずっと強くなっています。私たちアルムスが有する鎧闘衣はその力に対抗する為に開発された能力なんです』
ルシアの言う通り、今のガミジンはさっきまでとは段違いの魔力を発している。こいつと戦うにはこっちもそれ相応の状態で臨む必要がありそうだ。
だが、その前にはっきりしておきたいことがある。
「ガミジン、お前の正体は〝リッチ〟だったのか。お前自身もまたアンデッドだったとは驚いたよ」
『僕の正体がすぐに分かるなんて、見た目よりも幾らか賢いみたいだね。――そう、僕はリッチだよ。生前の僕はやりたい研究が沢山あったのだけど、それを全て実行するには人間の寿命では時間が無さすぎてね。だから、当時の研究を応用して自らをアンデッド化させたのさ。生前の知能、記憶、能力を引き継いだ状態でね。それから数百年間、研究に没頭し気が付いたら魔人になっていたという訳さ』
こいつは本物の怪物だ。自分の目的の為なら自らの命すら研究材料にする事もいとわない、いかれた存在だ。
ガミジンの予想を上回る危険さを理解し、頬から汗が流れ落ちる。その時敵に動きがあった。
『キメラ、いつまでもそんな雑魚を相手していないでこっちに来い。そしてその力でこの生意気な偽善者どもをぐちゃぐちゃにしてやれ!』
ロックと戦っていた合成魔物のキメラが巨体に似合わない猛スピードでガミジンの前に駆け付ける。
その獰猛なライオンの顔面には何ヶ所も殴られた痕があったり、牙の一部が折れていたりと明らかなダメージが見て取れる。
敵に少し遅れてロックが俺たちに合流した。
彼もまた頬に出来た切り傷から血を流していて多少ダメージを受けていたようだったが、キメラに比べれば明らかに軽傷だ。
戦いの途中でロックの戦いが気になって横目で見たのだが、その時俺の目に映ったのはキメラをボコボコにぶん殴っている彼の姿だった。
こんな怪物相手に優勢に戦えるあたり、ロックとレオのコンビの実力はかなり高いことが分かった。
「わりぃ、キメラに止めを刺すところまでいけなかったぜ」
「いや……あんな怪物と互角以上に戦える時点で凄いだろ」
一方のガミジンはキメラの様子を見ると視線をロックの方に向けた。
実際のところ全身骸骨になっているヤツには眼球は無いので何となく見つめているような気がしただけだが。
『キメラ相手にここまでやるとはね。こんな辺境にしては面白い連中が揃っているじゃないか』
「面白がっていられるのも今の内だぜ。俺の獅子王武神流の技でその骨だけのすっかすかの身体を粉々にしてやるよ!」
『獅子王武神流だって? ……くくく、あははははははははは!!』
ガミジンが突然大笑いを始めたので、俺たちは意味が分からず身構える。骸骨が笑っている姿は見ていてかなりシュールな光景だ。
「何がそんなにおかしい!」
『ふふふ……これが笑わずにいられるか。運命っていうのはどうやら皮肉な展開がお好みらしいね』
「皮肉だと!?」
『獅子王武神流は獣王族に伝わる伝説の格闘術の流派。十司祭の中にもその流派を使う者がいるから面白いと思ったのさ。彼と君が戦ったらどっちが強いのか興味があるなぁ』
ガミジンのその言葉を聞いてロックの顔が見る見る青ざめていき、身体が震えていた。
「でたらめをいうなっ! 獅子王武神流は一子相伝の流派だ。俺以外には師匠しか扱えないはずだ! その師匠がお前等の仲間だと……適当な事を言ってるとぶっ潰すぞ!!」
『そうかい。僕の言っている事が信じられないのなら自分で直接その師匠とやらに会って確かめてみればいい』
「……言われなくてもそうさせてもらうぜ。けど、その前にてめぇを倒す!!」
『そうだよ。ガイがあんなヤツの仲間な訳がない。粉々にしてやろう!』
この意外な展開に部外者である俺たちは何も言えなかった。
ロックとレオは怒りによって気合いがみなぎり、ロックの両腕から魔力のオーラが立ち上っている。
俺もブレイズキャリバーを構えて戦闘態勢に入った。後方ではアンジェたちが援護体勢を整えている。
そんな俺たちをあざ笑うかのようにガミジンが魔力を解放すると周辺の地面に無数の魔法陣が発生し、その中から全身真っ黒な人影が出て来た。
『ヴゥオオオオオオッ!』
何体も出現した人影から不気味な声が聞こえて来る。
さらにダメージを負っていたキメラの傷が癒えて全身が黒く染まっていった。それに伴い魔力も大幅に上がっている。
『闇魔術により作りだしたシャドーサーヴァントの大群とパワーアップしたキメラを相手にどう戦うのか見せてもらうよ』
「この期に及んでまだ手下に戦わせる気か!」
『それは違う。僕が従えるアンデッドの軍勢こそが僕の力そのものなんだよ。悔しければこいつらを突破してみせなよ。――さあ、そいつらを蹂躙しろ!』
ガミジンの命令によって出現した敵の軍勢が動き出す。
すると魔力を高めたロックが俺たちの前に立って敵に向かい合う。
「敵が本気を出してきたのならこっちも奥の手を使わせてもらうぜ。レオ、いいな!」
『こっちの準備は万全だよ』
「よっしゃぁぁぁぁぁ! イクシードッッッ、<マナ・ライガー>!!」
ロックとレオの身体は琥珀色の光の粒子へと変化するとすぐに一体の鎧闘衣へと再構成された。
黄色を基調とした色にマッシブな体格、所々に牙や爪を思わせるパーツがあり、ライオンや虎を連想させる人型の姿へと変身した。
その両目はレオのエナジストと同じ琥珀色の光を放ちアンデッドの軍勢を睨んでいた。




