怒りと悲しみと炎の刃
「ちっ! ノイズか……。人間のアンデッドは戦闘力に伸びしろがあって面白いんだけど、これがあるから扱いづらいんだよねぇ。――ほらぁ、ちゃんと命令通りにそいつらを殺すんだよっ!」
ガミジンが二人のアンデッドに命令を下すと、彼等のぎこちない動きが解消され再び俺を襲ってくる。
だが、その濁った目の奥底には悲しみの色が確かに残っていた。
「援護しますわ、アイシクルスパイク!」
セレーネの放った氷の針が何発も発射されるが、女性アンデッドの盾によって防がれてしまう。
「これで終わりではありませんよ!」
「二人を引き剥がすわ! これならどうかしら!!」
その隙にアンジェとトリーシャがシャドーブレードとインビジブルスピアで女性アンデッドを後方から追撃し、この場から引き剥がす。
俺は彼女たちを攻撃しようとしていた男性アンデッドの間合いに入り込んでブレイズキャリバーの袈裟懸けを浴びせた。
それぞれダメージを受けたアンデッド達は何事も無かったかのように構えるがその身体には確かに傷が残っている。
その時彼等の動きが先程と同じように鈍くなり、ガミジンが苛つきながら再び二人に命令の術式を送り始めた。
「くそっ、またノイズが起きるなんて本当に使えないヤツらだよ。お前たちは黙って僕の命令通りに動けばいいんだよ! このグズ共がっ!!」
その余りにも自分勝手な言い分に俺は怒りで全身が沸騰するような感覚を覚えていた。
「ふざ……けるなっ!! 何がノイズだ! これは彼等の意志そのものじゃないか。俺たちを傷つけまいと必死に命令に抗って……俺たちに殺して欲しいと懇願までして……お前は人の命を何だと思ってるんだ!!」
「――別に何とも思ってないよ。そいつらは僕に負けて全てを奪われた。それなら、その命だろうが身体だろうが、僕が好きに使って何が悪い? この世には人や魔物関係なく〝奪う者〟と〝奪われる者〟の二種類しか存在しかいないんだよ。前者には後者を自由にする特権があるんだ。それが嫌だと言うのなら力を得て奪う側になればいい。……そうだろう?」
「こいつ……!!」
冷たく言い放つガミジンは心底どうでもいいと言う表情をしている。この少年は本気で他人の事を何とも思っていない。こいつは……危険すぎる。
怒りで剣を握る手に力が入る。すると、その剣側――ルシアから凄まじい怒りの感情が伝わって来た。
『確かに世界には弱肉強食という理があるのでしょう。……でも、命を奪い合う行為はあくまで自らが生き延びる為の手段であるはず。死を迎えた者を玩具のように扱う行為を肯定する事にはなりません! あなたがやっている事は全ての生きとし生けるものへの冒涜です。そんなあなたを私は……絶対に許しません!!』
普段大人しいルシアがこれまでに見せた事が無い怒りをガミジンにぶつける。普段優しい彼女だからこそ、この残酷な行為を許せないのだろう。
「ふん! たかが人工生命体如きが命を語るなんてお笑いじゃないか。君たちの感情なんて関係ない。僕は自分の欲求の赴くまま行動しているに過ぎないんだよ。それが気に入らないというのなら力ずくで止めてみるんだね」
『くっ、あなたは――!』
「ルシア、もういいよ」
『アラタさん?』
「俺たちが何を言ったって、こいつには響かないよ。話すだけ無駄だ」
俺がそう言うとガミジンはにやにや笑っていた。
「あははははっ、分かっているじゃないか。君たちが言っているのは全て薄っぺらい偽善からくるものだ。そんなんじゃ誰の心も動かすことなんて――」
「ガミジン、お前は一つだけ良い事を言ったよ。『気に入らないのなら力ずくで止めて見ろ』だったな。俺も同じ考えだ。――俺はお前が心の底から気に食わない。だから、ここからは言葉じゃなく剣で俺の遺志を通させてもらう。ガミジン、お前は俺がぶっ潰す!!」
ガミジンの言葉を遮って俺はヤツに宣戦布告をした。
それを聞いたガミジンは癇に障ったのか眉間にしわを寄せて俺を睨んでいる。
「……言うじゃないか。でも、僕をどうこうする前に君たちの前には彼等がいるんだよ。哀れな冒険者のアンデッドを君はどうやって救うつもりだい?」
挑発するようにわざと勿体つけるような喋り方をするネクロマンサーの少年。彼が指示すると二人のアンデッドは今まで以上の力を発揮し俺たちの包囲網を破った。
その際、ぶちぶちという奇妙な音が聞こえた。それは限界を超える力を使ったために断裂した彼等の筋肉の音だった。
ガミジンの戯れの為にアンデッドにされ消耗品のように扱われる二人の冒険者。既に生ける屍と化した彼等を元に戻す事は出来ない。
「ルシア、二人をあのクソッタレな呪縛から解き放つ。――次の一撃で決めるぞ!」
『はい! マスターから魔力の注入を確認、リアクター最大出力。アラタさん、いきましょう!』
ブレイズキャリバーに練り上げた魔力を集中させると、山吹色の光が核であるエナジストから放たれる。
高密度の炎が刀身を覆い、その熱量で俺の周囲にある岩の表面が焼け焦げていく。
「この魔力は……! ぼさっとしていないでヤツを叩け!」
俺が大技を繰り出そうとしているのを感じ取ったガミジンはアンデッドに攻撃命令を出した。
しかし、アンジェ達の牽制によって二人は足止めされ、俺はその間に十分な魔力を集中させることが出来た。
「こっちの準備は整った。皆離れてくれ! ルシア、行くぞっ!」
『はい、最大火力でいきます!』
皆の攻撃によって冒険者アンデッドの二人は一ヶ所に集まっている。ここで決める。
全速で突撃し、ブレイズキャリバーの刀身から膨大な炎の刃を発生させて俺は全力で振り抜いた。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「『炎の闘技――バーニングストラァァァァァァッシュ!!!』」
ブレイズキャリバーから放たれた灼熱の炎刃は女性アンデッドの盾を瞬く間に焼き斬ると二人を同時に斬り裂く。
男性アンデッドの大剣も一緒に破壊され冒険者二名とアルムス二名のアンデッドは同時に豪炎によって焼かれた。
その時微かに「ありがとう」と感謝を述べる声が聞こえた気がした。
バーニングストラッシュによって彼等は跡形もなく消え去り、地面には焼け溶けた炎の斬撃の痕だけが残っていた。
『アラタさん、私声が聞こえたんです。あの人達が最期に『ありがとう』って言っていたんです。これだけ離れていたら相手の声なんて聞こえるはずはないんですけど、確かに聞こえたんです』
「そっか。ルシアにも聞こえたんだね。――きっと四人で一緒に逝く事が出来たんだよ」
『そうですね。……そうだといいですね』
「ああ」
俺とルシアに聞こえた声は聞き間違いではないと信じて、俺たちはこの惨劇の黒幕へと敵意を向ける。
振り向いた俺の眼差しの先にはこちらを睨み付けるガミジンの姿があった。
「ガミジン、俺はお前を……殺す!!」




